第76話 だからこそマフィアと接触しようと思う
翌朝、魔人の巣の調査開始だ。
六人揃って朝食を取りながら、ジョエルから説明を受ける。
「我々六人でカビオサの中心部を担当する。面積でいえば、おおよそ全体の二割。都市部は比較的治安も良いし、トラブルも起きる可能性は低いだろう。が、少し離れた区画は注意が必要となる」
都市部の西側は魔石採掘場と面しており、厳重な警備体制がとられているが、そこから少し離れれば、ならず者や浮浪者のいる貧民街がカビオサにはいくらでもあるらしい。
「何より魔人は神出鬼没だ。もはやカビオサのどこに現れてもおかしくはない。全員、そのつもりで心構えをしてもらいたい」
前日の経験から、その可能性は皆が感じていた。ただジョエルによると、アネモネが都市部に潜伏している可能性は限りなく低いという。
「あの高い魔力量は嫌でも周囲の眼を引くからね。人の多い密集地帯にはいないだろう」
逆に言えば、閑散とした治安の悪い区域はいてもおかしくない。
「都市部から少し離れた区画は私が全部やる。移動手段もあるし、一人で問題ない」
率先して、治安のよくない区画をすべて担当し、いち早く飛び出したのはルゥだ。
ジョエルがあっさり許可したのは、今いる面子の中で、機動力、戦闘力、経験値まで含めるとルゥ以上の最適解はないからだろう。
その結果、調査区画の半分をルゥが受け持つことになり、ただでさえ少なかった調査場所がさらに狭くなった。
残ったのはカビオサの都市部である比較的安全な場所のみ。高級住宅街、魔道具街、繁華街、魔石採掘街と四つに区分けされる。
「私も一人でいいっす!」
そう手を上げたのはアイリスだ。
「えっ? なんで? フリップ家のお嬢様が一人じゃ危ないよ」
「大丈夫っす。この街で私を襲うのは無知と無能しかいないっす。それに二手に分けた方がより効率的っす」
ルゥへの対抗心かと思ったが、アイリスなりの考えがあるように感じた。といっても危険が全くないと言ったら嘘だ。どこにでも無知と無能はいるし、多勢を組んでる場合もある。
そもそも一日遅れとはいえ、普通にこなせば期間内に調査は終わるのでこれ以上、分ける必要性もない。
「わかった。許可する」
ジョエルの答えはディンの予想に反するものだった。
「いつまでもフリップ家のお嬢様という扱いじゃかわいそうだからね」
都市部は比較的安全で、アイリスは土地勘があるという側面もあるのだろうが、魔術師団で来ている以上は、魔術師として扱う。
ジョエルなりの美学が垣間見えた。
「まあ、アネモネの口ぶりから心配なのはお前の方だよ」
シーザの懸念はディンも同じだった。真意は不明だが、魔人アネモネがユナにわざわざ会いにきて、顔を覚えて帰ったのは事実だ。
ユナの身を守るためにも一段と警戒する必要がある。
「残りの区画は私たちで担当するのでジョエルさんは休んでいてください」
万全には遠いジョエルを宿舎に残し、ディン、シーザ、ベンジャで残った区画を担当することになった。残ったのは高級住宅街と繁華街という最も安全といえる区画で、歩いていける距離にある。
入口の門扉でアイリスと別れる時、アイリスはこちらを振り返った。
「ここでユナちゃんに忠告っす」
アイリスは人差し指を突き立てて、ディンの目をじっと見る。
「この街ではトラブルは起こるべくして起きます。私に対して何かする人はいないでしょうが、ユナちゃんは別っす。この街で勇者物語は特別。その特別なものに食いつく人間は大勢いる」
「……だろうね」
意味深な視線の交錯。この時、アイリスがわざわざ一人で行動する意味をディンは理解した。
「これ以上言わなくてもユナちゃんはわかってるみたいっすね」
「少なくとも暴力沙汰にはならないよ。私の護衛にはベンジャがいる」
