第77話 はじめまして、私はガーネットと申します
探知魔術の魔道具は魔族の臭いを感知するタイプと魔力を感知するタイプの二種類がある。
魔族は人間の鼻でわからない独特の匂いを放つものが多く、巣には魔力がこびりつくことが多い。臭いと魔力が漂う魔族独特の空間を見つけるための魔道具といえる。
探知魔術の魔道具は丸い掌サイズの小さいものにボタンがついており、それを押すと探知魔術が発動。
探知できるのはおおよそ半径五百歩圏内。何もなければ緑のランプが点灯し、魔族を感知すれば音が鳴る。
両方の魔道具が鳴れば、かなりの確率で魔族の巣があるというわけだ。
もちろん建物などの覆われた場所は、魔道具では探知できないので住宅街では穴も多い。
「まあ、この区域には何も出ないでしょう。あくまで確認作業です」
ベンジャはそう言い切った。今回の調査で怪しいと魔術師団が睨んでいるのは人の少ない都市郊外だ。人の多い区域に魔族の巣は基本ない。
ディン達のいる高級住宅街は道にゴミなども落ちておらず、街の中の木々も綺麗に伐採されており、浮浪者やならず者もいない。
無秩序なカビオサの中でも徹底的に管理されているので、こういう区域は王都並に安全なのだろう。
それでも念のため抜けがないよう調査をしていく。
探知魔術を発動させて待ち、確認後、移動を繰り返した。
街を歩いて、目につくのは大通りにある何かの専用線路だ。じっと見ていると、大きな四角い乗り物が動いておりディンは驚く。
「あれが噂の魔動機関車か……」
引斥力魔術と風魔術により動く公共の乗り物。車輪のつけられた長方形の車両の中にはシート席がつけられ、たくさんの乗客を乗せることが可能だ。
一定区間を何度も往復して、たくさんの人間やモノを運搬している。
「いずれ馬車は消えて、あれが国中に広がっていくんだってな」
カビオサの都心だけでなく、北部オキリスの中心部でもすでに魔動機関車は運用されていた。確かに馬車よりも速く運搬能力も明らかに優れている。国中に広がれば、世界はぐっと距離が縮み、今とはまるで違う世界となっているだろう。
「需要は高いし、成長する未来しか見えない。金の匂いがプンプンするね。魔術の才能があるやつは、迷わず魔道具師の仕事に飛びつくな」
「俗物のお前ならそうだろうな。いや、たいていのやつも流れるか……魔道具は世界を一変させるな」
カビオサはダーリア王国の未来の形を朧気に見せてくれる街だ。それが人々にどんな影響を及ぼすのかまでははっきりと見えないが、今後魔術師になる人材が魔道具師にさらに流れていく未来ははっきり見えた。
この街の住人が魔術師を軽んじるのは仕方のないことかもしれない。
物珍しい表情で魔道機関車が走り去るのを見送った後、思い出したようにシーザはこちらに顔を向ける。
「そういやマフィアから接触ってどんな感じで来るんだ?」
「いくつか想定してるが……偶然を装ってくるのは間違いない。こちらの体裁を整える必要もあるしな」
勇者一族がマフィアと公式で会談するというのはまずありえない。
こちら側の体裁が悪すぎる。よってたまたまその場に居合わせて少し話したという形がベストだ。
「まあ、想定内の接触の仕方をしてくるなら、くみしやすい相手ってことだ」
その後、仕事はベンジャに任せっぱなしでディンたちは街の散策を楽しみ、日が暮れる前にすでに自分たちの区画分を終えた。
「これで後は他の人が戻ってくるのを待つだけだね」
「ですが少々、気になることが」
ベンジャは声量を落とす。
「先ほどから視線を感じますね」
「きたか」
「どうします?」
「とりあえず普通に歩いてればいい。向こうから勝手に来るから」
少しの間、気づかぬふりをしてベンジャと共に街を歩く。
通りを曲がると、道に人が消えており、背中から声がかかる。
