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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第88話 私のこと信じてくれる?

 ヨルムンガンドについて知っていること。

 魔力を吸収し、吸収するほど力をつけること。

 白い毒ガスを吐き、人間を動けないようにすること。

 弱った人間を丸呑みして、魔力に換算できること。

 ヨルムンガンドは誰も倒すことのできなかった魔獣だということ。


「ヨルムンガンドを倒せなかった当時は三十層の塔と同じくらいの体長だったんだ。すでに膨張しきっていて、なす術がなかった。でも、今はそれに比べるとまだまだ小さい」

「なら、私たちでもやれるっすね!」


 アイリスの言葉にディンは反応しない。代わりにアイリスの方をじっと見つめる。


「アイリス。私に計画がある。私のこと信じてくれる?」

「無論っス」


 アイリスの答えには迷いがない。

 目の前のヨルムンガンドはこちらに向かって白いガスを吹いた。広範囲に及ぶそれは、霧のようにこちらに迫る。


「風壁」


 アイリスの魔道具で白いガスを風で左右に流した。

 一級魔道具を多数持ち、それを増幅魔術で効力を押し上げることができるのはアイリスの圧倒的強みであるが、ヨルムンガンドは魔力を媒介したものが効かない。

 ディンの持つ魔道具も同じだ。つまり、ディンとアイリスが持つ手札のほぼすべてが潰されている状態だ。


「で? 計画とは?」


 アイリスは正面を見たまま問いかけた。


「さっき探知魔術をかけた時、森の中に大きい岩らしきものを確認した。土魔術の魔道具で限界まで高度を上げた足場を作って、そこから大岩を頭に叩き落とす」

「一人が引き付け役で、一人がとどめを刺す役っすね! じゃあとどめを刺すのは私に任せてください!」


 自分がとどめ役のつもりだったので、ディンはわずかに考え込む。


「やってみせます! 私のこと、信じてください!」

 

 最後の言葉にディンは戸惑う。

 しかし、アイリスの瞳には妙な説得力があった。

 揺らぎないそれは心に刺さる。


(少なくとも協力しないとヨルムンガンドは倒せない。そして、もし倒せたら、俺はアイリスを信じられる)


 そう考え、頭の中で疑惑を一旦消した。


「わかった」


 ヨルムンガンドが舌を出しながら地面を這い迫ってきたので、二人して後方へ駆けた。孤島を一周するようにできた林道を走り、ぐるぐるヨルムンガンドと追いかけっこになる。


 ヨルムンガンドは大きさの割に俊敏だが、反発魔術による高速移動が可能なディンと魔道具で高速移動が可能なアイリスには全く追いつけない。

 話をしながら、ヨルムンガンドを引きつける余裕があった。


「じゃあとどめはアイリスに託すよ」


 ディンは土魔術の一級魔道具「大地創造」をアイリスに手渡し、作戦の詳細を説明していく。


「了解っす。必ず私があいつを潰します。ユナちゃんは捕まらないようぐるぐる外周を走り続けてください」

「うん」


 状況は常に変わる。ぴたりとヨルムンガンドが追いかけるのを止めた。そして、その場でゆっくりととぐろを巻いていき、渦潮のような形となる。


【カウント5】


 何かが聞こえた。声じゃなくヨルムンガンドの鳴き声だ。なのに言語として頭に入ってくる。


【カウント4】


「何かくる……距離を置こう」


 ディンの言葉にアイリスは何も答えない。ヨルムンガンドの体の内部がじわりと発光して、体の模様がはっきり見えた。


【カウント3】


「あれは……体に魔術語が刻まれてるんすよ!」


【カウント2】


「まさか……とぐろを巻けば自動的に発動する特級魔術?」

 

 魔獣が使うのは基本魔法だ。もともと備わった超能力的な力を思考せずとも腕や足のように扱える。が、ロキドスの亜種であるヨルムンガンドは思考せず魔術を扱う。体鱗たいりんの幾何学模様の中に魔術語が刻まれており、円の形を為すことで魔術印となり自動的にそれは展開される。

 

【カウント1】


「一旦引かないと」

「ダメだ! 止めないと! あれはたぶん――」


【0。膨張脱皮】


 発光してヨルムンガンドが光に包まれる。眩しさに目を閉じ、再び視界を開くと脱皮したヨルムンガンドが姿を現した。

 体は一回り大きくなり、その体から蒸気のように魔力がさらに溢れていた。その魔力は先ほどの比でない。


「……溜めた魔力を消化して、自分の魔力に換算する魔術か」


 ヨルムンガンドをまとう魔力の質が明らかに変わっていた。

 ほとばしるように溢れ出るヨルムンガンドの魔力はすでにユナとアイリス二人分の魔力を軽く凌駕している。先ほどまでただの白蛇と変わらかったのにその進化ぶりは脅威でしかない。


「ユナちゃん! 今はこいつを倒すことだけを考えるっす」


 アイリスの言葉で冷静になる。


「ここは任せて!」

「了解っす」


 アイリスは森の茂みへ飛び込み、二手に別れた。

 つかず離れずの距離にいるヨルムンガンドにディンは全力の反発魔術で押し込む。わずかながらヨルムンガンドがひるみ、押し込む手ごたえがあった。


「何でもかんでも吸収できるわけじゃないんだな」


 反発魔術が効くことを確認でき、光明が見える。

 唐突にヨルムンガンドは大きく口を開け、霧のような白いガスをディンに吹きかけた。


――引き寄せ


 すぐ右手側にある海から大量の海水を引き寄せて、ヨルムンガンドと自分の間に流し込む。

 白いガスを防いだが、直後にヨルムンガンドは強引に海水を突き抜けてきた。海水を抜けた瞬間、ヨルムンガンドがわずかにひるんだように見えたが、速度は落とさずディンに迫る。