少し離れた位置に立つベンジャはジョエルと話し込んでいた。
「じゃあそういうことで。日が暮れるまでには戻るのでご心配なく!」
そう言って、アイリスは元気よく駆け出していく。
「さっきのやり取り。どういう意味だ?」
ふわふわの状態になったシーザが胸ポケットから顔を出した。
「魔人以外のものにも注意をしろってよ」
「マフィアの北極か」
「ああ。ダーリア王国最大のマフィア北極は魔術師団に興味はない。当然、フリップ家のご令嬢であるアイリスにも下手なことはできない。が、勇者の孫に関しては別だ」
「えっ! なんでそうなる?」
「勇者物語はこの街でも絶大な人気だ。勇者一族はローハイ教からもメシアと崇められ、王族とも接点が強い。そんな一族の人間がこの地を踏むのは魔王討伐以来はじめての出来事だ。うまく関係を持てば、メリットが多い」
勇者エルマーが死に、孫のディンが行方不明。
揺れるロマンピーチ家のもう一人の孫ユナ・ロマンピーチが最北の街、カビオサに来る。
「しかも無垢な十五才の少女。なんとも扱いやすような媒体。俺がマフィアならどんな手を使っても必ず接触する」
「もしかしてアイリスが一人で行動したのは気を遣ったのか? フリップ家と北極は関わりがあるから、一緒に行動すれば北極が接触しやすくなる」
「だろうね。でも、だからこそマフィアと接触しようと思う」
シーザは訝し気にディンを見る。
「なんで?」
「アイリスが関わって欲しくなさそうだったから。北極と何かあると見た」
魔道具に溢れた北部オキリスでは魔道具師になるのが一般的だ。なぜアイリス・フリップは魔術師となったのか、なぜ北部オキリスから一人王都に来たのか、なぜカビオサにいるとどこか物憂げな表情を見せるのか。
その理由は未だはっきりしていない。
「俺はアイリスのことをもっと知る必要がある」
「マフィアと接触か。足すくわれないように気をつけろよ」
「わかってる」
ディンは不敵に笑った。
ジョエルは礼拝堂の宿舎へ杖を突きながら戻っていく。
後ろ姿を見送るが、その足取りはややおぼつかない。
魔人との戦いで大怪我をした後というだけでなく、ジョエルは祖父のエルマーより年上であり、本来現役で働ける年でない。
そんなジョエルがここまで出張ってこないといけないのは、代えのきかない人材であることを意味する。シーザも回復魔術を使えるが、そこには大きな技術の差があるという。
ジョエルと会話を終えたベンジャがこちらにゆっくり近づいてくる。
「ジョエルさんの調子は、実際どんな感じ?」
「ご老体ですが、まだまだ元気ですよ。心配いりません」
ベンジャの言葉は本音とは思えなかったが、嘘にも聞こえなかった。
「では、ユナ様。シーザ様。お供します」
「うん。それよりベンジャ! ライオネル殿下は今の状況を想定していたんだと思う。だから、君の貸し出しを快く引き受けた」
「この状況というと?」
「限りなく安全な場所で私が少数の護衛と行動することになるという想定だよ」
ディンはかいつまんで説明していく。察しのいいベンジャはあるところでディンの言いたいことに気づく。
「なるほど。確かに北極が近づく要因は現状そろってますね」
「ああ。接触の形はわからないが、暴力沙汰になった場合。ベンジャ、頼りにしてるからね」
「お任せを。ユナ様は私の命にかけて必ず守ります」
ベンジャは自然とひざまずく。
「うん。私はライオネル殿下から妹のような寵愛を受けていることを忘れるな!」
「……はい」
第一王子以上の覇気に押され思わずベンジャは勢いで同意してしまう。
「よし! ベンジャの忠誠心、今日きっちり証明してもらうからね」
ベンジャはまずい契約をしてしまったような複雑な表情を浮かべていた。




