第79話 なんか魔石が急に不気味なものに見えてくるね
落ち着いた頃合いに競技場を出て、宿舎まで戻るのに大げさな警備をつけられた。外は夜の帳が下りていたが、魔道具の灯りにより外は明るく、歩くのに不便は一切ない。宿舎に到着するなり、そのままシーザの部屋に直行した。
「なかなか手強い相手だな」
シーザは変身を解いて、開口一番言った。
「ここの情報が筒抜けだったのもびっくりだしな」
「流石に盗聴はされてないから大丈夫だ」
そう言いつつ、ディンは部屋の中をくまなくチェックする。
「ただ西極代表のドン・ノゲイトと会えたのは収穫だな」
「えっ! どこにいた?」
「ガーネットの後ろにいた男だ」
シーザは半信半疑の眼を向ける。
「なんでそんなことわかる?」
「ドンの手口はあらかじめ高い金払って調べてるんだよ。まあ、決め手は香油だな。ガーネットのものより高価なものをつけていた。臭い消しで使ってるのか知らんが、仕えた人間より高価なものをつけるなんて普通しないだろ」
思いもしない点だったのか、シーザは目が点になる。
「……よく香油の種類なんてわかるな」
「上流貴族たちと日ごろから交流した経験が生きたな。シーザのような安い飲み屋巡りしかしないやつには一生わからない違いさ」
「いちいち一言多いんだよ」
感心した顔つきから一変して不機嫌になる。
「顔合わせはできたが、今後どう接するか悩むな……ドンは手強いと見た。下手に触れたら怪我しそうだ」
「なら触れるな」
「そうなんだが……純粋無垢なユナに近づき、利用しようと画策したドンは許せん」
「……」
「が、あいつめ。可愛い自分の娘を俺と引き合わせるとはな……くくっ。馬鹿な奴だ。さて、どうするか。ユナと関わらせたくないが、ガーネットという繋がりをあっさり切るのもな」
「おい! ユナの顔で悪い顔をするのをやめろ」
悪巧みを考えるディンの表情を見て、シーザは突っ込まざるを得なかった。
その後、シーザと共にジョエルの自室で本日の報告をした。
ルゥはまだ帰ってきていないが、すでにアイリスは戻ってきていた。
ディンは一通り報告をしたが、西極の人間と偶然居合わせた話をするとアイリスの表情が一変した。
「ユナちゃん! あれだけ忠告したのに、なんで普通に会っちゃったんすか?」
「ん? 偶然居合わせただけで、別に面会ではないよ」
「でも、カード受け取っちゃってるじゃないっすか。まずいっすよ。個人的付き合いともとられかねないっす」
「大丈夫。魔術師団を代表して受け取ると言ったから。だから、これは魔術師団預かりだよ。ジョエルさんが持っていても何らおかしくはない」
そう言って、カードをジョエルに手渡す。
が、ジョエルはそれを確認するなり、ディンに返した。
「これはユナが持っていてほしい。というか必要になる」
「どういうことです?」
ジョエルは少しの間考え込むように押し黙り、やがて口を開いた。
「これは機密に関わることだ。誰にも言わないと約束してほしい」
そう念押しして言葉を続ける。
「調査の結果、魔石は魔王の血でできていることがわかった」
「えっ!」
ディンだけじゃなくアイリスやシーザもそれぞれ驚きの声をあげる。
「つまり、カビオサには魔族の巣の調査以外にも魔石採掘場の調査も兼ねて来たんだ」
「なるほど。でも、魔石採掘場ならフリップ家に頼んだ方が手っ取り早いんじゃ?」
フリップ家の方が広大な魔石採掘場を持っているし、アイリスが魔術師団にいるのでコネもある。やりやすいのは明らかだ。
「ああ。ただフリップ家は背骨まで到達していない」
「背骨?」
聞き慣れない言葉に思わず問い返す。
「魔石にはランクがあるというのは知ってるね?」
ジョエルの問いにディンはうなずく。魔石には一から十までランクがある。純度十の魔石が最高ランク、魔力の純度が最も高く凝縮されている。
「魔石が採れる場所はオキリス西部を縦に連ねるカホチ山脈の中心部分だ。その中心部分に近ければ近いほど魔石の純度が上がる。最高ランク十の魔石が採れる中心線を背骨というんだよ」
「フリップ家の鉱山で採れる魔石は最高でも八っす。フリップ家の採掘場がでかすぎる弊害っすね。背骨への到達はもう少し時間がかかる。十の魔石が採れるのはこの最北の地だけっす」
はじめて知った事実だ。ということはランク十の魔石はすべてカビオサ産であり、フリップ家はそれを優遇してもらい、国中に流していることになる。
