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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第95話 魔術師団の隠密部隊……だな

 襲い来る狩人たちを人として認識することをルゥはやめていた。ただしそれらは重要な情報源。三つ目の情報源も、無機質な拷問で限界まで情報を絞り出し、それを元にルゥは戦略を練る。

 現在、相対しているのは狩人五十人と手練れ二人。

 

 結界に閉じ込められており、出入り可能なのはキキという大女一人のみ。

 結界を破るのは困難であり、一気に全員と戦うと途中息絶える。

 向こうの敵の狙いは消耗戦なのは明らかだ。ルゥが弱ったころを見計らい、間違いなく手練れが出てくる。


 魔術師の魔力切れは死に直結する。一人で多数と戦うのは敵の細かな戦力以外に魔力消費の綿密な計算が必要となる。

 単騎であるなら、魔力切れの状態に陥ってはならない。


「うぅぅ」


 声を上げそうなそれに手刀を加え、その口にルゥは無表情であるものを突っ込む。

 狩人たちのために三つ目の贈り物を製作していく。


 ここはルールのない戦場。まともな道徳観や情を持てば、たちまちつけ込まれ、己の身に死をもたらす。

 正常な感性を捨てて、外敵を倒すという一点のみに意識を注ぐ。

 幸い集まった人間たちのほとんどはただの狩りだと考えている烏合の衆。


 夜が明けるまで戦うことなど意識すらしていない。

 ゆえにこちらが打つのは向こうの想像を超える長期の消耗戦。

 どんな人間でも時間が間延びするほど緊張は保ち続けられない。

 精神の緩みにつけこみ、一人、一人行動不能にしていき、敵の戦力を一方的に削いでいく。


 ルゥは禁止薬を一粒飲んだ。

 睡眠欲を低下させ、活動能力を限界まで押し上げる薬だ。

 そして、三つ目の贈り物を敵達に送るべく動く。

 これは慈悲なき歪んだ世界における心と身体と魔力の消耗戦。

 今までやってきたことと変わらない。


 変わるのは、誰でもない自分の命のために生き抜くという覚悟。

 脱ぎ捨てたはずの仮面、隠密部隊セツナ。

 その仮面を、ルゥは一時的にかぶる。


「全員、私の領域に引きずりこむ」


 見据えるのは、二人の難敵。

 そして、脱出への道しるべ。





 キキは男の首をはねて、笑いながら蹴り飛ばした。


「回復薬は貴重? 馬鹿か! 私がもらうって言ったらもらうんだ!」


 屋根から転げ落ちる死体をメラニーはため息をついて眺める。


「戦力を目減りさせるのはやめて欲しいよな」

「あの死体は回復で私に貢献した。戦力は目減りしてないさ」


 人の死が目の前に起きても軽口を叩く。カビオサとは本来こういう場所だ。

 人の死は日常の中で特に重くない出来事であり、驚くこともない。

 祈りも慈しむこともない。でも、それが普通だと思っている。

 なぜなら他の生き物もいちいち死に対して嘆き、祈ったりしないから。


 ただ今の状況は少々嘆きたくなる。

 原因は、ルゥの置き土産。


 大通りの目立つ場所にそれは音もなく置かれた。

 男は両目と両足を潰され、口に詰め物が詰められていた。

 そして、問題は頭に貼られた紙のメッセージ。


「群れて狩りをする獣たちに告ぐ。たとえ集団で取り囲まれようと、命がここで潰えようと、私は戦い続ける。少なくとも最初の一人は一撃必殺の影魔術で、命を確実に奪うだろう」


