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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
94/223

第94話 私の本気を受け止める覚悟があなたにはある?

 ルゥはカビオサ中心部を離れた郊外を歩いていた。

 カビオサはわかりやすい。道を歩けばだいたいその地区がどういう場所かすぐわかる。


 ゴミ一つ落ちてない石畳ならひったくりや浮浪者のような人間はほとんどいないが、ゴミが放置されていたり腐臭が漂っていれば、十中八九そこは貧民街。

 無法地帯なので何が起きてもおかしくない。


 ルゥは貧民街を歩くことに抵抗はない。

 抵抗があるのはそこに住む人達に対して何もしない自分。

 目が合うたびに気まずさを覚える。

 特に子供の同情を誘う目。自分の中の良心を試されているような、何かが揺れ動いて任務に支障をきたす。


 だから、ルゥは人が眠る夜に貧民街の区画を調査することにした。

 水も寝床も最低限のものはあるが、最低限のものしかないので自然と奪い合いになる。人としての尊厳はこぼれ落ちる街。

 自然と足取りは早くなる。


(さっさと終わらせたい)

 

 貧民街にも種類がある。粗末な小屋が並び、乞食や逃亡者、身寄りのない子供が寄り添うように暮らす場所もあれば、アウトローひしめく危険な匂いのする場所もある。

 現在いる区画は後者の場所として最も有名な場所だ。


 通称犯罪者通り。大通りには二階建ての木造家屋が並び、見た目はまともだが、中に住むのはまともではない人間たち。盗賊やマフィアや人殺しが蔓延る区画で、大通りを歩くだけで最低三つの犯罪に出くわすと言われている。

 人の尊厳を奪う街。

 知ってる者は誰も寄り付かない危険区域にルゥは足を踏み入れた。


 これも魔族の巣の調査のためだ。

 ルゥは黒ずくめのマントを羽織り、姿かたちは見えないようにしている。

 が、背丈の低さや歩くときにマントからわずかに出る生足で女性だと認識するのか、この日まで危うい視線を何度も感じた。


 調査の間に襲われたのは二回。一度目は子供の盗人、二度目は女の暴行目当ての中年。いずれも交戦することなく、さっさと退散した。

 戦いにおいて、避けて通れない時とそうじゃない時がある。今は明らかに後者だ。自分の害をなすものだけ排除していき、目的を達成する。


 ルゥはおおよそ百歩圏内の影から影へ移動することが可能なので、逃げる術は持っている。ただ単独だから使える技であり、他の仲間と行動していたらこうはいかない。

 ゆえに一人でやることが最善なのは間違いないが、やってることがいつもと同じであるので少し寂しさを覚える。


 ふと背中から刺すような殺気を感じ、ルゥは振り返るが、そこには誰もいない。

 貧民街の区画に入った時にいくつかの視線に気づいたが、その中に只者じゃない感覚が混じっていた。


 魔術とは関係のないルゥの経験則であるが、外れていない自負はあった。

 今いる区画は大通りを外れれば、裏路地や廃墟など死角が多く奇襲を仕掛けられる場所がいくらでもあるので、油断ならない。

 なるべく視界が開けた大通りを進み、自分の仕事を淡々とこなしていく。


 結論だけ言うと、ルゥの勘は当たっていた。

 ただ予想外だったのはその手練れが堂々と目の前に姿を現したことだ。

 ゆっくりとおぼつかない足取りでその大女は大通りのど真ん中を闊歩して近づいてきた。


「やあ、こんばんは。お嬢さん」


 ルゥは何も言わない。肩にかかる真紅の髪と金色の瞳は印象的だが、それ以上に目につくのは身体中に装備された魔道具だ。


「私はキキ」

「そうキキ。こんばんは」


 目の動きから酔っているのがわかる。


「うん。人間、挨拶ってのは大事だ。そして、そこから会話につなげていく。会話することで時に不毛な戦いを避けることができる」

「私はあなたと戦う気はない。でも、戦うつもりなら全力で抵抗する。それだけ」

「わかりやすくていいね。でもさ……なんかつまんないよなぁ?」


 ルゥは背後からの殺気を察知し、半身振り返る。

 大通りを挟んだ両側の建物から続々と人間が出てきた。

 屋根にも複数魔銃を構えた人間もおり、目に見えるだけで四十人以上いる。

 それに対しルゥは表情を一切変えず、キキの方を見る。


「私は探知魔術で魔族の巣がないか確認してるだけ。それが終われば、すぐに出ていく」

「なるほど。それはありがたい! なんて言うと思うか?」


 キキは手に持つ魔銃をルゥに向かって構える。


「邪魔をするのが理解できない。魔族の巣があって困るのはここの人たち」

「頼んでもいない。自分の正義を押しつけてくるな」

「害を排除するといっただけ。誰も困らない」

「想像力がないね。こういう町にずっといる人間ってのは人間同士の醜く野蛮な争いに身を投じ続ける。そういう宿命の中にいる。いずれ全員、不幸を何度も噛みしめる。そんな地を這うような人生さ。魔獣に殺された方がまだましって人の方が多いんだよ」


