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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第85話 私の友達になって欲しい

「ユナちゃん! ガーネットが等級七以上の魔石採掘場も見せてくれるみたいっすよ!」


 考え事をしていた時にアイリスから声をかけられ我に返る。


「えっ。本当に?」

「うん。せっかくだから見てく?」


ガーネットはさらに奥へ続く坑道を指さした。

小型の魔動四輪車があり、ガーネット自身が運転をして奥へ進んでいく。


「まさか七以上の場所を見せてくれるとは思わなかったっすよ」

「ユナちゃんと……将来の妹がいるんだから、当然よ」


 アイリスは露骨に不機嫌になる。ガーネットは運転をしているので後部座席にいるアイリスは見えないはずだが、雰囲気で察したのか前を見たまま言う。


「アイリス。この際だから言っておくけど、私たちのような立場の人間は自分の意志で物事を決められないのよ。時に周囲の人間たちに理不尽なほど翻弄されてしまう」

「ガーネットは貴族じゃないでしょ。一緒にしないでくださいよ」


 その言葉にガーネットは反応せず、会話が止まる。何も言わないままガーネットは前を見たまま運転していた。


(踏んだらいけない部分をお互い踏んだな……)


 人は口に出して言われたくない言葉がある。先ほどまでの和気あいあいとした雰囲気から一変して殺伐とした空気になる。

 延々と続く沈黙の時間に耐えられなかったのかシーザからの念話。


【おい、ディン。この空気どうにかしろ。私は耐えられない! お前、得意だろ】


 仲裁するのは簡単だが、ディンはあえて黙ることにした。

 感情が高ぶった時は、普段見えない一面が見えることがある。しかめ面のアイリスと黙って運転するガーネットを交互に観察していた。


 奥はかなり入り組んでおり、複雑な経路を延々と走らせて、ガーネットは魔動四輪車を止めた。

 坑道を少し歩くと、天井が高く広い空間に出た。入った瞬間、飛び込んでくるのは魔石一色の世界だが、それは少し異様な景色だった。


 ランク七以上の魔石は透明度が高く、紅色の輝きを放つ。魔石自体が発する赤く淡い光で夕日を浴びたようにそれぞれの顔が茜色に染まった。

 間違いなく綺麗なのだが、存在感を強調してくるような輝きにディンは不気味さを感じた。


「なんか……気持ち悪いかも」


 先ほどの場所より魔力で満たされているせいか、ディンは呼吸するたびに息苦しくなるような、船酔いするような気持ち悪い感覚に陥る。


「魔力酔いかな。魔力の高い人は、魔石からの魔力に当てられるみたい。大丈夫、ユナちゃん?」

「なんとか……でも、確かに変な感じではあるね」

「ここが等級七から八の魔石が取れる場所。賓客に見せるための場所だから、ほとんど採掘はしてないの」


 鑑賞用と言ったところか。よく見ると、一定の距離で魔道具が置かれ、触れることもできないように結界が張られていた。


「不思議ね。私、幼いころから何度も何度もここに来てるのに、不思議と飽きることがない。ずっと見てられる。ここに来ると気持ちも落ち着くの」


 ガーネットはゆっくりと魔石がひしめく壁に近づく。先ほどまでの濁った感情が浄化されたかのように、ガーネットは清らかな目をしていた。

 その視線の先にあるのは紅に染まる魔石だ。


「特に赤い魔石は特別なものを感じるわ。人を殺してでも手に入れたくなる気持ち。なんとなくわかる」


 眼は魔石に釘付けのまま口だけが動いていた。紅色の魔石が眼球に反射し、その恍惚とした表情に思わずたじろぐ。


「殺すって……」

「ふふっ。例え話だよ。本気にしないで。でも、この赤い魔石。まるで血の塊みたいだね」


――魔石はロキドスの血でできている


 昨日、ジョエルに教えてもらった言葉が頭をよぎる。


「まだ満足しない? ユナちゃん?」


 ガーネットは表情から何か察したのか、視線だけこちらに向けて問いかける。


「兵士にも囲まれず、目隠しもせず、ここまでの深部に案内してもらえる賓客はなかなかいないんだけどな」

「背骨に案内してくださいよ」


 唐突にアイリスは言った。先ほどの感情を引きずっているのか、棘のある言い方だ。


「そこに何かあるんじゃないっすか。見せてくれたら帰りますよ」


 交渉や駆け引きなどすっ飛ばしたアイリスの直接的な物言いにディンは開いた口が塞がらない。


「ふーん。それが目的? まあ、ただ見学に来たわけじゃないのは察してたけど」

「流石に見せられないのは理解できるんで、どんな感じなのかだけ教えてください」


 ガーネットは口元に指を当てたまま固まる。そして、悪戯な視線をアイリスに向けた。


「条件を一つのんでくれるなら、ここにいる全員、背骨に案内してもいいよ」


 思いがけない提案だが、それに渋い表情をしたのはアイリスだ。


「条件は?」

「アイリスじゃない。ユナちゃんの方」


 ガーネットはこちらに身体を向ける。


「私の友達になって欲しい」

「えっ……」


 アイリスに負けず劣らずのストレートな要求だが、ガーネットの表情は真剣そのものだ。


「ユナちゃん駄目っすよ! これは絶対、魂胆があります」

「何よそれ。別にないわよ。お友達だったら私の特別な場所に案内してあげるって話よ。アイリスって臆病ね」