 この言葉にひるむ人間はいない。が、潜在意識に刷り込まれる。

 敵は命をかなぐり捨てて一撃必殺の魔術を使う覚悟があるかもしれない。


「最初の一人というのがポイントだな。集団で取り囲んだ時、誰か一人突っ込みにくくなる。牽制なんだろうが、これは効く」


 影魔術は得体が知れない特質魔術だ。一撃で敵を葬る魔術があっても全くおかしくはないし、持っている可能性は高い。

 集まった五十人は烏合の衆。己の浅はかな欲のみで動く人間がほとんどだ。

 少なくとも多数派が命を捨てる気などさらさらない。


 ゆえにこの牽制はより効く。

 その置き土産から少しの間を置いて、再び大通りに置かれたルゥからの贈り物。

 同じように男は両目と片足を潰されていた。回復魔術の魔道具や強力なポーションを使わない限り、再起不能になるだろう。


「致命傷を負わせた人間に対し、どう反応し、どう対応するかで情報を搾り取る気だな。仲間を助ける人間か、連帯はあるのか、恐怖を覚えるか……脅して口を滑らす人間はいるか?」


 メッセージを残した敵の影は一切見えないが、どこかで確実に見ている。

 そして、わずかに動揺している人間がいれば、そこからひっそりと背中を狙い、また情報を奪っていく。

 明かりを灯す魔道具も一つずつ潰されていき、気づけば貧民街は暗い夜と同化していた。


「臭いで位置を掴めると思ったが、徹底的に痕跡消してやがる。常に影になって動いているようだし、囲いこむのも難しい」

「探知魔術持ってくればよかったなぁ」


 キキはポーションを掌にかけながら暢気にぼやく。

 狩場の区画は半径五百歩分。五十人近くの人員を割けば時間をかければ見つけられる範囲だ。が、影魔術は暗い夜なら最も隠密に適した魔術。


 一度見失えば、再び見つけるのは容易ではない。情報として知っていたが、闇と完全に一体化できるとは完全なる計算外だ。


「それより回復されるのが厄介だ。ポーションを持ってるやつを今からでも取り上げるか?」


 メラニーの問いにキキは真正面を見たまま答える。


「もう遅い。敵はすでに回復済みとみるべきだ」


 二人目の戦闘不能者が出たが、未だ狩人たちの士気は高い。

 皆で声を掛け合い、敵のいそうな場所を探していた。

 ふと狩人の一人が大通りの真ん中にいる男に気づく。

 目隠しと口をふさがれ両腕を縛られた男がおぼつかない様子で一歩一歩歩いていた。

 

 数人が周囲を警戒しつつ、男に駆け寄る。

 何かがおかしい。そう気づいた時にはすでに手遅れだった。男がつまずき、転んだ瞬間、轟音と共に大爆発。近づいた人間たちも一瞬で紅蓮の炎に巻き込まれ、叫び声が貧民街に響いた。