「ちょっと嬢ちゃん! 何か落としたよ?」
振り返るとスキンヘッドの大男と複数の男が下卑た笑みでこちらを見ていた。
カビオサでは珍しくない無法者たちだが、この地区では明らかに浮いた人間だ。
「何も落としてませんが?」
「これだよ、これ」
手に持つのは見覚えのない紙切れ。
「嬢ちゃん落としたよ」
「落としてませんが?」
「ポケットから落としたんだ。まあ、必要じゃないならゴミってことで捨てといてやる」
「お願いします。では!」
「待ちな! ゴミを道端に捨てるってのはどういうことだ! この地区でゴミ捨ては違反行為にあたるぞ!」
案の定、めちゃくちゃな言いがかりだ。
「これが……マフィア?」
シーザは声量を落としてディンの方を向く。
「違う違う。これは仕込みの人間だな」
「えっ? こいつら仕込み?」
「ああ。チンピラに絡まれて、勇者の孫ピンチ。そこに北極の人間が助太刀して救出。『偶然ですね? 少々お話しませんか?』という流れだ。助けてもらった手前、断りにくい」
「な……なるほど」
「まっ、ピンチでもないけどね。ベンジャ」
「はっ!」
ベンジャは前に出る。
その目に宿る異様な空気感を察してか、チンピラたちは即座に身構えた。
「なんだ、お前。やんのか?」
「何を言っても突っかかってくるんだろう? 先手は打たせてやるからさっさと来い」
淡々とベンジャは答える。
「てめぇ、気に入らねぇな」
チンピラたちが手に持つのは魔銃だ。
「死ね」
一斉に連射。
ベンジャは魔壁を二重に展開。あっさり受け止める。が、チンピラたちの連射が止まらない。
「連射性能がすげぇ。ディンのやつに似てる」
「まあ、キクの魔銃の方が断然上だな。でも、やっぱり魔道具師が多くて競争がある分、優れたものが生まれやすいんだな」
二人して遠目から緊張感なく喋る。それは信頼の証でもある。
元魔術師団序列一番であり、剣技も一流とされる剣と魔術の達人。
第一王子ライオネルの護衛隊長ベンジャ。魔人アネモネとの戦闘でも一切ひるむことなく、先陣を切って戦っていたのは印象的だった。
一方的にベンジャが押されてるように見えるが、ベンジャは顔色一つ変えない。
やがて魔弾の連射が止まる。
魔壁には傷一つついていなかった。
「終わりか?」
「てめぇ!」
チンピラがそれぞれ手に握っているのはナックルだ。おそらく殴る時のダメージが何倍にも増幅する魔道具だろう。
襲ってくるチンピラの群れにもベンジャは剣を抜く気配もない。
左手を突き出すと、地面から滝のような水が湧き上がり、チンピラに大量の水を浴びせ、ひるませる。
その間、左掌の上に右手を置いて指を軽く鳴らす。
すると、水流から光が発光しチンピラたちが悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああ!」
左手から水魔術を展開。と同時に右手から雷魔術を展開させた。
「あれが合成魔術」
アネモネとの戦いでも見せたベンジャの魔術だ。
合成魔術は、複数の魔術を組み合わせて、強力な魔術を生み出す。その素養を持つ者は多く一般魔術に属するが、能力として持て余す人間が多いのが現状だ。
「複数の魔術を高いレベルで習得するという土台がないと、合成魔術は真価を発揮できない。素養のあるモノは多くても、使いこなせる者は少ないんだ。最もベンジャも炎や風や土まで万遍なく使えると思えんが」
雷魔術によりほとんどのチンピラは地に伏すが、スキンヘッドの大男だけは苦痛に顔を歪めながら起き上がる。
「くそがぁ。殺す! このとっておきでよ!」
そう言ってポケットから何か取り出し、口に含もうとした瞬間に引き寄せ。ディンはそれを奪い取る。
「こらぁ! 俺の魔術薬!」
チンピラはポケットからナイフを取り出し、勢いのまま突っ込んでくる。
