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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第81話 その解を出せた者は歴史上、存在しない

 聖域での戦いは異例であるが、ここ以上に誰にも見られず被害の出ない場所もない。ゼゼにとっても都合の良い場所だ。

 天狼星シリウスから距離を置いて、ゼゼはルイッゼと対峙する。

 腕を組むゼゼとは対照的にルイッゼは剣を握る手が震えていた。

 相手を見て委縮するなど、戦いの土台にすら上がれていない。


(大丈夫か、こいつ?)


 ゼゼはルイッゼのことが気の毒に思えてきた。


「おい、ルイッゼ。いくつか助言をしておく。私が今から使う星魔術についてだ」


 今から戦う相手に助言など常識的に考えられないが、ルイッゼは国王の主治医だ。となるとゼゼからすると死なれても困るので、必然的に殺さない努力をする必要が出てくる。


「星は射程内にある私が敵と認識した魔力に反応し自動的に攻撃する。魔力がないなら私が目視で操作して当てる必要がある」

「な、なるほど……」

「あと一つ。星は避けようとするな。魔壁の展開も無駄な行為だ。基本、防御不能だからな」

「じゃあ、どうすれば?」


 ゼゼはしばらく黙り込み、答える。


「その解を出せた者は歴史上、存在しない」


 防御不能の攻撃。ゼゼに星魔術を展開させたら、相対する者はただ死ぬのみ。

 ルイッゼはその意味を理解したのか、即座に動く。


「防陣絶壁」


 両手を交差させ、両肩を掴むことで魔術が展開される。身体中に何重にも強力な魔壁を薄く構築して、魔術による防壁を極限まで高めている。


「いきなり展開したな。お前……まさか身体に魔道具を埋め込んでいるのか?」

「察しの通り、私は身体に複数の魔道具を組み込んでます」

「うん、想像を超えた狂人だ」


 ゼゼの紛れもない本音だ。思いついても実行できる人間というのは案外少ない。


「死ぬには惜しいな。せいぜい死なないよう努力しろ」


 これも皮肉抜きの本音だ。ゼゼは左手の親指を右手で静かに握る。


――開・神魔の森


 それは魔術ではない。ただ繋げるためだけの合図。繋がる先は特別なエルフ達に与えられた外部仮想領域だ。

 エルフの心はハスの森と呼ばれる神聖な森の中を漂う。エルフでその森を夢に見ないものはいない。だが、その深部へ到達できる者はほとんどいない。


 到達できるのは特別なエルフのみ。

 森の深部を進むと、魔力に満ちた神殿がある。

 夢の中でそこに到達できれば、それは自分だけの神殿となり、己の魔術と魔力を貯めこみ、自在に引き出せる。


 エルフの中でも選ばれし者だけに与えられる魔術と魔力の仮想領域空間。

 ゼゼは己の神殿から魔術と魔力を同期させた。これによりゼゼは人間が生涯を十回重ねても到達できない極みに一瞬で立つ。

 ちなみに魔術解放はエルフの森にあるゼゼの神殿と一時的に繋がり、一部を同期させることで無詠唱展開を可能とさせている。


 ゼゼは軽く両手を合わせてすぐ離す。その瞬間、ゼゼの周囲に星の煌めきが舞う。


 ゼゼの魔力の高まりを感じ取ったルイッゼは身構えるも、すでに自分がゼゼの射程にいることには気づいていない。

 ゼゼは常に半径百歩ほどの範囲の見えない外殻をまとう。雲のように霧のように質量がなく、普段は魔力探知のみに使われるが、星魔術使用時、その魔力の霧が星の踊り場となる。


「まだらの極」


 結び語と同時にゼゼを取り巻く霧の外殻に光が出現し、ゆっくりとゼゼを中心に旋回を始める。本来、結び語を唱える必要などないが、ルイッゼを殺さない配慮として、あえて口に出した。


「遊びの一手だ。なんとか死なないよう頑張れ」


 腕を組んだままゼゼは言う。が、ルイッゼはそれに答える余裕がない。

 すでにルイッゼは旋回する星の踊り場の中にいた。ぐるぐる巡る多数の星を目で追いかけ、避けていく。


 ゼゼを中心に旋回する星の正体は、ゼゼの魔弾だ。だが、ただの魔弾ではなく他の術者では考えられないほど圧縮された魔力の塊。

 星魔術の正式名称は、圧縮魔術。


 魔力の圧縮には限界があるが、それを超えてどこまでも圧縮し続けることができるのがゼゼの魔術の本質だ。

 ゆえに砂粒のような小さな魔弾でも、わずかに接触した時点で対象物を塵と化すほどの威力を持つ。


「そろそろ本格的に廻すぞ」

「えっ?」

「高速連星」


 結び語と共に旋回する星の速度が劇的に上がり、ルイッゼは固まる。それは目で追いかけられる速度ではなかった。

 ただゼゼを中心にまわる星々はまるで流れ星のように美しく、この世のものとは思えないほど幻想的に見えた。


 と同時に足に着弾。砂粒程度の光にもかかわらず、一瞬で膨張し右足の下腿部が音もなく喪失する。

 ルイッゼはバランスを崩し倒れ、あったはずの右足部分を見る。

 最初からなかったかのような錯覚を覚える切れ味でルイッゼはぞっとした。


「軽めの星で撫でただけだぞ。普通に練りこめばほとんどの人間は身体丸ごと消失してるからな」


 敵と認識すれば自動追尾して当たるが、ゼゼはそれをしない。それをした時点でルイッゼの死は確定するからだ。


「足が飛んだけど、まだやるか?」


 切断された足や一部損壊程度なら、元に戻すことは可能だが、下腿部まで消失した足は回復魔術で治すことは不可能だ。これで心が完全に折れるとゼゼは読んでいたが、ルイッゼは片足で立ち上がり剣を構える。


