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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第80話 生死不問でも構いませんね?

 聖域という言葉はダーリア王国の王都に住む者なら一度は耳にしたことがあるが、それが具体的に何なのか知っている者はいない。

 ただそれは、ダーリア王国の切り札であるという噂だけは流れている。

 嘘か真実か、王宮内で働く者のほとんどにもその判断はつかない。


 が、聖域は確かに存在する。

 ゼゼはその聖域にいた。

 そこはゼゼ自身が年月をかけて構築した虚空間であり、魔術師団内でも入ることを許される者はいない。


 聖域にある切り札の正体は、ゼゼの魔術をゼゼ自身で兵器化したもの。

 通称天狼星(シリウス)

 指輪についたダイヤのような小さい光のコアは、王都を一瞬で塵と化すほどの威力を持つ。


 その核部分は、百年前以上から不変であるが、核を覆う外殻は定期的にゼゼの魔力を注入する必要がある。

 それが聖域の調整。聖域の調整は一年に一度、一週間かけて行われるゼゼの責務だ。一週間、一切外へ出ることなく外殻を構築することのみに専念しなくてはならない。


 この間、よほどの緊急事態以外は基本、外との情報は断つことにしていた。それだけ集中のいる作業である。

 六日かけて、すでに外殻への魔力の注入はほぼ終えており、後は確認という最終段階まできていた。

 

 この時点でゼゼは一度、はじめての休憩を入れる。

 すでにカビオサへの魔術師団遠征任務が始まっており、ジョエルからの報告を受ける必要があると考えていた。


「この状態であまり問題などは聞きたくないな……」


 身体は疲労で悲鳴をあげている状態だ。いつもより重く感じる身体を動かし、虚空間の扉を開く。


「おや? なかなか良いタイミングだね」


 入口に立っていたのは第一王子ライオネル・ローズ。思わぬ人物が待ち受けており、ゼゼは固まる。


「毎年、この時間の前後に一度扉から出てくるって聞いたけど……見事にぴったりだ」

「……殿下。なぜここに?」

「君への報告ついでに、聖域というものに興味があってね」

「聖域は関係者以外入ることはできません」


 第一王子ライオネルは入ることは可能だが、従者は許可されない。

 ゼゼはライオネルの隣にいる二十代中盤と思われる従者をちらりと見る。

 明らかに緊張しており、おどおどと眼球が右に左に揺れ動き、芯のない受動的な男に見えた。が、魔力量だけは相応にあり、佇まいも緩いが隙はない。


「彼の名前はルイッゼだ。死神といえばゼゼにも通じるかな」

「ほう」


 景色の一部程度に捉えていたゼゼははじめて好奇の目を向ける。


「は、はじめまして。私はルイッゼと申します。普段は、回復魔術の研究をしており、今は王宮にて国王の主治医を勤めています」

「ふん。貴様が死神か。噂だけ耳にするが、相当いかれているな」


 死神ルイッゼ。ダーリア王国一の回復魔術の使い手と呼ばれている男。

 それは奇跡の技と呼ばれるが、多くの回復魔術師からは煙たがられている存在でもある。


 即時に治す技量は素晴らしいものがあるが、その使い方は歪んでいた。ルイッゼは己の身体を定期的に切断して解剖しており、最近では臓器の複製に挑んでいた。

 修復できる限界まで一部を切断。状態維持魔術で外部摘出し、それを繰り返し、摘出したそれぞれを繋げて同じ臓器を外部に複製するという神すら恐れぬ所業だ。


「私の趣味ではなく、すべては国王のためです」

「趣味でも構わん。私としてはその魔術に関心がある。ジョエル以上の使い手などなかなかお目にかかれん」

「ゼゼ様ほどの高名な魔術師から褒められるとは光栄至極に存じます」


 ルイッゼは縦に長い身体を折り、深々と頭を下げた。


「聞いての通り、ルイッゼは父の主治医だ。他の誰より分別はついており、聖域で見たものを他言することはない」


 反論の余地はあるが、ライオネルは明らかにゼゼ魔術師団を敵視している。心証をこれ以上悪くしない方がいいと判断しゼゼは何も言わなかった。


「聖域に入るにあたっての注意です」

「聖域にあるすべてのものに一切触れることはない。君もお疲れだろうし、見物もわずかな時間だけさ」


 ライオネルは先回りするように答え、如才ない笑みを見せる。

 ゼゼは聖域への扉を開き、二人を中へ入れた。





 どこまでも続きそうな白い虚空間。その真ん中にある浮雲のような外殻と中で光るコア。中に入った二人は物珍し気な眼でそれらを観察する。


「ほう。これがダーリア王国の最終兵器か……」

「想像以上に小さいですね。持ち歩けそうだ。これで王都一つ吹き飛ばす威力があるとは驚きです」


 ゼゼは二人を遠くから見ながら考えていた。


(間違いなく何かあったな……)


