第71話 魔動四輪車と言います
最北の街カビオサ。別名、不可侵領域。
カビオサには公共の場所で瞬間転移できる場所がない。魔道具が大量に溢れているのでできないことはないだろうが、その交渉をすると余計ややこしいことになるのがカビオサという街だ。
よってフリップ辺境伯が持つ瞬間転移装置で最もカビオサに近いフリップ家の駐屯地へ遠征メンバーは送られた。
瞬間転移で飛んだ先は白い大理石でできた荘厳な大広間だった。
転移装置の台座を降りる階段の先には大量の兵士が横並びに整列して待ち構えていた。
フリップ辺境伯の私兵だ。挨拶を交わした後、大広間を出て、地上へ続く階段を上る。その最中にジョエルから説明が始まる。
「ここからは時間との闘いでもある。魔族の巣の調査に当たり、二手に分かれることは聞いたと思うが、ここを出たら別行動だ。アラン」
「はいっ!」
「君がそちらのリーダーだ。きっちり仕事をこなしてもらう」
編成された一つ目のチームがアラン、タンタン、ニコラ、ソフィの四人だ。
四人でカビオサの都市郊外を担当する。
「あのさぁ。カビオサ都市郊外って広さで言えば八割近いんでしょ? いくらなんでも割合おかしくないですか?」
案の定、タンタンが愚痴をこぼす。確かに一見すると、二チームに分けて八対二というのはあまりに不公平な数字に思える。
「常人ならそうだ。しかし、トネリコ王国の頼れる助っ人たちがいる」
ジョエルはソフィに視線を移し、ソフィは微笑む。
「お任せを。地図で広さは確認しています。この程度の広さ、順調なら四日間で終わらせることが可能です」
魔族の巣を見つける探知魔術のエキスパート。探知魔術において彼女の右に出る者はいないと言われている。ソフィ一人で一流探知魔術使いの十人分の働きをするという話なので、信じられないほど優秀だ。
今回の調査において最重要人物だとジョエルが言ったのもうなずける。
「無論、トラブルがなければの話ですが」
カビオサの都市郊外はダーリア王国内で最も危険な場所だ。
貧民街も多く、犯罪者が最も蔓延る区域として知られる。
それだけではなく、カビオサは反魔術師団の聖地とも言われる。魔獣に溢れていた時代からずっと魔術師団支部がなかったのが原因の一つだろう。
魔道具が溢れる現代は魔術師が軽視される傾向はより顕著だ。
魔術師のエリートと言われるゼゼ魔術師団とわかれば、自分たちの優位性を示すため、戦いに挑んでくる可能性があるという。
なんとも面倒な話だ。
「そのための人員だ。アラン、ニコラ、タンタン。わかってるな」
「無論です」
「はっ! お任せを」
「うーい」
最後の一人だけ舐め腐りきった返答だったが、慣れてるのかジョエルは何も言わない。
地上に出ると、そこはフリップ家の駐屯地のようで、魔道具を持つ兵士たちがそこら中にいた。
駐屯地のそばには大きい川が流れており、川を挟んだ先に同じような駐屯地が見える。
お互い牽制しあってるような、どこか殺伐とした雰囲気が漂う。
「橋を渡った先がカビオサになる。ここから先はフリップ家の力を借りられないということだ」
橋の前に立ち、ジョエルは前を見たまま続ける。
「カビオサは王都並に広く、無秩序な街。そして、管理しているのは実質マフィアであり、下手なことはできん。よって、調査以外の余計なことはするな」
目を見開いたのはアランだ。
「というと?」
「端的に言えば、違法行為などを目の当たりにしても黙認しろということだ。北極とのトラブルは避けなければならん」
表向きはフリップ領の管轄だが、カビオサの実行力を持つのは北極だ。そこで取り締まりなどをするのは、彼らの領域を侵害することになる。
「ですが!」
「まっ! いいんじゃない? 僕としては仕事が楽になるしさっ」
「時に理不尽を飲み込み、仕事をこなさないといけないことがある。問題ない」
タンタンとルゥはあっさり納得。
ソフィとニコラは他国のことだからか、不満の表情は表に出さない。
ベンジャとアイリスは予想していたのか、何も言わない。
当然、ディンもここまで想定通り。
(個人的にはライオネルがフリップ辺境伯とどういう取引をしたのか気になるな)
今回の遠征調査は王族からフリップ辺境伯へ打診し、受諾。フリップ辺境伯から北極へ打診し受諾という流れだ。ジョエルの言葉は実質、フリップ辺境伯からの助言であり、北極からの警告と捉えるべきだ。
「どこの街にもローカルルールはあります。私たちは自分たちの正義を押し付けにきたわけではなく、魔人の巣を調査し、討伐しにきたのです。最優先すべき目的に意識を集中すべきです」
中身はディンだが、見た目はユナという一回り下の少女に言われると、アランもそれ以上、反論しなかった。
「ふむ。すでに辺境伯も了承済みだ。では今からカビオサへ向かう」
フリップ辺境伯最北の駐屯地からカビオサの都心まで陸路で向かう。
が、歩いて一日はかかるほど距離があるという。それを最短で進むためにフリップ辺境伯が特別に用意したものに一同驚いた。
「魔動四輪車と言います」
駐屯地の隊長が淡々と説明するそれは王都にも出回っていない高級魔道具だ。
いわゆる四輪荷馬車と似た構造で馬が引っ張るのではなく、魔力で動かす仕組みとなっている。
「すごいな、これ」
皆が呆気に取られる中、フリップ家のご令嬢であるアイリスは平然としている。
「白いのはフリップ家所有という意味っす。ここからカビオサまでの都市部は盗賊などにも遭わずフリーパスで行けるっすよ」
アイリスの説明に駐屯地の隊長はうなずく。
フリップ家と北極マフィアは関わりがあるので、フリップ家の関係者が襲われないよう配慮がされているのだろう。
「ちょい待て! こっちの色が違うのはどういうこと?」
これに不満を示したのはタンタンだ。
タンタンチームが借り受けた魔動四輪車は色が派手な黄色で、明らかにメッキが剥がれており型落ちの中古という印象だ。
「ご理解を。都市郊外部では、フリップ家の威光も通じません。何が起きるかわからない。ゆえにこういう形を取らざるを得ず……」
駐屯地隊長は言い苦しそうに言葉を必死に選んでいた。
安全が保証できるのは都心部までの道のりであり、郊外に行けば誰に襲われても文句は言えない。というわけで壊れても構わない古い型の魔動四輪車があてがわれたというわけだ。
「我々としては移動手段を提供していただいた上でも非常にありがたい限りです」
アランの言葉でなんとかその場はおさまったが、タンタンは最後まで不満たらたらだった。
「向こうの人たちは絶対襲われますね」
タンタンチームを見送った後、アイリスはぽつりとつぶやいた。
「こっちはトラブルもなく進めそうだから余計に申し訳ないね」
ディンも軽口を返す。
が、それは大きな間違いだった。
カビオサに入って早々、ディンたちは純粋な悪と邂逅する。




