第74話 私自身がゼゼ様と会って決着をつける
魔道四輪車を早々に一台壊したにも関わらず、新たに同じモノをフリップ家が用意して惜しげもなく提供したことは、懐の広さ以上にフリップ家の強大さを実感した。ディンの想像を遥かに超える力をフリップ家はもっているのかもしれない。
魔道四輪車の運転はジョエルに代わってベンジャが務め、カビオサの都心へ向け再び出発した時、日が暮れ始めていた。
各々、緊張した面持ちで魔道四輪車の中で座っていた。
「魔人が待ち構えていた事実は重い。カビオサを牛耳るマフィアと魔人に繋がりがあってもおかしくはないですね」
そう切り出したのはベンジャだ。カビオサの都心へ向かう一本道で待っていたのだから、情報漏れは明らかだった。ベンジャの指摘する可能性は間違っていないが、ディンは別の可能性が高いと考えていた。
おそらく情報漏れは魔術師団側だ。そして、それは転生した魔王ロキドスによるもの。そう考えると、自分の中で辻褄が合う。
心の中で警戒心を高めつつ、どこか心ここにあらずなシーザを見る。アネモネに言われた言葉を明らかに引きずっていた。
虐殺のミーナ討伐は百年以上前の出来事で祖父が生まれる前のことだ。あまり知られていない歴史の一端だが、エルフという種族にとっては大きい意味を持つ。
ミーナの虐殺によりエルフ族は人類から偏見の眼を持たれつつあった。ミーナを討伐し、その後ルビナスという街をエルフ達が守ったことで、エルフ族の信頼を取り戻すきっかけとなった。
つまり、ミーナ討伐はエルフ族にとって歴史上の大きな転換点だ。
ゆえにその根本を揺るがす情報はシーザとしてもただ事ではないのだろう。
全員、一切喋ることなく魔道四輪車の起動音だけが耳に残った。
アネモネの襲撃に遭ったポイントは都心部に近く、夕日が沈む前にカビオサの都心部に入った。
魔動四輪車の窓から流れるカビオサの街を眺める。
そこは王都で見るものと遜色がない。古い建物は一切なく、五階建て以上の建物が延々と並び、真新しさと洗練さが目を引く。歩く人々も雑多な印象はあるが、身につけるものに品を感じた。
何より魔動四輪車が通っても、人々の目には物珍しいものと映ってないようで、足を止めるものはほとんどいない。これだけでもこの街が特異であることを示している。
が、通り過ぎる人の中に無法者や物乞いのような人間も多数混じっていた。
ごちゃごちゃと色々な問題や可能性を混ぜ込んだ街。そんな印象を受けた。
通りに並ぶ高級住宅街の一角で魔動四輪車は止まった。
白く高い塔のような礼拝堂だった。
「この離れが宿泊施設にもなっていて、私たちの拠点となる場所だ」
高い塔の左手側に白を基調とした二階建ての建物が見えた。
魔動四輪車を降り、施設の入り口に入ると、すでに護衛の兵が左右に列を作り立っており、真ん中に代表と思わしき白い長髭を生やした老人が立っていた。
「お待ちしておりました。アイリス・フリップ様、ユナ・ロマンピーチ様。そして、魔術師団ご一行の皆様。長旅ご苦労様です」
(はっきり序列つけてくるんだな。ここは)
アイリスの方をちらりと見るが、そっけない表情をしているので、すぐさまディンは作り笑いを浮かべる。
「お出迎えありがとうございます。私はエルマーの孫であるユナ・ロマンピーチと申します」
ディンが魔術師団を紹介していくのをシーザは奇異の眼で見つめていたが、相手側は当然のようにそれを聞いていた。彼らの中では、魔術師団はフリップ家のお嬢様と勇者一族の孫より序列がずっと下にあるのだ。
その後の歓待は手厚かった。荷物をそれぞれの部屋に運び、食事の準備、調査に当たっての街の地図やその他注意すべき情報など、必要なものは何でももらえた。
「アイリスと俺様様だねぇ」
夕食後に、ディンはシーザの部屋を訪ねた。
「正確にはフリップ家と勇者エルマーだろ」
難しい顔をしたままシーザは答える。
「まあ、それが正しい表現だ」