「はあ? なんでそうなるんすか?」

「人の言葉を何でも疑ってかかって、人を信じようとしないのは、あなたが臆病だからよ。怖がらず歩み寄る姿勢を見せないと」

「怖がらず歩み寄るって……ふん。父親に対して何も言えないガーネットにだけは言われたくないっすね!」


 その言葉でガーネットはアイリスを睨みつけ、アイリスもそれに応じるように攻撃的な目つきに変わる。


「とにかくユナちゃんは巻き込まないで! ガーネットとは属性が違う!」

「はあ? 属性とか関係ないでしょ! 私は私よ!」

「落ち着けって」


 シーザが仲裁に入るも、お互い睨み合う時間が続く。


「これは私とユナちゃんの問題だから」


 そう言ってガーネットはディンの方に訴えかけるような視線を送る。ふとこの時ディンは、ガーネットに感じていた違和感の正体に気づいた。


(そういうことか……)


 表情を一切変えず、脳をフル回転させる。

 不確定要素が大きいが、悪い賭けではない。何より背骨を直接見る機会は今しかない。そう判断してディンは少し間を置いてから答える。


「うん。ガーネットが友達になりたいっていうなら私は別にいいよ」

「ユナちゃん! 駄目っすよ!」

「アイリスは関係ないでしょ! 引っ込んでて」


 吐き捨てるようにガーネットは言い、ディンの方に視線を向ける。


「本当にいいの?」

「ただし私からも条件が一つ」

「何?」

「友達の私の前では絶対に嘘をつかない。これが条件」


 その言葉をどう解釈したのか、ガーネットは迷わず微笑み、答える。


「もちろんいいわ。じゃあ私のとっておきの場所に案内するね」




 

 魔石採掘場から一度出て、再び魔動四輪車に乗った。

 カホチ山脈を西に眺め、魔石採掘街を北へ進む。

 当初の緩い雰囲気は完全に消えて、会話のない刺々しい時間が続いた。

 街を抜けて荒野をしばらく進み、兵士たちが訓練する基地を抜けて少し進むと、水平線が見えてきた。

 海のそばで魔動四輪車は止まった。


「ここに人を連れてきたのははじめてだから緊張するわ」


 降り立つと潮風が香る。

 後方には基地、目の前に飛び込んでくるのは荒々しい海だ。

 海の上に長い橋がかかっており、橋の先には小さな孤島が見えた。


「あれは?」

「あそこは父からもらった私だけの魔石採掘場なの。誰を入れても私の自由。一緒に行きましょ?」


 橋の前にいた二人の衛兵は頭を下げて、橋の前にある簡易ゲートを開いた。

 ガーネットに先導され、長く赤い橋を渡っていく。下部構造がない浮体橋のようで波でゆらゆら揺れるが、想像以上に安定していた。おそらく魔道具を組み込んでいるからだろう。橋を渡り切り、卵形の孤島の入り口に立つと、人の手が加わってない原生的な森林が目の前に広がる。


 右手と左手側に林道がのびており、小さな孤島の外周を一周できるようになっていた。

 弧を描くように続く海岸線沿いの一本道を三人で並んで進む。森と海の間を抜ける道は魔石採掘場へ向かう道とは思えなかった。


「ここでランク十の魔石が取れるなんて信じられないっす。魔石の鉱脈の外れっぽいんすけど」


 アイリスは露骨に疑いの目をガーネットに向ける。が、無理もない。魔石が採取できるカホチ山脈のさらに北側の孤島なので、そもそも魔石が採取できるか立地的に怪しい場所だ。


「信じられないでしょ? 父も知らないのよ。もともと魔石の採れる量が少ないから、この孤島を父はくれたの。十才のころにもらって、こつこつ時間のある時に自分で採掘したわ。人の手を借りずにね」


 さらりと言うが、採掘作業はかなりの労力と時間が取られる。熱意がないとできることではない。


「こつこつ掘っていくと、たまたま背骨に到達したってことっすか?」

「そう。だからここは……私だけの秘密基地って感じ」


 カビオサ西に位置するカホチ山脈の中心線である背骨。採掘は基本、背骨に向かって東側から掘っていくが、北側の孤島にあるガーネットは南に向かって掘っていき、偶然背骨を掘り当てたということらしい。

 しばらく歩いていると、森を抜けて、木の伸びてない原野に出た。孤島の最北端に立つと目の前には海が広がり、ガーネットはそこで振り返って両手を広げる。


「はいっ! ここがダーリア王国の最北端!」

「正確には最北端じゃないっすけどね。もう少し北に小さな孤島がたくさんあるはずっす」

「残念。それは私の言いたいことじゃないんだな」

「どういうことっすか?」

「ここが魔石の採取できる最北端って意味だよ。まあ、正確にはもう少し南側なんだけどね」


 そう微笑み、南側に広がる原野の方を指さす。

 草花が乱雑に生える原野にぽっかりと人工的な穴があいており、覗き込むと梯子がかかっていた。


「じゃあ降りていくよ」


 順番に梯子を降りる。

 南側に人一人通れる坑道が伸びていた。

 明かりの魔道具が点々と灯っており、全く暗さはない。

 百歩分ほど進んでいくと広い空間に出る。

 ディンはその中に入った時、少しの間固まっていた。


「ここが最高の魔石が採れる背骨……?」

「そう……王族にも簡単には見せることができない禁断の場所。ダーリア王国の中心線であり、人を狂わせる引力を持つこの国の心臓部」


 ガーネットは振り返り、微笑む。




「ようこそ。不可侵領域へ」


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