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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第84話 人形師ゲッキツ様の自動人形シリーズです

 見上げるほど高い魔石採掘場のゲートは過剰なほど厳重だった。

 両側に立つ巨大な鉄の柱に鉄扉がはまる荘厳なゲートの前には屈強な衛兵たちが並び、さらに結界が張られていることに気づく。


「結界で強制的に攻撃性のある魔術を弾くんすよ」


 魔道具を起動させて全域に張り巡らせており、かなりの規模の強力な結界だと肌感覚でわかる。

 魔道具の持ち込みも基本禁止であるが、すべての魔道具の持ち込みを許可しないわけではなく、武器とならないものは基本許可されるという。


 あらかじめ話は通っていたようで、アイリスの顔に衛兵が気づくと、一礼して女性の衛兵による身体検査が入る。ディンの左手に持つ架空収納のブレスレットも魔道具だと認識されているはずだが、特に何も言われなかった。


 賓客としての扱いなので、形だけの緩い検査だ。おそらく他の人間たちには何倍も厳重なチェックが入るのだろう。身体検査後、ゲートを開くよう衛兵が促し、扉が開く。

 扉を進むとその奥にまた同じ扉があった。


「めちゃくちゃ厳重だね」

「フリップ家もこんなもんですよ。魔石は宝石ですから」


 二重扉をくぐった先は思いもしない光景。

 広がっていたのは街だった。一直線に奥まで続く二階建ての建物が何列も横に並んでおり、目の前の大通りには労働者や兵士など人々が行き来して活気がある。

 建物には飲食店なども軒を連ねており、昼間にもかかわらず酒を飲む者もいた。


「なんだこれ……」

「ここが本当の魔石採掘街っす。主に採掘に従事している労働者のためのものっすね。魔石を勝手に持ち出させないため、よほどのことがないとゲートの外に出られないっすよ」


 三年、五年という一定の長い期間で雇用契約を結び、高い給与が保証される代わりに自由は縛られる。フリップ家の採掘場も似たような形式を採用しているそうだが、働きたがる人間は後を絶たないという。言い方は悪いが、広い刑務所の中にある街という印象だ。


 自由と不自由が混じり合ういびつな空間に見えたが、きっと労働者にとって必要な場所なのだろう。

 ゲート先に広がる街並みとその奥に高々とそびえるカホチ山脈を眺めていると、魔道四輪車がゆっくり走ってきた。

 そばに止まり、笑顔で車から出てきたのはガーネットだ。


「ユナ様! シーザ様! 昨日の今日でわざわざ足を運んでいただきありがとうございます。会えてうれしいわ」


 ガーネットは前のめりで手を握ってきた。昨日とは違うドレスだが、相変わらず煌びやかで隙のない格好だ。


「こんにちはガーネット。アイリスについてきちゃいました。本日は案内よろしくお願いします」

「今日は案内よろしくな、ガーネット」


 ディンたちに笑顔を振りまいた後、アイリスの方にガーネットは視線を向ける。


「アイリスも久しぶり。また少し大きくなった? 会えてうれしいわ」

「どもっ。ガーネットも元気そうで」

「今回は魔族の巣の調査も兼ねてるんだっけ? でも、ここの区域は念入りに探知魔術を使ってるから大丈夫だと思うよ?」


 それはあらかじめアイリスから聞いていた情報だ。魔石採掘場ほど念入りに魔族の巣がないか確認しない場所はないという。


「なら今回は魔石採掘場の見学だけってことで」

「じゃあさっそく乗って。案内するわ」


 魔道四輪車の後部座席に三人並び、出発する。

 採掘場に行くまでの流れる景色をディンはじっと見ていた。労働者と同じくらい武装した人間がうろついており、常に厳重な警備をしているのが伺えた。


「ユナ様は魔石の採掘を見たことがあります?」

「ないです。後、かしこまらなくてもいいよ。私もガーネットって呼ぶし」

「いいの? じゃあ、ユナちゃんって呼ぶね!」


 ガーネットは嬉しそうに笑う。大人びた見た目と佇まいは洗練されているが、くしゃりとした笑顔はとても幼い。

 前日よりずっと肩の力が抜けていることに気づいた。


「昨日の従者さんはいないんだ?」

「あの人は臨時でね。いつもいるってわけじゃないのよ」


 ガーネットは早口でまくしたて、窓から見える景色の一つ一つを解説していく。

 魔石採掘街の成り立ちから、魔石採掘の魔道具、魔石の種類や魔石採掘の手順まで話は止まらない。ただのお嬢様というわけではなく、きっちり勉強しているのがわかる。が、素人に教えるのは苦手なのか専門知識が多数出てきて途中から理解が追いつかない。


