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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第二章 魔術師団編
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第9話 名はフィリーベル

 いろいろな人が部屋になだれこんで、涙ながらたくさん抱きしめられた翌朝。

 暗い闇からそのまま覚めないかと思ったが、目が覚めると昨日と同じ天井。

 

 朝が来た。

 ディン・ロマンピーチではなく、妹としての朝だ。


「ユナちゃん!」

 

 すぐ隣の椅子に座ってる女の子がいた。

 小動物のようなくりくりした目とくるくるした巻き毛は見覚えがある。同じ村に住んでいて毎週欠かすことなくお見舞いに来てくれたユナと同じ年の女の子だ。


「タンジー」


 名前を呼ぶとくりくりした目を潤ませ、抱き着いてくる。


「おかえり! ユナちゃん」


(このくだり何回もやったからもういいって)


 タンジーはぐりぐりと頭をこすりつけてくるので、強引に頭を引き離す。


「うれしいけど、起きたばっかだから」

「よかったぁ。ユナちゃん、よかったぁ」


 今までこの部屋にきた誰よりも泣いていて、どん引きするレベルだ。


「タンジー、ちょっと泣きすぎ」

「ごめん。毛布でふくね」


(いや、毛布でふくなよ。なんだ、こいつ。常識ねぇな)


 本当に毛布で涙をぬぐった後、タンジーはユナに再び抱き着く。


「よかったぁ、ユナちゃん。三年ぶりだよ」


 スキンシップがやや過剰なタンジーを何とか引きはがし、ようやく落ち着いて会話できるようになる。ミッセ村には、祖父が創設した身寄りのない子供たちの世話をする孤児院があり、タンジーはそこに住んでいた。そして、ユナと同じ年だったため意気投合し友人関係になった。

 

 ディンとしては身分の差が引っかかるところだが、ユナの友人を冷たく扱うわけにもいかない。さっきからしょうもない話しか提供してこないが、十五歳の女ならこんなもんだろうと割り切って付き合う。


「そういえば私、魔術師団に入ったんだ!」

「えっ! 嘘っ!」

「嘘じゃないよ。本当だよ。びっくりした?」


 タンジーは飾り気のない笑顔を見せる。


――ユナがなぜこんなことになったのか原因を知りたい


 そんな思いを涙ながらに吐露して、魔術師団の入団試験を何度も受けては落ちていたことは知っていた。


「それって……私のため?」

「うん。最初はそうだったよ。でも、今は自分のためでもあるの。私でも人のためにできることがあるって思いたいから」

「そうなんだ」


 タンジーのことを少し誤解していた。ユナのことはあくまできっかけであり、タンジーはタンジーなりに覚悟をもって魔術師団に入団したのだ。それならそれで否定することはないし、ディンにとっても情報源になりうる。