 めちゃくちゃな理屈を平然と言い放つキキにルゥの目は自然と鋭くなる。


「あなたは間違ってる。あなたは自分の不幸を押しつけてるだけ」

「かもね……だったら、どうする?」

「私は押しつけられる不幸に屈しない」


 キキはにやりと笑い、夜の空に魔銃を撃つ。

 発光した光の弾は狩りの合図。

 ルゥの後方から獣のような叫びが木霊し、ルゥに襲い掛かる。


 その直後、一切の躊躇なくルゥはキキに詰め寄る。右手から出したのは影でできた長い針。


「ちょっ! お前、いきなり私って!」


 眼球を狙ったその長い黒針をキキは掌で刺して、なんとか受け止める。


「ぎゃあああ! 痛いっ!」


 ルゥはすかさず重心を落とし、おぼつかない足取りのキキに足払い。

 キキがよろめき態勢を崩したところで腹にめり込む強烈な影突き。


「ぐぇぇぇ」


 呻き声を上げて、キキは地面に一度叩きつけられ吹き飛ばされる。

 ルゥの背後には複数の武器を持った男たち。

 が、ルゥに触れる寸前、液体のように溶けてその場から消える。

 次に姿を見せた時、ルゥは地面に伏せたキキに影針を突きつけていた。


「一歩動けば、首を刺す」

「宣言する前に刺すのがルールだよ、お嬢さん」


 声と同時に感じた殺気。

 瞬時に身体をひねるが、脇腹を剣でえぐられる。


「ぐっ」


 影移動して、その場を離脱し、二階建物の屋根に移る。

 攻撃は倒れていたキキではなく、誰もいなかったはずの後方からだった。

 その疑問はすぐに解消される。

 何もない空間から唐突にそれは姿を現した。キキの傍に立つのはフードを深々とかぶる小柄な人物。


(隠匿魔術か……)


 己の姿をカメレオンのように周囲に紛れ込ませ消すことのできる魔術。

 えぐられた脇腹から流れる血をルゥは手で抑え、冷静に敵を見下ろす。





「おい、キキ。起きろ」


 メラニーは倒れているキキに容赦なく蹴りを入れた。

 寝転んだままキキは反転してのんきに頭の後ろで手を組む。


「今日は星がよく見えるなぁ」

「飲み過ぎだ、馬鹿」

「人間の世界で酒とドラッグ以上の娯楽はない。これをやりながら狩りをするのが最高に楽しいのさ」

「狩られそうだったのによく言う」


 メラニーは屋根の上にいるルゥを見据える。


「思ったより手強いな」

「やりがいがあるだろ?」

「まあな……でも、あのお嬢さん。早々に深手を負ってしまったようで」


 血の付いた剣をメラニーはぺろりと舐めて、笑う。


「屋根の上だ! 賞金はとどめを刺した人間だけだぞ! さあ! いけ!」


 剣でルゥの方向を指し、メラニーは叫ぶ。

 それに呼応し、ならず者の大群が屋根を一斉に上っていく。





 ルゥは再び液体のように溶けてその場から離脱。


(さっさとこんな場所から消える)


 刺された脇腹は想像以上に深手だ。

 応急処置として外傷用のポーションを塗り出血を止めるが、動くたびに激痛が走る。

 が、意識ははっきりしており影移動でスピードが落ちることもない。何より自分のテリトリーである夜であることも大きい。


 どれだけの数に囲まれていようと問題なく逃げ切れるとルゥは踏んでいた。

 貧民街の区画から抜けようとした時、ルゥは動きを止める。

 完全に敵をまいた状態で男たちの声は遠くから響いていた。追手側のあまりの悠長さにこれまでの経験則から嫌な予感を感じる。


 そして、暗く灯りがともることのない貧民街に灯りがともりだした時、その予感が正しいことを確信する。

 光の魔道具を配置することを優先しているのだ。

 影魔術の使い手であるルゥとの戦いに備えているのは明らかだった。


「ここは綿密に準備された……狩場か」


 魔力をまとい、じっと周囲を観察して気づく。

 貧民街の区画を囲うように自立型の結界が張られていた。

 短期間で張られた結界は比較的容易に破れるというのが通説だが、ルゥは目の前の結界を破るのは厳しいと察した。


 その結界は貧民街の一区画を覆うほど巨大なものだ。

 一人の術者が短時間で張れるものではない。

 区画の外を覆うように結界専用の魔道具を置いて、発動させたとルゥは推測する。

 結界にわずかに触れると、身体を拒否するように強力に反発する。


(ダメージはない。ただ外に出さないためのものか……)


 隣から偶然、犬が通り過ぎていき、あっさり結界の外を出て行くのを確認。

 条件付けも加わっている。

 ルゥは足元に転がる石を結界に向かって投げる。

 それは問題なく通過した。


 小さな影魔弾を結界に向かって撃つ。

 それは結界の外に出ず、結界に飲み込まれるように消えた。魔力反応のないものは問題なく通過し、魔力あるものは通さない。


「魔術師のみを閉じ込める結界か」


 簡単には出られない。

 ルゥが結論付けた時、後方から叫喚が上がる。


「いやっほう! 一番手!!」


 下卑た目をした狩人がルゥを捉える。


「近くで見るとなかなかいい面してやがる。ふふっ、殺す前に遊んでやるぜ!」


 ルゥにとって嫌いなもの。

 相手への思いやりもなく、ただ己のために一方的に搾取する人間。

 その濁った目はルゥの記憶を掘り起こす。

 そして、気づく。貧民街を通るのが嫌いなのは自分が何もできないからじゃない。


 昔の弱い自分を嫌でも思い出してしまうからだ。

 搾取され続けた家族に対し、何もできなかった子供のころの自分。

 舌を噛んで現実に戻る。

 ルゥの意識は結界の外から内なる外敵に移る。

 出られないのなら、出る邪魔をするすべてを排除するのみ。


「私の本気を受け止める覚悟があなたにはある?」


 静かなる声と闇の中で光る鋭い眼光。

 対面する男は人生で最悪の選択をしたと後に後悔する。


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