第70話 尋常じゃない使い手だ
「にしも残念だ。トネリコ王国の序列一番と会ってみたかったのだが……」
瞬間転移の台座前で残念そうにつぶやくのはアランだ。そう言われると、ディンも無性に気になってくる。
「遠征でトネリコ王国に何度も行ってるんですよね? 誰か会ったことないんですか?」
「ああ。基本、ナナシは単独で魔族の巣を討伐していたからな。唯一面識があるのはタンタンだけだ」
自然と近くにいたタンタンに視線が向けられる。
「思い出した。そういや一度戦ってるな」
「えっ、戦ったんですか?」
「うん。トネリコ王国の王族の提案で御前試合することになってさ。僕は乗り気じゃなかったんだけど、向こうが妙に前のめりで渋々やることになった。なんていうか常識がない嫌な人間だったよ」
「どういう感じで?」
「いきなり面と向かって『お前みたいな腑抜けが序列一番だなんて信じられない』っていちゃもんつけてきたんだ。失礼だよね?」
「……」
ディンもアランもシーザもそれに突っ込まない。
「で? どんな方でした。戦ってどうでした?」
「暴力女って感じだな。ぼこぼこに殴られて歯を折られた」
「えっ!」
「戦い自体は引き分けだったんだ。でも、それが気に入らなかったみたいでさ。その日の夜眠ってる間に襲ってきてぼこぼこにされた。それで『私の勝ちね』ってほざいてどっか行った」
(めちゃくちゃやべー奴だ。ってか女なんだ……)
「僕はあの時思ったんだ。どんなに綺麗でもこういう女とは結婚しないってね」
「ああ、それは間違いないですね」
ディンはまだ見ぬナナシという狂暴な女の顔を勝手に想像して、タンタンに同意する。そんなディンをシーザは複雑そうな目で見ていた。
アルメニーアの空に謎の蝶が大量に飛ぶ珍事が発生したのは、とある晴天の日のことだ。その異変に最初皆が警戒したが、色とりどりの蝶はあまりに美しく、皆惚れ惚れとした表情で空を見上げた。
見たことのない珍しい蝶を捕まえようと人々は試みるが、それに触れることはできない。触れようと近づくとそれは綺麗にひらりと手から逃れ、舞い上がる。
中には両手で見事に捕まえた者もいたが、その蝶はさらさらと液体のように溶けて、手からこぼれ落ちると、再び蝶の形となり空を舞った。
摩訶不思議で魅惑的な蝶。
それがわずかに魔力を帯びていると気づいたのは魔術師団アルメニーア支部隊長のソメヤだ。
窓からそれを眺める。
(害はない。が、見られてる感覚がある)
「隊長。これはやはり魔術のようです」
「ああ。本部にも一報入れたが問題はないとのことだった」
「向こうは誰が魔術を使っているのか知っているのでしょうか?」
「おそらくな。とりあえず放置しておけということだ」
「放置……ですか」
部下は複雑な表情をする。
言いたいことはわかる。謎の魔術師がアルメニーアの空で魔術を使い、好き放題している状況だ。これを放置するというのはゼゼ魔術師団の威厳に関わる。
が、こうも考える。
もしこれがたった一人の人間によるものであるのなら?
一万は超える色とりどりの蝶を見上げる。それはトネリコ王国に伝わるおとぎ話で聞いたことのあるものに酷似していた。
内容は定かではないがはっきりしていることはある。
「尋常じゃない使い手だ」
同時刻、アルメニーアのとある建物の地下にナナシはいた。
仮面をつけて、相対するマフィアたちを前にまったく動じず椅子に座っている。
「で? 情報は?」
「というよりこの惨状どうしてくれるわけ?」
対面した席に座るマフィアのボスは、ナナシの後ろに伏せている部下に視線を送る。その数は十人以上。死んでいないが意識が飛んでおり全く動く気配がない。
「攻撃してくるから眠ってもらっただけよ」
「なぜここに来た?」
「ポールっていう胡散臭い男から色々聞いた。可能性のありそうな場所をしらみつぶしに探しているだけ」
腕を組んで泰然と言い放つ。
「で? ディン・ロマンピーチの居所について知っている人間は?」
「いなくなったというのは知ってるがな。居所なんて知らん。そもそも――」
マフィアのボスと後ろにいるすべての部下は魔銃を構える。
「こんなめちゃくちゃなことする奴に情報与えるわけないだろう」
「そっ! なら、ここからは対話じゃなくて一方的に情報を絞らせてもらうわ」
「ああ!! 何調子こいたこと言ってやがぁ――」
声が出なくなり、身体を動かすこともできない。
他の部下も同様で、中には苦しみながら床に伏す者もいた。
(何が起きてる……?)
