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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
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第75話 少し運動したかったところだ

 日が暮れて、夜になった時、タンタンの愚痴が何もない荒野に響く。


「ああ。外れくじ引いたぁ。やっぱり向こうの方がよかったぁ。ユナたちは今頃、豪勢な食事をとって、温かいベッドで寝るんだろうなぁ」

「タンタン。まだ仕事中だ!」


 アランがいさめるが、タンタンは小声でぶつぶつ愚痴を吐いている。


「まあまあ。タンタンも働いてくれましたよ」


 そうねぎらい、ソフィは魔動四輪車から降りる。

 ユナ達と別れて、おおよそ半日。最も犯罪率が高いといわれるカビオサ郊外の無法地帯を走り、すでに四度盗賊たちに襲われていた。


「想像以上の頻度だが……やはりこの高級魔道具が目当てか」


 ニコラは魔動四輪車に軽く触れる。

 魔動四輪車はカビオサの中心部に行けば、目にする代物であるが、庶民にはまだまだ手の届くものではない。盗賊たちからすれば、目に見える大金。貧民街通りやアウトローひしめく寂れた町中を走れば、嫌でも彼らの目を奪う。

 移動にはとても便利なモノだが、襲われるのは必然と言える。


「しかし、流石は魔道具大国だな」


 今まで襲ってきた盗賊たちを思い出し、ニコラは口に出さずにはいられなかった。全員当たり前のように複数の魔道具を持ち、詠唱することなくノータイムで魔術攻撃をしてくる。

 魔道具が一般人にほとんど流通していないトネリコ王国では考えられないことだ。


「どういうタイプの魔道具を持っているかわからない分、魔獣より厄介ですね。探知魔術で引っかかるわけでもないし」


 ソフィの探知魔術は魔力に反応するタイプだ。もちろん魔力のない人間の位置なども識別できるが、襲ってくる人間がわかるわけではない。

 できることと言えば、常にこちらへ近づいてくる人間、もしくは後をつけてくる人間への警戒を怠らないくらいだ。


「このペースで足止めされると、思った以上に時間がかかる。もしかしたら期限ぎりぎりになってしまうかもしれん」

「私次第ということですね」

「そういうことになる」


 ソフィは周囲に何もない荒野で泰然と立つ。

 ゆっくりと正確な詠唱をすると、ソフィの魔力が爆発的に高まっていき、それが最も高まった瞬間、両手を地面につける。

 探知魔術の展開。


 ソフィを中心に霧のような薄い魔力が一気に拡散していく。

 半径一万歩以上の円周の魔力探知ができれば一流と言われる。ソフィは調子が良ければ、その十倍以上広い円周の魔力探知が可能だ。探知魔術の使い手としては、世界的に見ても突き抜けた術者だ。


 ソフィの魔力が範囲内の地形や人、動物、建物を撫でていき、輪郭が露わになり、ソフィの脳に更新されていく。

 魔族の巣は魔力がこびりつく。が、それ以外にもいくつか特徴がある。トネリコ王国で最も多くの魔族の巣を見つけた実績を持つソフィは、その経験から怪しい場所を目ざとく見つける。


「この範囲内にはなさそうです」

「じゃあ、また移動だ」


 探知して移動。それを繰り返す。地味で根気のいる作業だが、魔族の巣を見つけるにはこれ以外にないことを二人は知っていた。そして、今回の仕事に関しては楽な部類だというのが二人の認識だ。移動という大幅の時間と労力を取られるものが、魔道四輪車で短縮できるからだ。


「魔道具とはすべてを一変させるな」


 はじめて来るダーリア王国でニコラは内心、衝撃の連続だった。魔道具の利便性による王都の発展ぶりや一般市民の生活の質は驚くべきもので、トネリコ王国はもはや比較対象にすらならない。

 女子供が普通に魔道具を使っている光景はニコラにとって唖然とするものだった。


「ゼゼ魔術師団でも魔道具を持つのは一般的ですしね。特にユナちゃんやアイリスちゃんは魔道具を複数運用して、魔術はあくまで補助的な役割で使うことが多いそうです。私たちでは考えられないですね」

「正に新世代だな……」


 が、実際魔道具で代替えできるのならデメリットはほとんどなく、二人の選択は理にかなっている。それに否定的な感情がぱっと湧いたのは、自分という魔術師の存在を否定される気がしたからかもしれない。

 自分の中で培ってきた価値観が揺らぎそうだが、現実は受け止めなくてはならない。


「トネリコ王国とダーリア王国はもはや双璧ではないな」


 魔道具の量産はもはや国のパワーバランスすら崩しつつある。ダーリア王国に来て、誰よりもニコラはそのことを思い知らされていた。

 ニコラの言葉が寂し気に響いたからか、ソフィは笑みの形を作り苦笑する。


「時代の流れには逆らえないものです。あらゆるものは移りゆき、人の価値観や考えも変わっていく。必然的に廃れていくものもあります。この国は急速に魔術師が減っているそうですが、私は魔術師の可能性を信じている」


 そう言って、揺るぎない視線をニコラに向ける。それはソフィの魔術師としての自尊心が言わせたものだと察する。


「まあ……まだまだ私の魔術が魔道具に劣ってるなどと思わないしな」

「それだけですか? 私はニコラさんやミレイが、ダーリア王国の魔術師に劣ってるとは思ってませんよ」

「当然だ。負けていない自負はある」


 迷いなくニコラは答える。ダーリア王国にはタンタンやベンジャなど優れた魔術師が多数いるが、彼らに対し自分が劣っていると思ったことは一度もなかった。

 その答えにソフィは微笑む。 


「ふふっ。そういうことです。まだまだ負けてない部分だってたくさんある。せめて自分の携わる部分だけは勝てるように頑張りましょ」

「……まあ、そうだな」


 ソフィはトネリコ王国一忙しい魔術師と言えるほど仕事に忙殺されているが、いつも柔和でおっとりした雰囲気を絶やさない。色々な物事を前向きに捉えるのがうまいのだろう。

 頭を切り替え、魔道四輪車の中に入ろうとすると、ソフィがそれを止める。


「移動の前に……お客さんが来ますね」


 周囲は薄暗く一見すると人影は見えない。


「北から全部で八人。全員魔道具持ちの盗賊でしょうね」

「やれやれ。本当に多いな。向こうも探知魔術の魔道具を持ってるってことか」


 ニコラは呆れるだけで慌てることはない。

 盗賊であるならそれほど厄介であることはない。


「後方からずっとつけてくるやつらは?」

「一定の距離を置いて、様子見です。何もしてきませんね」

「……厄介なのはそっちだな。噂の団体か」


 反魔術師団体。目的は魔術師の救済。身体に魔術印を刻むことへの健康リスクを指摘し、魔術師という職業をなくすのが目的だ。

 それは表向きであるが、裏では魔道具利権が絡んでいるのは明白だ。

 すべての魔術師が魔道具使いに置き換われば、国の防衛や様々な側面で魔道具はより多大な影響を及ぼす。


「何もしてこないならそれでいい」


 ソフィの指摘した方向からわずかに音が聞こえてくる。


「中にいるタンタンたちを呼びますか?」

「いいや、別にいい。少し運動したかったところだ」


 トネリコ王国の伝統的魔術師。

 光剣の異名を持つ男、ニコラ。

 大剣を携え、盗賊の足音の方へ一人向かった。


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