勇者物語はこの街にも轟いている。というより、魔族の巣が大量にあり、魔獣たちに蹂躙されてきた歴史を持つ北部オキリスでは、その根本を絶った勇者エルマーは神格化されていた。
そして、これがユナとアイリスを連れてきた理由なのは明らかだ。
「魔術師団の地位はカビオサでは低い。嫌がらせやトラブルがあってもおかしくはない。が、魔術師団の中に勇者の孫とフリップ辺境伯の娘がいれば、ぞんざいには扱われない。俺とアイリスは魔術師団の威光を落とさないアイテムってことだな」
「……なるほどな」
ぼやくようにシーザは反応する。
「まあでも、早々にとんでもないトラブルが起きたな」
この言葉で遠い目をしていたシーザがはじめてディンを見る。
「んだよ、その探りの入れ方は……気になることがあるならはっきり言えよ」
「別に。ただ誰かに話せば、すっきりすることはあるだろ。シーザにそんな難しい顔されちゃ、頼れるもんも頼れない。だから、引っかかりがあるなら聞いてやる」
シーザがアネモネに言われたことを気にしているのは明らかだった。シーザは冷めた目でしばらくディンを見るも、やがて息を軽く吐いて口を開く。
「ガキに気を遣われるとはな……いや、だがディンの言うことは間違ってねぇか」
シーザはためらいながらも言葉を繋げる。
「別にアネモネの言ったことを真に受けたわけじゃねぇ。ただ当時のゼゼ様の言動に違和感があったのも確かなんだ。でも、私は子供で下っ端だったからそんなこと気にも留めていなかった」
魔王討伐以前の過去への思いを聞いたのははじめてだった。自分の今と関わりないずっと大昔の事に思えるが、シーザにとっては生きてきた歴史の一部なのだ。
「ただこればっかりはゼゼ様に聞かないとわからないからな。私自身がゼゼ様と会って決着をつける。だから、ミーナの件は一旦飲み込むよ」
「それでいい。ただ引っかかるんだが、もしアネモネの言ってたことが本当だった場合、どうなるんだ?」
それは何気なく聞いた一言だ。シーザは表情を変えず答える。
「間違いなくゼゼ魔術師団は吹き飛ぶ。で、最悪の場合、エルフへの迫害が始まる……かもな」
ディンの想像を超えた大きな爆弾だとこの時はじめて知った。言葉にならなかったが、自分でどうにかなるものでもない。
「そのことはいったん置いておこう。とにかくカビオサでの任務に集中しようぜ」
シーザは作り笑いをして、大昔の話を強引に締める。
そして、ふと思い出したように真顔になる。
「ところで私もここにきて引っかかったことがある」
「急にどうした?」
「勇者の孫がめちゃくちゃ優遇されて、勇者ご一行の私が魔術師団と同列の扱いっておかしくね?」
真顔で二人見つめ合ったまま固まる。
「ん?」
「ん? じゃなくて! 今となっては唯一の会いに行ける伝説の勇者一行だ! 正に唯一無二の価値! もっと良い扱いされてもいいはずだ! なのに血を引いてるってだけの小娘がちやほやされているという事実に納得がいかない!」
シーザも相応に優遇されていたが、ディンやアイリスの扱いは他と明らかに違った。何なら部屋のグレードも明らかにシーザの方が低く、ディンの部屋を半分に区切ったような狭さだ。
「それはあれだ……魔王を倒した主役と隅っこにいたモブの違いじゃないかな。世間の中ではやっぱり印象が薄いんだよ」
シーザは口を開けたまましばらく固まる。
「お前、今さらっととんでもないこと言ったよな? 戦争仕掛けてきたよな?」
「いや、そういうことじゃなく今のは世間の印象を客観的に分析した話をしてるわけで」
「待て待て! お前はあれか? もしかしてずっと私の事を隅っこにいるモブだって思ってたってことか?」
この後、延々と不毛な議論をすることになる。
カビオサ初日、ディン達の調査は一切進まず終わった。
誤字脱字報告ありがとうございました。五件修正しました。
自分でも一章、二章を読み返して、誤字脱字や気になった表現を複数修正しました。
内容に変更はありません。