「すごいね。なんだが私には難しいや」

「ごめん。話しすぎちゃった。私の仕事とはあまり関係ないんだけどね。好きだから色々勉強してるの」


 そう言って再び口から出てくるのは魔石に関することだ。その口ぶりから熱量を感じる。


「そういう知識はいいんで、実際の採掘現場とか見せてくださいよ。なるべく泥とかで汚れない場所がいいっす」

「もう! ユナちゃんに色々説明してるのに……まあ、いいわ。そろそろ現場に着くから!」


 魔動四輪車を降りた先は採掘場の入り口だった。坑道の先は魔道具で明るく照らされているが、先が見えないほど深い。


「たくさんあるうちの一つよ。少し歩くけど、汚れないから我慢してね」


 ガーネットが先行して進む。

 五人が横並びしても歩けるほど幅があり、道も石造りで舗装されていた。


「上客に見せる用の場所っすね」 


 アイリスが耳元で声量を落としてささやく。

 実際の採掘場は舗装もせず、落石や岩盤の崩落などの危険と隣り合わせの現場なのだろう。


 坑道をしばらく進むと、広い空間に出た。入った瞬間、目に飛び込んでくるのは四方の壁に広がる青白く輝く魔石。

 はじめて見たが、その美しい景色にディンは目を奪われ圧倒される。


「これ全部魔石なの!?」

「うん。等級で言えば、だいたい三から六かな。六以下は基本的に青白くて透明なの」


 ガーネットは壁の魔石を優しく撫でた。


「細かい等級の違いってどう違うの?」

「魔石といっても魔力量が均一じゃないの。多い部分もあれば、全くない場所もある。魔力量によって等級を選別してるんだよ。魔力密度の高いものほど価値が上がる」


 ディンは興奮を隠せず、思わず魔石の壁に近づき、それを見入った。

 宝石のように輝くそれは人を魅了する何かがある。


「すげぇな! 欲しくなるぜ。ちょっとくらい貰ってもばれないんじゃねぇか?」


 すぐ傍にいる屈強な衛兵の眼光が光り、シーザは反射的にポケットに身を隠した。


「冗談が通じなくて、ごめんなさい。魔石採掘場では色々とよからぬことを考える人が少なからずいるから。気を悪くしないで、シーザ様」


 シーザの言葉は冗談ではなく明らかに本気だったが気持ちはわからなくもない。四方の壁に敷き詰められている魔石は手を伸ばして自分のものにしたくなる魔性の魅力がある。

 労働者の中にもよからぬことを考える者がたくさんいるのは想像がついた。そのため至るところに魔石を守る衛兵がいた。


 ふと衛兵以外の動くものに気づき、ディンは目をとめる。それは人の形をしているが、明らかに人でない異物だ。脚部に車輪が二つつき、腕に魔銃を握り、全身白で覆われているそれは一定区域を警備しているように見えた。


「あれはまさか……オートマタ?」

「ええ。人形師ゲッキツ様の自動人形シリーズです」

「えっ? ゲッキツはもう引退したんじゃなかったっけ?」


 ディンはゲッキツとは面識があり、今年に入って他者に売る作品作りはやめたという話を本人から聞いていた。


「あっ。言葉足らずだったね。正確にはゲッキツのお孫さん。彼と西極が独自に契約しているの。これは彼が作った試作品だね」

「こんな兵士みたいなの作れるのかよ……」


 シーザは自動人形の進化ぶりに度肝を抜かれているようだったが、それはディンも同じだった。


「いえいえ。これはまだまだ試作段階で全然ダメ。敵と認識したものへの攻撃もできないし、膨張魔術で強引に大きくしてるただの張りぼてだよ」


 確かによく見ると、同じ場所を行き来しているだけで、警備の役割を担っていない。だが、これはただ置いているのではなく、実験をしてデータを取っている最中に見えた。


「いずれは自動人形が警備についたり兵士の代替えになる可能性があるってことだよね?」


 ディンの問いにガーネットは「どうだろ?」とはぐらかす。

 ゲッキツの孫が作る自動人形シリーズにディンは心を奪われ、しばらくの間それをじっと眺めていた。

 カビオサは未来の形を朧気に示す街。この自動人形シリーズの到達地点がはっきりと頭の中で見えた時、背中に悪寒が走った。


(これは……間違いなく戦いの形をひっくり返すな)


 ディンは平静を装い、ガーネットに尋ねる。


「ちなみにゲッキツのお孫さんとは面識あるの?」

「うん。友達なの! 彼はとても面白い子よ。いつかユナちゃんにも紹介したいな」

「へぇ……」


 そこで話を区切る。笑顔を見せつつも、頭の中で細かな計算をしていた。

 ゼゼという魔術兵器がいるが、現状は王都限定の武器だ。あらゆる可能性を考え、手札は多く持つに越したことはない。

 何より大量の魔石という資源を持つドン・ノゲイトにこの武器の完成品を独占させることは危険だと本能が告げていた。


(やはりガーネットはこちらの陣営に抱き込む必要がある)


 それは前日から考えていたことだった。そして、もっとも手っ取り早いのがガーネットとユナが親しい友人関係になることだ。

 が、こうなると向こうの思う壺でもある。

 ガーネットから少し距離を置いた場所でディンは壁一面の魔石をじっと眺める。


「悪い顔しやがって……何考えてる?」 

「ドンとの綱引き勝負だよ。引くものはガーネットの心だ」


 シーザは呆れた表情に変わる。


「実の父とじゃ勝負にならねぇよ。打算で人の心は掴めねぇからな」

「どうかな? 血より濃い繋がりなんて世の中にはいくらでもある」


 偉そうなことを口にするが、有効な手立ては一切浮かんでいない。

 アイリス・フリップとガーネット・ノゲイトというお嬢様二人。

 それぞれの心の奥底にあるものは未だ見えず、青白く透明な魔石に反射する二人をディンは遠目から観察していた。


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