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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第83話 お前、さすがに金出せよ!

 カビオサの繁華街の一角にあるその酒場は安くまともな酒を提供することで有名だ。たいていの店は安くまずいがここだけは比較的まともな味で酔いまで導いてくれる。


 カウンターの隅でメラニーはフードを深くかぶり、目立たないように安くまともな蒸留酒を飲んでいた。ゆっくりと飲みふけり、三杯目を飲んでいる途中で、隣に待ち合わせしていた女が座る。


「首尾は?」

「まあ、計画通り。アイリスとは会えた。そして、計画外の子とも会えた」


 キキはそう言って、メラニーの酒を勝手に飲み干す。安い酒なので文句は言わず話を続ける。


「計画外の子って?」

「勇者の孫、ユナ・ロマンピーチ」

「ああ。街に来てるって噂の……ってか、そっちの方じゃないんだけど!」

「ん? 違った? じゃあ何だっけ?」


 メラニーはマスターに安くまともな酒を注文する。酒が提供され、マスターが離れたところで再び口を開く。


「キキの私用に興味はないんだ。確かに彼女たちも魔術師団だけどさ……流石に手を出しちゃいけない部類だ」

「手を出したら、私が怒っちゃうかもね」


 アイリスは北部オキリスを支配するフリップ家のご令嬢、ユナはダーリア王国の主教であるローハイ教が崇める勇者の孫だ。

 この二人に何かあればどれだけの人間を敵にまわすか想像もつかない。少なくともメラニーはこれ以上、日陰者の人生を歩む気はなかった。


「とにかく手を出していいやつらの話をしよう」

「魔道四輪車の後ろにつけさせた別動隊は手を引かせた」


 メラニーはキキの横顔をじろりと睨みつける。


「それはなぜ?」

「タンタン以外に厄介な手練れがいた。増幅魔術の使い手だ。おそらくトネリコ王国のニコラだな。あれは強い」

「ニコラか。二人そろってたらきついな」


 メラニーは撤退させたことにあっさり納得する。魔術師で名の通った人間といえば、直近ではフローティア、タンタン、ベンジャなどが即座に上がるが、トネリコ王国の魔術師で第一にあがるのがニコラだ。

 その強さは隣国であるダーリア王国にもとどろいている。


「すると、つまりだ……私たちはゼゼ魔術師団に対して、何もしないということでいいか?」

「まあ、待て。今現在、単独で行動しつつ、手ごろな距離にいる魔術師がいる。そいつは最近六天花に入ったやつで、影魔術を使う」

「なぜそんなに詳しいか気になるが……六天花なら条件は十分だ。やるんだろ?」


 メラニーは酒を一口含み、横目でキキを見る。


「ああ。やろう」


 反魔術師団の聖地、カビオサ。

 そこには右から左まであらゆる活動をする団体がひしめいているが、「ジャカランダ」と呼ばれる反魔術師団は最も過激派と呼ばれる集団。


 彼らに大層な大義は一切ない。彼らにあるのはささやかな動機。狩りをしたい、金儲けのため、強者との戦闘、魔術師への恨みなどそれぞれ違うが、唯一全員共通しているのは魔術師が気に入らないという一点。


 ゆえに目的は魔術師を狩ること。ゼゼ魔術師団というエリートがカビオサに遠征に来たのなら絶好の機会と言える。


「さあ。魔術師狩りの時間だ」


 そう言って、立ち上がる。

 ジャカランダ代表、魔道具使いのキキ。

 別名、魔術師狩り。

 景気づけにメラニーの酒を奪って、一気に飲み干す。


「お前、さすがに金出せよ!」


 メラニーの言葉を聞かぬふりをして、キキは颯爽さっそうと店を出た。





 昼食はアイリスのおすすめする店に入った。大通りの一角にある大衆店のようで店内も人が多く活気があった。

 ディンは基本、他人と近い距離で食べる店というのが苦手だったが、そこは相応にスペースが広く丸テーブルを三人で独占したのでそこそこ居心地がよかった。

 揚げた魚をレタス、オリジナルソースに絡めてパンで挟んだ料理を出されてディンはその場で固まる。


「これは手掴みで食べるんすよ」


 品のなさが気になったが、周囲が皆かぶりついているのを見てディンも恐る恐るそれを口にする。


「うん。安っぽくて濃い味つけが癖になりそうだね。悪くないな」

「そうっすよね。私もこのかぶりつく感じが好きなんすよ。普通はお肉を挟むのが一般的みたいっすよ。二流、三流を地で行く料理って感じっすよね」


 上から目線のディンとアイリスの言葉にシーザは呆れ果てる。


「これだからお嬢様たちはよぉ! 物珍しい感じで品評会開きやがって……こんなの王都にだっていくらでもあるんだからな。せっかくおごりなんだから、もっといい店にさぁ……」