「攻撃はやめとけ。大事な腕が飛ぶぞ」

「氷柱花」


 下段から剣を振り上げると同時に地面から伸びる花の氷柱。一直線にゼゼに向かうが、ある地点で唐突にそれは消失する。

 星はゼゼへの攻撃反応にも即座に反応し、相殺するまで魔力を喰い潰す。


 旋回する数多の星はゼゼを守る守護星でもある。そして、攻撃した魔力体を自動追尾して敵を滅す。

 ルイッゼは攻撃と同時に星が右腕に着弾。肘までの部位が一瞬で消失する。


「がああぁぁぁ!」

「悪いな。攻撃したら私の意志では止められないんだ」


 己の魔術は消失し、ルイッゼは右腕と右足をわずかな時間に喪失。目に映る部分には無数の星々。

 ルイッゼの顔が苦渋で歪む。


「後悔しても遅い。今後は片腕片足だけの医者して、細々と生きろ」

「素晴らしい。これぞ最強の魔術師! 私は感動に打ち震えています」


 苦渋だった口元がみるみる歪んだ笑みの形に変わる。


「そして、ご心配なく! 私に治せないものは……ない!」


 それは宙から唐突に出てきた。ゼゼは思わず顔をしかめる。状態維持魔術にかけられた大腿部まである右足だった。


「妹のルーンからもらった架空収納という魔道具です。これにより、いつでも私は自分の作った身体のストックを取り出せる」


 解説しながら、ルイッゼは自分の失われた下腿部に合わせるようにストックの足を剣で切断し、自分の下腿部に繋げて魔術語を唱える。


「四肢再生」


 あっさり繋がり、ルイッゼは立ち上がる。


「マジか……」


 今までの常識をひっくり返す回復速度にゼゼも思わずあんぐりと口を開ける。

 同じ要領でルイッゼは右腕も再生させ、あっさり元通りとなる。


「これが私の星魔術への対策です! 消失したとしてもこのように! 元どおーり!」

「攻撃を受ける前提であって、対策にはなっていないだろ」


 そう突っ込むも、ルイッゼは高揚しているのか、その言葉に反応しない。眼が血走っており、口元はずっと微笑みの形で固まってる。


(戦ったらハイになるというより、怪我をしたらハイになるタイプか)


「お前、ものすごい気色悪いな。反吐が出る」

「ありがたき誉め言葉です! さあ! まだまだ戦いは始まったばかり! ゼゼ様! 今宵の美しき星と共に踊り明かしましょう!」


 高揚したルイッゼは両手を広げて、叫ぶ。

 ゼゼは呆れ、嘆息し、ルイッゼを見据えたまま両手を合わせる。

 その直後、四肢が一瞬で無くなり、ルイッゼは地面に伏せて呻いていた。





 戦いを止めたのはそれを見ていたライオネルだ。十分、星魔術の威力を確かめた以上に、ルイッゼの回復魔術の薄気味悪さに辟易へきえきしたのか、最後は顔を背けていた。


 その後、四肢を失ったルイッゼは流石に一人で治療するのは困難だったようで、ゼゼが聖域の外まで運び、そのまま兵士たちに治療室へ連れていかれた。

 それを見届けた後、聖域の扉の前で二人きりになったライオネルはゼゼの方を見る。


「今日はお疲れのところ、色々と不躾ぶしつけなお願いをしてしまったな」

「大した手間ではありません。私としても素晴らしい回復術師と面識を持てた貴重な時間でした」


 『気色悪い』や『反吐が出る』など相手に散々ぶつけた罵倒をなかったかのようにゼゼは振る舞う。


「作ったばかりの星をぶつけてあの結果か。ちなみに天狼星シリウスの核はどれだけの時間かけて構築したんだ?」


 わずかな間をあけてゼゼは答える。


「おおよそ五十年」

「それだけの年月をかけて構築された星とは……想像を絶するな」


 ライオネルは心底関心しているようだった。


「要件が済んだなら私はそろそろ失礼します」


 ライオネルの要件は済んでないのはわかっていたが、まわりくどいやり取りを拒みさっさと要件を促す。それを察したライオネルは肩をすくめて笑う。


「あなたには貴族のやり取りが億劫に感じるのだろうね。なら単刀直入に尋ねよう」 


 わずかに間を空けて、ライオネルは真顔で言った。


天狼星シリウスの複数運用は可能か?」


 時が止まるかのようにゼゼは固まり、しばらくの間ライオネルを凝視する。


「それは……魔人対策でしょうか?」

「この世界には魔人以外に恐ろしいものがたくさんある。今の均衡を破ろうとする動きは……平和の崩壊とも言える。多くの人々が平穏に暮らすためにきっと必要になる」


 その眼が見据えるのは、魔族ではなく人間だと察する。

 そう、天狼星シリウスは一つあればすべてを塵と化す。軍事力の面でこれほど強力な武器は他になく、他国や大貴族との交渉でも時に脅しとして使えるだろう。


 ライオネルはかつて第三王子と呼ばれていた。

 年の離れた兄が事故死し、さらにその弟も病死したことで、大事に大事に育てられてきた次期国王と呼ばれる男。


 親しみやすい雰囲気と整った顔立ちから絶大な人気を誇り、鳩王と呼ばれる現国王アンベール・ローズに似た穏やかで平和的な性格と言われている。

 だが、ゼゼはその噂は全く的外れだとこの時気づいた。ライオネルが内に秘めるものはアンベールとはまるで真逆だ。


(この男……鳩でなく鷹か)


 如才ない笑みをライオネルは見せるが、その野心はもはや隠れていない。ゼゼはライオネルが懐に抱えるものにはじめて恐ろしさを感じた。


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