「外付けの力を得て強くなったと思うのが、お前の弱さだ」
ベンジャは向かってくる相手に容赦なく斬りつけた。
五人のチンピラをあっさりと撃沈。
ディンはチンピラから奪ったとっておきという魔術薬を見ていた。
「キクの持ってたやつとは違うな」
飲み込むことで一定時間、魔術の効力を得ることのできる薬だ。
飲み薬として開発された魔術薬は飲むポーションなどの回復魔術が多い。しかし、チンピラの言動から身体能力が劇的に上がる増幅魔術薬だろう。
「こっちじゃ一般的なのかな」
増幅魔術は祖父が魔王を倒した魔術である。フローティアと戦う前にキクが入手するのに苦労していたことを思い出した。
「偽薬も多いからな。本物の剛力の効果を得られるかわからんぞ。何が混じってるかわからないから飲むなよ」
「わかってるよ」
そう言いつつ、ディンはそれをポケットに入れた。
気づくと、周囲に人だかりができつつあった。
ベンジャは手慣れた様子で一人一人を拘束していく。
「そういや倒しちまったら、どうなるんだ?」
「さあ。また別の機会を狙うとか……どっちにしろしょうもない筋書きだな」
(ダーリア王国最大のマフィアといってもこんな茶番しかできないか)
呆れていたディンの横目でそれは突然起きた。
隣に建っていた建物がすさまじい音を立て、爆発し燃え上がったのだ。
「えっ?」
黒煙を吐き出す建物を見たまましばらく固まっていたが、危険を察したベンジャの言葉でその場を離れる。
通りを走り、角を曲がると、宿泊で世話になっている礼拝堂の信者たちが立っていた。
「ユナ様! こちらに避難を!!」
「何があったんです!?」
「詳細は不明ですが、テロの可能性があります。安全な場所へすぐに誘導します。どうぞこちらへ!」
拒否できる雰囲気でなく、流れるようにその背中へ走ってついていく。
前進するほど、周りも人で固められていき、大きい人の流れができる。まるで誘導されているように。抗うことのできない大きな流れに嫌な予感を感じた。
辿りついたのは、巨大娯楽競技場。
そこには避難誘導された人間が集まっていた。それぞれの表情は恐怖で顔を歪める人間もいたが、妙に落ち着いた人間も複数ながら混じっている。
「ユナ様! お怪我はありませんか!?」
礼拝堂の信者たちはいちいち大声で確認を取る。
「ユナ?」
「もしかして勇者の孫の?」
周囲の人間が明らかにこちらを凝視しながらざわつき始める。
「ああぁ! すみません! ユナ様。ここにユナ様がおられると群衆に囲まれる可能性があります」
なんともわざとらしいやり取り。周囲は露骨に騒がしくなり、好奇の目にさらされる。ディンの方に近づいてくる者を警備の人間が遮り、その場にとどまるのが危険な雰囲気になる。
「ユナ様。貴賓室へ避難してください。ご案内します」
競技場の案内人らしき男が近づき、ディンにささやいた。
「……わかった」
階段を上り、導かれるままディンはそれについていく。
「ユナ様」
階段を上る途中、何か言いたげにベンジャは声をかけるが目だけ合わせて、ディンは構わず二階へ向かった。二階の奥にある荘厳な扉を開けると、まるで別世界の空間が広がっていた。
瀟洒な絨毯の上にソファとテーブルが並び、天井にはシャンデリアがかかる。いきなり、王宮の中に入りこんだような錯覚を覚える。
無駄に広い空間の奥に二人の人間がいた。
使用人のように佇む男とユナと年の近い少女。
「あなたは……?」
こちらの存在に気づくと、ソファに座っていた少女は目を見開き、立ち上がる。
「なんて偶然。まさかこんな形でお会いできるとは……ユナ・ロマンピーチ様。はじめまして、私はガーネットと申します」
蠱惑的な口元が、微笑みに変わる。
(ここまでが筋書きだったか)
カビオサを支配する北極との邂逅はディンの想像を超えるものだった。