 少なくとも見物だけならライオネル一人で十分であり、報告だけならルイッゼ一人で十分だ。嫌な予感が頭をもたげるが、平静を装う。


「対ロキドス対策で作られた最終兵器は使われないまま、現代まで眠り続けている。果たしてこれはどれほどの威力があるんだろうね」

「果物のように腐ることはなく、剣のように錆びることもありません。効果は保証します」

「……私は君の魔術を見たことがない。果たして君の力が錆びついてないと、どう立証できるだろうか」


 ライオネルは微笑んだままゼゼの方を見る。


「無論、君の実力を疑ってるわけじゃない。直近で魔人ハナズを倒した実績もある」

「では、何を立証しろと?」


 遠回しな言い方にイラつき、ゼゼは簡潔に要件を問いかける。ライオネルは苦笑しつつも、あくまで穏やかな口調で話を続ける。


「星魔術。触れるモノすべてを塵と化すそうじゃないか。でも、ハナズは塵と化さなかったね」

「使うまでもなかっただけです」

「だからこそ、この目で見たいね。天狼星シリウスがただの置物じゃないと理解しておきたい」

「そのための……ルイッゼというわけですか」


 ゼゼはルイッゼをじろりと睨む。その圧に耐えられなかったのか、ルイッゼは即座に目を逸らす。


「試すって言葉はエルフにとって屈辱だろうから、あくまで確認だ。少々引っかかる報告も入ったしね」


 ライオネルの口元から微笑みが消える。


「ベンジャによると、カビオサに入った直後、魔人アネモネと交戦したそうだ」


 はじめて聞いた報告にゼゼは素直に驚く。


「魔術師団は皆無事だよ。離脱者はいない。ただ魔人アネモネは取り逃がしてしまったようだけどね。それはいいとして、その時アネモネが少々引っかかることを口にしたそうだ」

「なんです?」

「虐殺のミーナ討伐についての証言だ」


 ライオネルはゼゼの眼を見ながら言う。思わぬ過去の出来事が出てきて、わずかに動悸が高鳴るも表情には一切出さない。


「とある街の人間を全員虐殺した最悪のエルフ、ミーナ。エルフの名誉回復のため、エルフ総出で同族狩りをした。ミーナとの戦いで多くの犠牲を払いながらも、最後はゼゼがミーナを討伐。歴史に埋もれてるけど、なかなか重大な事件だね」

「証言とは?」

「アネモネによると、虐殺のミーナは生きているそうだ」

「ミーナは私が責任を持って討伐しましたが?」


 ゼゼは顔色を一切変えない。


「はははっ。無論、魔人の言葉を鵜呑みにしたりはしない。ただの世間話だよ」


 口元だけ微笑むが、眼は笑っていない。明らかに探りを入れている。


「当時の文献を調べたんだが、星魔術でミーナの死体を塵と化したそうだね。だから、ミーナの死を確認したものは君以外誰もいない」

「無きものを証明するのは悪魔の証明というもの」

「そのとおり! だから、すべてを塵と化す魔術というものをこの目でぜひ見てみたいなと思ってね。隣にいるルイッゼはこう見えても、台覧試合に出場したことのある優秀な剣士だ」


 ゼゼはわずかに間を空けて熟考する。ライオネルにとってミーナ討伐は、百年以上前の話であり、間違いなくピンと来てないはずだ。よって、これに対して深い牽制の意味はなく、ゼゼの魔術を直に見ることに何か狙いがある。

 考えがまとまり、自然と深く息を吐く。


「私は構いませんが……手加減するのが難しい魔術です。生死不問でも構いませんね?」


 その圧力にわずかにひるんだのか、間が空く。しかし、これは事実だった。本気のゼゼと戦って、五体満足でいられた者は歴史上存在しない。


「わ、私は星魔術の対抗策を持っています」


 委縮しながらも、ルイッゼは言う。


「足の一つや二つ、無くなることは覚悟しろ」


 それは恫喝ではなく、揺るがない真実だった。


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