 シーザは文句を言いながらも、ただ飯にがっついていた。


「自分の立場が恵まれてるのは理解してますけど、こういう店はなかなか入れないんすよ」


 ぼそりとつぶやくようなアイリスの言葉は妙に寂しげに響いて、耳に残った。





 昼食をとった後、魔石採掘場へ向かった。

 女子二人で大通りを歩いていたが、やはり中心部は王都のように治安がとてもいい。トラブルに巻き込まれることもなく予定より少し早い時間にゲート前に到着した。


「ユナちゃん。頼みがあるっす」

「何?」

「魔石採掘場へ入る時、攻撃性のある魔道具の持ち込みは基本禁止なのでゲートで取り上げられるはずっす。だから、ユナちゃんの架空収納で私の魔道具、預かって欲しいっす」

「アイリス……何かしでかす気?」


 思わず訝し気な表情になるも、「違うっす、違うっす」とアイリスは首を横に振る。


「単純にやつらに預けることに抵抗があるだけっす」

「ならいいけど」


 アイリスの魔道具を架空収納におさめていく。


「これで全部?」

「はい! 全部っすよ!」


 明るく笑うアイリスの表情がすっと真顔に変わる。


「ユナちゃんは聞かないんすね。私と西極の関係」

「気になるけど、話したくないことはなるべく聞かないようにしてるんだ」


 ディンの方を見ていたアイリスがわずかに視線を落とす。何かを逡巡しゅんじゅんしているようだ。やがてポケットから何かを取り出し、こちらに見せた。


「これが何だかわかりますか?」


 手の上にあったのは、魔石だった。しかし、明らかに普通の魔石ではない。紅の輝きを宿すそれは蠱惑的な何かを醸し出しており、自然と目が吸い寄せられる。


「ランク十の魔石っす。これ一つで生涯遊んで暮らせると言われるだけの価値があるっす。こんな石っころで家族同士で争って人殺しの事件なんて起きるんすよ」

「そんなすごいもの! 早くしまった方がいいよ」

「フィアンセからの貰い物なんっす」 


 自慢気ではなく少し悲し気な表情でディンは察する。


「ドン・ノゲイトの長男が私のフィアンセなんすよ」

「ええ――! マジか!」


 シーザは仰天し、ポケットから身を乗り出す。


「はい。フリップ家と懇意になり、カビオサを領地として名実ともに貴族になるのがドン・ノゲイトの目的っす」

「フリップ家に何の得があるんだよ?」

「魔石採掘権っす」

「いやいや! フリップ家は十分採掘できるだけのものを持ってるだろ?」


 シーザの疑問はもっともだ。が、ディンはフリップ家の狙いを明確に理解した。


「これからもまだまだ魔石はとれます。となると、魔道具はさらに量産され、ダーリア王国は他国へそれを輸出し、さらに栄える。そうなればダーリア王国は世界の覇権国になると言われてるっす」


 アイリスは手に持つ魔石を太陽にかざす。


「つまり、魔石鉱山はダーリア王国の心臓部なんすよ」


 それは極めて正しい表現と言える。

 魔石という資源を持つ限り、ダーリア王国は安泰であり、その資源が取れる権利を持つ者はより強い影響力を持つ。


「このまま順調にダーリア王国が世界の覇権国となれば、魔石採掘権を多く持つ者が世界の心臓部を握ることになる」


 ディンの言葉にアイリスはうなずく。


「現在、我がフリップ家は約五十二%の権利を所有しております。兄によると六十%らしいっす」

「六十?」

「ええ。王族より力を得るための概算数値っす」


 ディンは思わず言葉に詰まった。それは現実的に射程に捉えつつある数字に思えた。


「まあ、私は本気にしてないっすけど。でも、兄は本気っす。そのためにこの街の採掘権を得る必要がある」

「アイリスがドンの息子と結婚したら、どれだけの採掘権を得られるの?」

「詳しいことは知らないっすけど……0.2%あるかないかってところでしょうね」

「たったそれだけのためにマフィアと政略結婚するのかよ」


 シーザは呆れ果てている。


「たったではないっす。十分莫大な利益は生まれますから」


 確かにアイリスの言うとおり悪い取引ではない。立地などにもよるだろうが、永続的権利が得られるならプラスの可能性の方が高い。が、西極というマフィアに抵抗があるなら、家族内での軋轢あつれきは避けられないだろう。

 アイリスが王都に来た理由がようやくわかった。


「魔術師として一人前になったからと言って、結果は変わらないけど。自由な時間に自分なりに好きなことを突き詰めて、何かを成し遂げてみたかったんすよ」


 恵まれた環境にいたとしても望んだ人生を歩めるわけではない。それを悟ったようなアイリスの表情は嘆いてるわけでも悲しんでるわけでもなかった。

 それはすでに運命に対して覚悟をもっている人間の顔だった。


【これが王都に来た理由か。嘘は言ってないように見えるな】


 久々のシーザの念話。口に出さないのはアイリスに聞かせたくないからだと察する。


【私は最初からアイリスは違うと思ってた。他の六天花は何考えてるかわかんない奴ばっかだけどな、アイリスはわかりやすい。意外に普通なんだよ】


 恵まれた境遇ながら、抗えない運命に悩み、仲の良い友達に相談する。いつも明るく振る舞うが、意外に自虐的で繊細な側面もある。

 その内面は確かにユナと同じ年の普通の女子だ。長くはないが、六天花の中でも一緒にいた時間は最も長く、不審な点もない。

 魔人がこんな相談を切り出すとも思えない。


【ディン。アイリスは味方だよ。信じろ】


 確信に満ちているシーザに対し、ディンは未だ引っかかりが取れず、何も言えなかった。


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