 バックステップして後方へ逃げ、再び孤島を一周する追いかけっこへ。

 ヨルムンガンドの動きは獲物を一点に狙い定めたからかさらに機敏になり、長い体をぐにゃぐにゃ動かし、這ってディンの背中を追ってきた。


 時折、白いガスをディンに向かって蒸気のように吐きかけるが、風の流れを意識しつつそれを避けていく。ヨルムンガンドの射程の外にいる間はそこまで怖さはない。


 対応できる速度で攻撃の射程も感覚で理解しつつあった。

 が、厄介なのはヨルムンガンドという魔獣の性質だ。ディンが射程圏外に居続けると、ヨルムンガンドは追いかけるのをやめてぴたりと動きを止める。


 ディンの思惑を覗き込むようにじっとその場でこちらを睨みつけていた。

 魔獣は動物のように高度な知恵がないというのが通説だが、相対する魔獣は思考をもっているかのようにこちらの出方をうかがっていた。


 先ほども逃げられて、結果被害が広がった。警戒されて逃げられては元も子もない。リスクを負いヨルムンガンドの射程内で引き付ける必要があるが、ディンはそれに抵抗があった。


 臆病風が射程に踏み込ませることを躊躇させていた。

 が、他に策は浮かばず前に出るしかない。

 今、求められているのは一歩踏み込む勇気。

 シーザがいれば踏み出せたかもしれない一歩を一人で踏み出せない。


「……俺って本当に口だけの臆病者だな」


 自虐の言葉を口にして笑う。

 魔銃が好きなのは獲物の射程外から一方的に仕留められるからだ。剣を握るのが嫌なのは、相手の攻撃の射程まで踏み込まないといけないからだ。

 自分の身を危険に晒す行為にどうしても消極的になる。


 根本にある性格の問題か、平和な世界で育った自分の価値観のせいか、わからない。

 その踏み出せない自分の足元を見ている時にディンは気づいた。

 これは自分の馴染みある足ではない。小さくて頼りない妹の足だ。


――ユナはいつだって一人じゃない


 自分で言った言葉が自分の心に反響する。

 兄が妹の中にいるいびつな身体。だからこそ、感じる。

 いつだって妹のユナがそばにいてくれている。


「俺はいつだって一人じゃない」


 その事実で腹の底から勇気が自然と湧いてきた。

 力んで食いしばっていた肩の力が抜ける。

 ディンはヨルムンガンドの射程に一歩踏み込み叫んだ。


「来いよ! 白蛇!」


 さらに一歩、二歩踏み込んだと同時にヨルムンガンドが反応。

 口から球体の塊を吐き出し、ディンは反射的に横っ飛び。

 球体の塊が落ちた地面は蒸気を発し紫色に変色していた。


「毒の塊か。そういうやべーのもあるのか」


 ディンは視界の隅で高く伸び上がった土の塔を確認。その天井にアイリスが大岩を持って立っており、ディンは駆け出す。

 準備はできた。ヨルムンガンドの射程内で何度も攻撃をかわしつつ、孤島の外周を走り、ディンは唐突に止まって振り返った。


 ヨルムンガンドは獲物であるディンにじわじわ近寄る。

 その距離を一気に詰めて襲い掛かってきた瞬間、反発魔術。

 両手でヨルムンガンドを全力で押し込んだ。

 巨大な魔獣はわずかに後退しただけ。


 ヨルムンガンドはひるまなかったが、落下地点の調整に十分だった。ぎろりと光る両眼がディンに向くも、直後落下してきた大岩がヨルムンガンドの頭部に直撃。

 ヨルムンガンド頭部は地面と一体化したかのように見事につぶれていた。


「よしっ!」


 が、まだ本体は動いていた。むしろさらに荒々しく威嚇するように胴体と尻尾がうごめいている。


「とどめぇ!!」


 上から飛び降りてきたのは剣を両手に握るアイリスだ。頭を潰しても動く場合、次に狙うのは心臓だ。蛇の心臓の位置は生息場所により異なる。それが魔獣に当てはまるか不明だが、陸に住むヨルムンガンドの心臓があると思われる位置をアイリスにあらかじめ伝えていた。

 勢いよく落ちてきたアイリスは、のたうちまわる銅体に剣を深々と突き刺した。


 頭から二つ分離れたポイントはディンの指摘したとおりの場所だ。荒々しく動くヨルムンガンドは最後にもがき、やがてピタリと動きを止めた。

 それを見て自然とアイリスと視線が合う。


「アイリス」


 ディンが声をかけると、アイリスはにっこり笑う。


「ははっ。やったっす」


 お互い軽く手を叩いて喜び合ってた時だ。


【カウント5】


 頭の潰れたヨルムンガンドから脳に直接響く。

 特級魔術の展開を知らせるカウント。


「えっ?」


 とぐろを巻く巨大なる蛇の前でディンは思わず固まった。


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