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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第五章 カビオサ 不可侵領域編
72/224

第72話 ワタチはあんたの顔見に来ただけ

 もう一つの都市部に向かうチームは、ユナことディン、シーザ、アイリス、ルゥ、ジョエル、ベンジャの六人だ。

 タンタンチーム出発後、さっそく魔動四輪車に乗り込む。

 二つあるシート席は本来六人乗りではないが、シーザが小型化すれば、ユナ、アイリス、ルゥは小柄だったので問題なく後部座席へ乗り込めた。


 前方の助手席にベンジャが座り、魔動四輪車を動かす操縦席にジョエルが座る。

 操縦席には大きい円型のボタンがついており、それを押すと前に進み、上部は加速、下部は減速、右と左で進路変更できるようになっている。


「どういう仕組みなのか気になるなぁ」

「おそらく引斥力魔術と風魔術っすかね。まだ他にもありそうですが、中は企業秘密らしいです。勝手に分解したら、自動的に魔力を失う仕組みになってるみたいっす」


 アイリスの言葉に納得する。


「分解して設計ぱくって類似品を出す人も出てきそうだしねぇ」


 ふわふわの状態で肩に乗るシーザがじっとディンの方を見るが、目を合わせない。

 川を跨ぐ橋を渡り、カビオサ側の駐屯地に着くが白の魔道四輪車は確認不要で通行できた。


 これがフリップ家の威光。

 道は想像以上に整備されており、ガタガタと小石でがたつくストレスもない。


「都市部は無秩序ってわけでもなさそうだね」

「北部オキリスは将来、王都を超える可能性がある場所。そのポテンシャルは計り知れない」


 ルゥも行ったことない街だからか、無表情ながらわずかに高揚が伺える。


「フリップ家がカビオサの一部を呑み込めば、王族を超える富を手に入れる」


 アイリスの言葉に皆が静かになる。


「なんてこと、よくお兄ちゃんが言ってましたよ」

「アイリスはカビオサに行ったことがあるの?」


 不穏な雰囲気を察してディンは話題をそらす。


「ありますよ。何度もね。あそこは人の属性によってルールの意味が変わる街っす」


 その目にはどこか憂いがある。

 アイリスは現在十五才、王都に来たのは十才の時。それ以前からカビオサに何度も行ったことがあるという意味……


(フリップ家は最大のマフィア北極と家族ぐるみの交流があるってことか)


 魔族が跋扈ばっこした時代から用心棒扱いしていたのなら別段不思議ではない。ただこの任務が決まってから、アイリスがどこか心ここにあらずといった表情をたまにしていたことは気になっていた。


 カビオサにいけばアイリスの本質を知ることができるかもしれない。

 根拠はないが、そんな予感がした。





 午前中に出発し、魔動四輪車を走らせ続ける。雑草や低木が広がる荒野が続くが、道は舗装されており、ストレスなく快適に進み、盗賊の影も見えない。順調な滑り出しに思われた時だった。


 ジョエルが魔道四輪車を唐突に止める。ふとディンも前方を確認すると、人が道のど真ん中で突っ立っていた。

 金髪のロングヘア、黒いドレスをまとう華奢な少女だった。


「ん? 子供?」


 一見すると、ただの少女にしか見えないが、その眼はどこか鋭く魔力がみなぎっていることで普通じゃないと気づく。

 それは全員が感じ取り、いち早く叫んだのはジョエルだ。


「全員、外へ出ろ!」


 同時に少女の額から第三の眼が開眼する。


「鋼鋼斬」


 起こりのない強力な縦の斬撃は魔道四輪車を一刀両断した。それぞれ横のドアから間一髪で脱出して無事だったが、二分された魔道四輪車の切り口の綺麗さにディンは思わず動揺する。