「ぎゃああああ!」


 燃えあがる複数の人間たちの悲鳴がおさまり、やがて動かなくなる。

 残るのは肉の焦げた臭いと黒い物体。

 そして、貧民街を覆う夜の闇が強調される。

 敵の姿は一切見えず、じわりじわりと場の士気が凍りついていく。


「爆炎花を口に含んだ人間爆弾とは、良いセンスの贈り物だな」


 キキは大通りに転がる死体を見ながら酒を一口飲む。


「徹底してやがる。やり口がえぐい」

「表の人間のやり方じゃない。フローティアやタンタンなら絶対しないだろう」


 烏合の衆たちに残虐性を強調し、戦意を削ぐ狙いがあるのは明らかだ。事実、一部の狩人は恐怖で顔が引きつっていた。

 キキの表情から笑みが消える。

 舐めてかかってはいないが、思いのほか強敵であることを認識させられる。


「魔術師団の隠密部隊……だな」


 符合するのはセツナという謎に包まれた顔のない人間。

 目的を達成するためならあらゆる手段を選ばない裏側の魔術師。


「セツナ引退後、六天花に入ったのがルゥ……矛盾はないな」


 キキは醒めた酔いを戻すため、酒を一気飲みする。


「おい、キキ? かなり厄介な奴を狩場に放り込んでくれたじゃないか」

「同意の上だ。それに相手が一人で若い女であることに変わりはない。この状況で負け戦の話か?」


 お互いの視線が交錯する。

 すでに遊びの狩りではなくなったことにお互い気づいている。


――これはたった一人の魔術師との戦争だ


 それを理解し、お互い自然と歪んだ笑みになる。

 命のやり取りも嫌いではない。


「じゃあ、私は夜明け前」

「私は朝起きてからにするか」


 それぞれ拳を突き合わせて別れる。

 二人の間に協力などという言葉はない。

 お互い微笑んだままその場で散った。





 夜が明けるより少し前にメラニーは出動した。

 理由は自分の優位な状況を作るため。

 すでに状況はルゥによりパニックとなっていた。

 大通りに並ぶ戦闘不能者はすでに三十を超える。


 並んでおらずとも致命傷を負う者も多数。

 魔力のない者は危険を察知し、結界の外に逃げる始末。

 ルゥを狩ろうという気概ある人間はすでに十人を切っており、魔術師を狩る場だったはずが、逆にルゥの狩り場と化していた。


「出てこい! セツナ! 一対一の勝負だ」


 メラニーは大通りのど真ん中で高らかに叫ぶ。

 もう少しで夜が明ける。

 それは影が極めて少なくなる時間が続くことを意味する。


 きわめて消耗を抑えたルゥだが、当然寝ずの戦いは消耗無しとは言えない。主力と睨む一人であるなら、狩るに越したことはない。

 そんな返答ともいえるメラニーへの後頭部への魔弾。

 メラニーは片手剣で叩き割る。


「いい返事だ。さあ、来い」


 夜の空がじりじりと明けていく中、お互いの思惑が絡んだ戦いが始まる。





 すでにルゥは戦闘不能にした者たちから主力と目する人間の情報を搾り取っていた。

 フードをかぶる小柄な女、メラニー。

 謎の多いリーダー格キキと違い、メラニーを知る者は多かった。


 常に目深にフードをかぶり、薄気味悪いと言われる小柄な女。

 顔をほとんど見せることはなく、年はキキと近い二十代後半。

 隠匿魔術の使い手だが、まとう魔力は極めて小さい。

 片手剣の扱いに長け、近距離戦を好む。


 間違いなく現代には珍しい剣のみで戦う剣士だ。

 戦いとは自分の土台に相手を乗せて、常に優位性を得る者が勝利に近づく。

 ルゥは距離を置いて戦うことを迷わず選択。

 二階建ての屋根から大通りの真ん中にいるメラニーへ暗黒弾。


 左後方の死角から音もなく放たれるも、メラニーは身体を捻じ曲げて避けた。

 その避け方が人間離れしており、ルゥはさらに警戒心を高める。

 自然と視線が交錯する。

 メラニーはこちらに身体を向けて、片手剣を構えて、わずかに重心を落とす。

 その直後、跳ねるような跳躍で気づくとルゥの目の前にいた。


「えっ」


 ルゥの心臓に突き刺さるもそれは影分身だ。途端に溶けて消えていく。

 本体のルゥは大通りを挟んだ建物の屋根に立っていた。

 メラニーから目視三十歩分。メラニーは即座にルゥの居場所を察知し、またわずかに重心を落とす。


 跳躍。また一瞬で距離を詰められる。

 ルゥは横っ飛びでかわすが、態勢を整えた時にはもう目の前にいた。

 左手からの水平斬りを影針で受けるも、そのまま身体を半回転させた回転蹴りが横っ腹に直撃。


「うっ」


 意識の飛びそうな衝撃で屋根から落とされ、大通りの真ん中まで吹き飛ばされる。


「まさかただの……身体能力?」


 立ち上がり、信じられない表情でルゥは相手を見る。同じくらい小柄なのに同じ人間の動きとは思えなかった。

 激しい衝突音を聞いて、複数の狩人が集まってくる。

 大通りのど真ん中に立つルゥを確認し、全員構えた。


 左に三人、右に四人。屋根の上にはメラニー。

 キキ以外の戦力が集まっており、ここが凌ぎどころ。

 ルゥはずっと温存していた魔力を使うことを決断し、両手を合わせる。


「来るぞ!」


「魔術開放」


 解き放たれる魔力はルゥの覚悟に呼応してさらにうねりを上げた。


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