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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第78話 今の私たちのグループは西極と言います

 ガーネットはまるで今から貴族の社交界に出るような恰好をしていた。

 薄いブルーのドレスと煌びやかな装飾品はいずれも高級品だ。

 年はおそらくユナより少し上の十七前後。


 金の髪を束ねて後頭部で結び、大人びた化粧で年齢以上に艶やかな雰囲気を演出している。

 その美貌は街を歩けば、大衆が振り返るといっても差し支えない。

 ガーネットを観察しつつ、ディンはあえて落ち着きのない態度を取った。


「ユナ様?」


 呆けている相手にガーネットは名前を改めて呼んだ。


「あっ! すみません。建物がいきなり爆発して、少々混乱していまして……」

「無理もありません。私も魔動四輪車に乗っている最中にあの爆発が起きて、ここに避難をするよう言われたのです。いや……本当に偶然ですね」


 ガーネットは偶然という言葉をわずかながら強調する。


「私のことをご存知なんですね」

「ええ。勇者エルマー様の名はダーリア王国最北の地にもとどろいております。孫であるユナ様がこの街に来たというお噂を耳にして以来、一度お目にかかりたいと思った矢先の出来事! なんとまあ得難い日なのかしら」


 興奮気味にまくしたて、すぐに申し訳なさそうに首をすくめる。


「すみません。色々とユナ様の心中も考えず……」

「い、いえ。全然大丈夫ですよ」


 ガーネットはディンの胸元のポケットに視線をちらりと移す。


「あら? その可愛い生き物はもしかしてシーザ様では!」

「う、うむ。よくわかったな」

「お噂は聞いてましたが、シーザ様ともお会いできるなんて光栄です!」


 シーザの名前は有名だが、シーザの変身魔術を知るものは少ない。魔術師団の中でもこんな珍妙な生き物になると知ったのはつい最近のことだ。

 カビオサの中で知る機会があったのは宿舎のみ。シーザは食事の時に魔術を解いていた。だいたいユナの顔を見てすぐに勇者の孫だとわかるのも不自然だ。


(やはりあの宿泊施設も北極の手がかかっていて、情報が筒抜けなんだな)


 ディンの中で警戒度がさらに上がる。


「外はどういう状況なんでしょうか?」


 あえて不安気な表情でガーネットに尋ねる。ガーネットは優しく微笑み、後ろに控える壮年の男から耳打ちを受ける。


「まだ外は混乱してるようです。しばらくはここでお話しませんか?」

「あの爆発で誰か亡くなったのでしょうか?」

「詳細はまだ耳に入ってませんが、十人ほど遺体が見つかったとか……非常に心が痛みますね」


 ユナ・ロマンピーチと偶然会うという演出のために十人殺したといっても過言ではない。住民というよりまるで資源のような扱いだ。


(まさかここまでやるとは……)


 ディンは自分が北極を侮っていたことに気づく。

 そばにたたずむガーネットは優雅に笑い、ソファへ手招きする。

 ディンはやや戸惑うふりをしつつ、ガーネットの隣に座った。


「テロの犯人はやはりマフィアの北極なんでしょうか?」

「彼らと断定するのは早計ですね。この街には色々な勢力が跋扈ばっこしてますから」

「どちらにしろこのようなことをする人間を私は許せない!」


 まくしたてるように力強く言い切り、ガーネットの目を食い入るように見入る。


「っと、ごめんなさい。ついつい熱くなってしまって……」

「いいえ。私も同じ気持ちです。この街に住むとどうしても偏見の目で見られますので、こういうことが起きるのは本当につらいです」


 そう言って顔をうつむけ、悲し気な表情に変わる。


「ところでガーネットさんはどういう方で?」

「私は……この街の魔石採掘場を管理する者です」

「え――っ! ってことは、ガーネットさんは北極のマフィア!?」


 わざとらしく驚き、声を上げる。そして、すぐに自分の口を両手で抑える。


「っと、すみません」

「いえいえ。思ったことをつい口が出てしまうのは仕方ないですよ。それに安心して? 私はマフィアとは一切関係がありません!」

「本当ですか?」

「ええ。ただ、私の祖父はマフィアでした」


(なるほど。そこは認めるのか……)


 ディンは少し驚いたふりをする。


「祖父の時代というのはユナ様の知る通り、魔族との戦いです。当時は、武力こそが正義でした。たとえ罪人であろうと、魔獣と戦うためなら戦力とする。それを我々は是とした。清濁併せ吞み街と民を守ることを優先した。色々な濁りも受け入れて戦い続けた結果、北極が生まれ、それはマフィアと周りから称されるようになった」


(ものは言いようだな)


 内心呆れていたが、表情には出さず、じっと聞き入るスタンスを崩さない。


「お父様の代から変わったということですか?」

「ええ。魔族との戦いは終わり、時代は変わった。となるとマフィアと呼ばれる北極も変わらないといけません。そう一大決心して私たちは生まれ変わりました。今の私たちのグループは西極と言います」