 見た目は華奢な少女。防御不能と言われる斬撃を飛ばし、現存する魔人の中で最も強いとされる最悪の魔人。

 アネモネが佇んでいた。


「アネモネだ!」


 シーザの叫びで全員が構える。ルゥとベンジャが同時に両手を合わせて魔術解放。アイリスとディンもそれに続く。

 対峙する四人の魔術師を一瞥して、アネモネは鼻で笑う。

 両手をぶらりと下げたまま構える素振りも見せない。

 危機意識もなく、余裕が透けて見えた。


「ワタチ、挨拶に来ただけなんだけど」

「暗黒弾」

「魔拳」


 ルゥとアイリスが魔力の塊を撃ちこみ、ディンもそれに合わせて魔道破弾を撃ち込む。

 三方からの同時攻撃。

 アネモネは魔壁も展開せず、すべて命中した……ように見えた。

 が、微動だにしていないアネモネに当たっていなかった。


「えっ?」


 アネモネは受けてもいないし、何かした素振りもない。

 唐突に魔術が消えた。そんな印象だった。


「アネモネに安易に近づくな! まだあいつの魔術能力ははっきりしてない」


 シーザの忠告を受け取り、全員が距離を取る。


「ふん。まっ! 軽く撫で撫でしてやるわ」


 そう言い、堂々と詠唱を始める。不気味な歌のような詠唱が響き、即座にルゥとベンジャが距離を詰める。詠唱中は無防備になることを経験上、二人は知っていた。


 が、時にそれが相手を射程に引き込む罠であることもある。

 唐突に詠唱を止めてアネモネは不気味に笑う。


「返すわ」


 起こりなく現れたそれは暗黒弾。ベンジャはそれをぎりぎりで受け止め、いなすもさらに飛んできたのは魔拳。さばけず顔面に直撃する。

 ルゥの方にも一瞬視線を向け、突如放たれたのはディンの魔道破弾。


 直撃して胸部を貫通するが、それは影の分身。

 本体のルゥはアネモネの影に移動し、見事に背後を取っていた。

 が、背後を取ると同時にアネモネは振り返り、ルゥが攻撃するより先に首を掴む。


「ぐっ」


 その力は信じられないほど強く、華奢な手がルゥの首にどんどんめり込んでいく。


「はい。まず一人」

「雷線」


 最速の射出速度を誇る雷魔術。ベンジャから放たれた瞬きする間もない一直線の雷撃はアネモネに直撃。

 痺れて一瞬固まった隙をルゥは逃さない。自分の首を絞めるアネモネの手首に影針を突き刺し、ひるんだところをゼロ距離で放つ。


「暗黒弾」


 が、それはやはり放たれた直後に消える。


「学習できないアホ」


 アネモネはルゥを蹴り飛ばし、直後に起こりのない暗黒弾。ルゥの腹部に直撃し、ルゥは吹き飛ばされる。片手に剣を持ち、射程に入ろうとするベンジャの方にアネモネは視線を向ける。


「挨拶に来ただけなんだからマジになるなって。ワタチの話、聞いてた?」

「貴様の都合など知らん」

「ふん。なんかイラっと来たわ」


 アネモネは再び詠唱を始める。堂々と、不敵に詠まれていく不幸を呼ぶ詩。

 最も近い距離にいたベンジャは一瞬迷い、今度は距離を置く。


「まずい! 来るぞ! 全員、絶対避けろ!」


 シーザの叫びで魔壁の展開をやめて全員避けること前提に身構える。

 アネモネの額の眼が見開かれ、瞳孔に刻まれた魔術印が光る。


「流龍破斬」


 詩を締める結び語と同時に展開される起こりのない斬撃の嵐。アネモネの四方すべてに死の斬撃が縦に横に高速で乱れ飛ぶ。

 各々それを必死になって避けるも、なぜかディンに対しては斬撃が一切飛んでこない。

 

 自然と目が合う。

 射殺すような視線を投げると同時にアネモネが大地を蹴って、一歩で距離を食い潰す。


「ちっ」


 両手に魔銃を持ち、アネモネに向かって連射するも、一発も当たることなくアネモネの前で消えていく。あっという間に目の前に来て、アネモネはディンの顔の前で手を広げた。


「動くと斬る」


 その邪悪な眼圧にディンは思わず動きを止める。

 起こりのない斬撃をこの距離だと避けれる気がしなかった。


「ワタチはあんたの顔見に来ただけ。勇者の孫、ユナ・ロマンピーチ」


 思いもしない言葉に戸惑う。


「ぷぷっ。何も知らない可哀そうな子」


 アネモネはあざけるような笑みを浮かべる。


「な、何が――」


 言いかけた時、視界の隅にいる変身を解いたシーザに気づく。

 シーザは簡易詠唱を終えていた。


「グリフォンの息吹」


 シーザの周囲から一気に白い霧のようなものが離散し、アネモネやディンまで包み込む。はじめて聞く結び語に反射的に身構えるも、目くらましのような霧が離散されてそのままあっさりと霧が晴れた。

 同じように身構えていたアネモネも呆気に取られて目が点になっていた。


「おまっ! 大層な結び語を言うから、どんな魔術かと思ったらただの目くらましかい! 詐欺野郎!」


 魔術印無しで展開させたシーザの中級独自魔術。独自で開発したものなので、終わりを締める結び語も自分で決めることができる。はったりの結び語は時に相手を惑わすことができるが、ほとんどの魔術師はそんなことしない。


 シーザのはったり魔術によりディンはアネモネから距離を置くことに成功する。

 気づくと、ルゥやベンジャ、アイリスがアネモネを囲んでいた。が、アネモネはそれに対し危機意識などまるでなく暢気に話しかける。


「ぷぷっ、足飛んだやつは放置していいの? 冷たっ」


 アネモネの言葉で一人いないことに気づく。遠くで倒れているのは斬撃をよけきれなかったジョエルだ。


「あいつに向かって斬撃飛ばしてほしくないなら、ワタチを攻撃するの止めろ。そうしたらワタチも攻撃を止める」


 これほど信用できない取引はないが、アネモネが躊躇なくジョエルを殺すのは目に見えていた。ジョエルは片足が切断されており、その場から動けない状態だ。消去法で全員の動きが自然と止まる。


「私に会いにきたってどういう意味?」


 ディンの問いかけにアネモネは笑う。

 それは今まで見たことのない不気味な微笑みだった。



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