「できれば背骨を調査したい。魔王の血でできているのなら、そこに何かあるかもしれない」
「でも、高いランクの魔石が採れる場所は、絶対に入れないっすよ。それだけ価値が高いってことっすから。フリップ家でも行き方や場所を特定させないため、関係者以外を入れることはありえないっす」
魔石採掘場とは部外者が簡単に入れる場所ではない。
魔石とは資源であり金脈である。
これを狙う輩は数えきれないほどいるので、厳重に警備がされている。
魔石採掘場にはすべての出入りする人間をチェックするゲートがつくられ、敷地内は魔道具を持った巡回警備兵。警備情報が漏れないためにも極力関係のない人間は入れない。特に最高ランクの魔石の場所ともなれば内部の関係者でも簡単に行けないのは容易に想像できる。
「少なくとも魔術師団の調査という形なら絶対に行くことはできないだろうね」
魔術師団はカビオサで歓迎されていない。立ち入るなら間違いなく面倒な手続きと厄介な取引をすることになる。
が、ユナやアイリスなら話は別だ。ユナ、アイリス、そしてシーザは賓客として扱われるだろう。
(最初から俺とアイリスをカビオサの魔石採掘場に行かせる気だったな)
割り当てられた仕事が妙に楽だと思ったら、やはり裏があった。ロマンピーチ家という家名を利用されるのはあまりいい気分ではなかったが、そもそも家名を利用して六天花の立場を得た側面もあるので、何も言えない。そして、利用できるものは何でも利用するという考えはディンも正しいと考えている。
「無理は承知だ。見ることは難しいだろうが、背骨についての情報をなんとかかき集めてほしい」
頭に浮かんだのはガーネットとドンの顔。
どちらにしろマフィアとの関わりは避けられないとこの時、悟った。
ジョエルの部屋を出た後、アイリスは少し頬を膨らませ、ディンの方をじっと見ていた。
「何、どうかした?」
「ユナちゃんのために私が一人になったのに! 私と一緒にいたら、あいつらが絡んでくるのはわかってたから! でも、ユナちゃん! あっさりガーネットと会っちゃって!」
やはりアイリスの単独行動は、彼女なりの配慮があってのものらしい。気持ちが嬉しいと思う反面、その行動に裏がないか探りたくなる自分がいた。
「ごめんね。でも、あれは避けられなかった。それに偶然居合わせただけだから」
「まあ、いいっす。どちらにしろ関わるのは避けられないみたいですし」
アイリスは魔石採掘場の任務に気乗りじゃないのが会話や態度から見え隠れする。
「でも、これで奴らの思う壺っすよ。魔石採掘場っていっても大層なものでもないし」
「アイリスは背骨に何かあるか聞いたことないの? ガーネットのこと知ってるんでしょ?」
「興味ないんで聞いてないっす。ただガーネットは私が知りたいことを知ると、教えることに条件をつけてくる女なんでね」
棘のある言い方だ。少なくともアイリスがガーネットに好意を抱いていないのがわかる。
「ガーネットはかわいそうな女っす」
ぽつりとつぶやいた言葉は皮肉でもなく、アイリスの本音に聞こえた。
「とにかく魔術師団の任務だからきっちりこなそう」
「もちろんっす。任務に私情は持ち込まないようにしますよ」
アイリスは作り笑いを見せる。並々ならぬ関係であるのが伺えたが、踏み込むタイミングは今じゃないと考えて、あえて掘り下げない。
「にしても魔石が魔王の血でできてるって驚愕の事実だ。私としては衝撃的だった」
シーザは驚きの余韻に浸っているのか、ぼーっとしたまま言った。
「どうなんすかね……正直、私としては半信半疑っす。だって明らかに矛盾してますよ」
アイリスの言いたいことはよくわかる。
魔石が発見されたのは約百三十年前。そこから魔道具が発明され、魔族に対抗する武器として大いに魔獣討伐に貢献した。
つまり、魔石の発見が平和への最大の功績といっても過言ではない。
その魔石がロキドスの血でできているというのが矛盾だと感じるのは当然のことだ。が、転生魔術の存在を知るディンは不穏なものを感じ取ってしまう。
「なんか魔石が急に不気味なものに見えてくるね」
ディンの口から出た言葉にそれぞれ黙って同意する。
ダーリア王国を平和に導き、世界の覇権国へ押し上げつつある夢の石。
魔王ロキドスの血でできた魔石が人間に一切の害をもたらさないのか、誰も知らない。