 ディンはその情報をすでに知っていた。

 西極と北極。

 北極というマフィアを解体し、表の仕事をすると主張したのが西極だ。

 魔石採掘場がカビオサの西側に位置しているためそう名乗りだしたと推測される。


「でも、まだ北極というマフィアはいますよね?」

「そうですね。当然納得しない人間もいたので、そこで分断した歴史があります。よって北極は現在も存在しますが、私たちは北極と一切関わりはありません」


 ガーネットは身体ごとこちらに向けて、唐突にディンの手を握り、訴えかけるような真摯な眼差しで見つめてくる。

 が、これは大嘘だ。


 ディンは情報筋からすでに真実を知っていた。西極は確かに表向きクリーンだが、表でできない汚れ仕事を北極にまわしており、裏商売や違法行為を見逃している。

 そして、この二つのグループをうまく統べているのが、ガーネットの父親。


「組織を変えたお父さんのお名前は?」

「父の名はドン・ノゲイト。この街を浄化し、変えることに自分の生涯を捧げている人間です。私は父を尊敬し、自分もその活動に身を置いています」


 ガーネットは後ろの召使に目を配り、何かをもらい受ける。


「これも何かの縁です。よければこれを受け取っていただけませんか?」

「それは……」

「私の指先の紋が刻印されていて、魔力をかざすと浮き上がります。このカードさえあれば、西極の持つ施設は基本フリーパスで行けるんです」

「会ったばかりの私にそんなもの……?」

「そこまで特別でもないですよ。多くの知り合いにも配ってますし、魔石採掘場の見学を大まかにできる程度です。もちろん打算が全くないなんて言いきれませんが……」


 そう言いガーネットは少し言葉を詰まらせ、恥ずかし気にこちらを見る。


「単純にユナ様とは……なんだかもっと会話したくなっちゃって!」


 舌をぺろっと出し、はにかんで笑う。大人な雰囲気を出していた女性が、急に身近な女の子に変わったような表情の変化だ。

 ディンは戸惑う振りをしながら、それを受け取る。


「じゃあ魔術師団を代表して」

「はい。ありがとう。機会があればぜひ来てくださいね」


 ガーネットは再び上品な大人の女性の表情に戻っていた。





 貴賓室を出て行ったユナ達を見送り、ガーネットはソファに深く座る。


「可愛い子だったね。妹にしたいなって思っちゃった」


 真正面を見たままつぶやく。

 わずかな間を置いて後ろに控えていた男が低い声を出す。


「ガーネットから見た印象は?」

「正義感は強くて、擦れてない子って感じかな。今の状況に戸惑ってどうしたらいいかわからない感じ、ちょっと可愛かったな。あそこまでして、ここで会うことなかったんじゃないかな」

「……」

「友人関係にはすぐなれるんじゃない? 多少強引にでも明日あたり会いに行こうかしら。宿舎にはアイリスもいるし」

「いや、やめといた方がいい」


 ガーネットは思わず振り返る。召使いの振りをしていた男はユナ達が来た時と全く同じ位置に変わらずたたずんでいる。


「なんで?」

「わからない」


 それは要領を得ない回答だった。


「らしくないわね。お父さん」


 そう指摘されて、自分でもおかしいことを言ってることに気づく。西極と北極を統べるドン・ノゲイトは娘の隣に座った。


「カードも受け取ってくれたじゃない? 戸惑いながらも、私との友好の証としてね」

「魔術師団を代表して受け取ると言っていたぞ。個人的な付き合いの始まりではない」

「だ・か・ら。それがたまたまなんじゃないの? 魔術師団の活動中だったから出てきた言葉だと思うんだけど」

「そういう解釈もできるな」

「何かほかに気になることでも?」


 ドンはしばらく考え込むように黙りこみ、ゆっくり口を開く。


「一見するとただの少女なんだが、周りの者からするとそうではないらしい」

「どういうこと?」

「すぐそばにいたシーザだ。奴はロマンピーチ家と関わりが深い。ガーネットとの会話でこちらがマフィアと繋がりがある可能性を察したはずだ。が、奴は一切助け舟を出さず、その様子を黙って見ていた。特に心配そうにしているようにも見えなかった」

「女の子同士の何でもない会話だと思ったからでは?」

「そうかもしれん」


 ドンの煮え切らない返事にガーネットは呆れた表情になる。


「慎重すぎる男ってもてないと思うよ?」

「そうやって生きてきた」

「あれが演技だとしたら、私としては逆に勇者の孫に裏切られた気がするんだけど」


 ドンは黙り込む。ドンの目から見ても、ユナは明らかに今の状況に戸惑い雰囲気にのまれていた。

 あれが演技とは思えない。現在十五才のユナ・ロマンピーチは三年間昏睡状態だったという。ということは実質、精神年齢は十二才だ。そんな子供に会話の深い駆け引きなどできるとも思えない。


 ただ引っかかりが取れない。

 それは最後の最後、立ち去る時の目が異様に記憶にこびりついていた。

 ユナ・ロマンピーチは最後にじっとこちらを見ていた。


 まるで自分がドン・ノゲイトであることを知っているかのように。

 そう、あの時の少女の眼。

 その奥にあるものはなぜか少女のそれでない気がした。


「とりあえず顔合わせできただけでも十分だ」

「私と友人関係になるのが最善……でしょ?」


 勇者一族は大貴族でもないし、資産価値に換算すれば、フリップ辺境伯の方が何百倍も重要だ。しかし、ロマンピーチ家は誰もが敬意を払う国の象徴的存在。


「西極をよりクリーンなイメージにするには、彼女との人脈は必要不可欠」


 ガーネットは父であるドンの方を見ず言い切る。


(様子見だな。ガーネットが利用されるなんてこともないはず)


 ドンは珍しくやる気になってるガーネットに水を差さないよう何も言わなかった。


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