「それで? もう入団したんだよね? 今、魔術師団ってどういう感じなの?」

「まだわかんない。ここからじゃ遠いから寮に入ることになるんだけど、その日寝坊して行けなくて。それから連絡がこないの」


 一瞬でもこいつを評価した自分が恥ずかしい。

 当の本人はてへへと笑い、あまり深刻に捉えてないようだ。


「ユナちゃんはこれからどうするの? 一緒に行くよね?」

「えっ?」


 思わぬ問いかけだった。


「ユナちゃんの魔術の才能はものすごいってみんな言ってた。みんなから褒められるものってなかなか持てないでしょ? だから、私もすごいなって憧れて……」

「……」

「もちろんユナちゃんの気持ちがすぐについてこないのはわかる。でも、もったいないとも思うなー」


 タンジーは自分の気持ちを語り過ぎたと感じたのか取り繕うように続ける。


「まあ、今はゆっくり休んで考えなよ」

「そうだね」


 一点を見つめたままディンは答えた。





 その後も部屋に絶え間なく来訪者が訪ねてきた。ユナのことはよく知っているのでユナを装うのは簡単だが、女子の振りをすることに抵抗感がわずかにあった。

 もっともやればやるほど徐々に抵抗も消える。ユナを演じる自分に慣れ始めた時、待ちわびた女エルフがやってきた。

 伝説の勇者一行であるシーザだ。


「おかえり、ユナ!」

「そのくだり散々やったから、とりあえずそこに座れ」

「なんだぁ、ユナ! つれないなぁ。わざわざ会いにきてやったのに」


 そう言いつつもシーザは上機嫌だ。笑みを浮かべ、ベッドの傍にある椅子に座る。


「今から言うことは他言無用だし、信じられないと思うが落ち着いて聞けよ」

「なんだ、おい。なんか喋り方が糞生意気な兄貴に似てきたなぁ。ユナ。ああなっちゃダメだぞ。あれは人として駄目だ。ユナには素直で誠実な子でいて欲しいからさ」


 やはり裏では言いたい放題言ってやがったとディンはわずかに怒りで身を震わせるが、気持ちを落ち着かせて、シーザを見る。


「俺はそのディンなんだよ」


 シーザは真顔でしばらくこちらを見つめ、頭を抱えて嘆息する。


「なんてこった。頭の方がまだ正常に戻ってなかったか」

「待て待て! 一から説明するから聞け! 糞婆!」

「こらぁ! 糞婆とはなんだ! 私はエルフ的にはまだまだ若いんだっての!」


 糞婆は禁句だったか、そこからしばらく罵り合いになった。

 埒があかなくなったので、ディンは両手を叩き、落ち着いた口調で告げる。


「魔王ロキドスは人さらいをして疑似家族を作っていたんだよな?」

「なぜそれを? ディンから聞いたのか?」

「母さんからディンは入れ違いでアルメ二ーアに向かったと聞かなかったか。向こうからまだ連絡も来てないから知る機会はない」


 シーザはそれでも半信半疑だ。

 仕方ないのでディンが知る限りのシーザの恥ずかしい情報を暴露していった。ユナでは知りえない酒の席での暴言や不埒の数々を例に挙げていくとどんどんシーザの表情が変わっていく。


「止めろぉ! 脳が破壊される! 思い出して死にたくなるからやめろぉ!」


 そう叫びつつ、信じられないものを見る目を向ける。


「本当にディンか?」

「一から説明する。落ち着いて聞け」





 ディンの話を聞いた後、シーザはしばらくの間何も言わず固まっていた。


「魔王ロキドスが生きてる。信じられん仮説だ……」

「だが、俺の状態を見たら可能性としてありえるだろ? 転生する魔道具はあるか?」

「私の知る限りない。が、私が知るものなどたかが知れてる……ゼゼ様なら」

「あいつらの不可侵領域で殺されたんだよ。信頼できると思うか?」


 シーザは言葉に詰まる。


「魔術師団全体が魔族に変わっていると考えているのか?」

「シーザの見解を聞きたい」

「まずありえねぇ。いいか。不治の病を治す魔道具があるが、作成年月はざっと五年だ。転生魔術というものがあるなら、難易度はこれをゆうに超える。十年以上かかっても不思議ではない」

「量産は不可能ってことか」

「ああ。そもそも知能のある魔人も限定的だ。ロキドスに仕えていた七大魔人の内二体は行方知れずだが、五体はトネリコ王国で最近目撃されている。全員がロキドスと同じように人間に紛れ込んでるとは思えない」


 ディンの知らない情報だったが、シーザは一応伝説の勇者一行だ。自分の情報網を持っているのだろう。


「なら魔術師団にロキドス一体が紛れ込んでいて、俺はそいつに殺されたってことでいいのか?」

「ディンの仮説が正しければな……他の人間には?」

「誰にも話してない」

「正解だ。事実なら誰彼構わず話すのは危険だからな。私に話したのは唯一信頼できる者だと判断したわけか」


(シーザを巻き込んで死なせても、あまり罪悪感を感じずに済むしな)


 本音を口には出さず、話を進める。


「ロキドスは人間に転生した。俺はその情報に近づきすぎたから殺されたんだろう」

「ロキドスからしたら、勇者の孫が自分の存在を追ってると誤認したってことか」


――私は魔王を倒していない


 勇者エルマーの言葉を聞いた後、ディンは五十二年前の魔王討伐の資料を集め、シーザに会いに行き、五十二年前の機密とされる情報を閲覧できる場所に行った。行動歴から怪しまれたとしてもおかしくない。


「まあ、じいちゃんが調べてくれたおかげで、ロキドスが転生した人間の名はわかっている」

 

 ディンは祖父の手帳に〇をつけられた人間の名を思い出す。


「名はフィリーベル」

「なっ!」


 シーザは驚き、眼を見開く。


「知ってるのか?」

「ああ。色々繋がりつつある。が、ちょっと待て」

 

 そう言ってそれ以上言葉を続けるのをシーザは逡巡した。


「なんだよ、言えよ」

「このことを口にしたら、もう後戻りできんぞ」

「何言ってんだ。もうとっくに巻き込まれてんだよ」

「それもそうか……」


 やがて観念したようにシーザが天井を見上げて、ため息をつく。


「あーあ。残りの人生はまったり生きようと思ったのにな!」

「人生思い通りにいかないもんだ」

「そうだな」


 自然と間が空く。シーザは少しの間、物思いにふけってから答える。


「フィリーベルは五十二年前、ロキドスの人質であり、疑似家族となった人間の一人だ。トネリコ王国出身で当時十二才の男の子だった」


 五十二年前の機密とされる情報の中に答えがあるんじゃないかと予想していたが、やはり驚きの方が強かった。


「当時、私たちが救出した人質は全部で三人だ。そのうちフィリーベル以外の二人は生還後半年以内に事故で亡くなっている」

「口封じか?」

「ああ。重ねて言うが、フィリーベルは高貴な一族だった。魔王と疑似家族なんて噂は流れてもろくなことにならん。二人から秘密が漏れないためというのが妥当だろうな」


 醜聞のリスクを避けるため、そこまですることにディンはうすら寒いものを感じた。徹底された情報統制と勇者一行にも箝口令かんこうれいを出せる存在。


「もしかしてだが……生き残ったフィリーベルは、位が高いなんてものじゃないのか?」

「そうだ」


 シーザは一呼吸置いて、言った。



「フィリーベルはトネリコ王国の王族だ」


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