ひらひらと舞う白い蝶が微粒子レベルの粉を空間全体に振りまいていた。
「安心して。ただの痺れ薬よ。半日経てば、元に戻るわ。ただし――」
勢いのまま机の上に立ち上がる。
「知ってること話さないのなら、さらに強力なものを盛ろうかしら」
両手を合わせてゆっくり開くと、大量の蝶が掌から溢れて、ナナシの周囲を舞う。異常で恐ろしい相手であると同時に、その光景は異様に美しく見えた。
結局めぼしい成果は得られず、ナナシは地下階段を上り、地上に出た。目を閉じて、その場でしばらく佇む。舞い上がる蝶たちは時に彼女の目となる。大量の蝶を解き放つと、膨大な魔力を食うが、気にしていられない。
(いない。少なくとも外に出歩いてはいない)
「この街のどこかにディンがいるはず……」
不要になった仮面を取って、街の雑踏に混じる。
トネリコ王国魔術師団序列一番通称ナナシ。その本名はミレイ・ネーション。
ディンのフィアンセだ。
祖母である魔術師に憧れはあった。が、家族は危険の及ぶ魔術師にさせたくなかったようでミレイには魔力がないとずっと嘘をついていた。身を守るための武術を学び続けて、自分に魔術師の才能があることを知ったのは十五才になる前の頃だ。
――ミレイって魔力がすごいね。流石伝説の魔術師ミレイヌの孫だね
そう教えてくれたのはユナだった。
新たなる可能性に気づき、その道に興味が湧いた。年齢として魔術を一から学ぶのは少し遅かったが、トネリコ王国にはとっておきの秘儀がある。
継承魔術。中級及び上級魔術の詠唱簡略化を可能にする魔術解放がダーリア王国の秘儀であるなら、継承魔術はトネリコ王国のそれにあたる。
同じ資質を持ち、同程度の才能があれば、そのまま才能を引き継ぐことができる。これによりトネリコ王国は高いレベルの魔術師を代々維持し続けてきた。
が、これは便利な魔術というより使い勝手の極めて悪い魔術だった。失敗が多く、失敗した場合は魔術師として機能不全になるのだ。
そんな継承魔術を使うことを提案したのは祖母ミレイヌだ。
彼女がなぜそれを提案したのか、真意はわからない。ずっと嘘をついていたことに罪悪感があったか、己の積み上げた才能が消えることを恐れたのか、ただはっきりしているのは、ミレイにはミレイヌの才能を受け止める器があると確信していたこと。
そして、ミレイは祖母のミレイヌの才能をそのまま継承した。
継承成功後、魔術をろくに知らない少女がすべてのトネリコ王国の魔術師を抜き去り最強の称号を得た。
それと同時期に起きたのがユナの昏睡事故だ。
その時からディンは魔術師に対しての見方を変えた。魔術師を嫌い、否定的な目で見るようになった。もちろんディンはありのままの自分を受け入れてくれると信じていたが、時と場合を考えるべきだとミレイは考えた。
「私の名前は一旦伏せてもらえませんか? ただ祖母の魔術を継承しただけで、ふさわしい実績も何もありません」
その結果、生まれたのがナナシという魔術師だ。
結局その秘密を言い出せず、現在に至る。
秘密を隠していた後ろめたさが会えなくなる時間に比例して湧いてくるが、今はその感情を呑み込み、やるべきことに集中する。
(行方不明から相当時間が経ってる。こうなると生存率は……)
わずかによぎるマイナスの思考をミレイは首を振って振り払う。
「絶対に生きてる。ありのままの私、見せるって決めたんだから!」
「あれだ! あの女だ!」
後ろが急に騒がしい。振り返ると、マフィアたちが追ってきていた。
大通りを覆うほどの数を引き連れ、全員が魔道具を持っていた。
すでに取り囲まれている状況だ。
だが、ミレイはそれだけの数のマフィアを見ても、眉一つ動かさない。
つまらないものを見るような目でその光景を見る。
「騒がしくなればなるほど……ディンにも届くかな」
ミレイは右手をゆっくり上げる。
舞い上がる蝶たちはその手に止まるようにゆらめいて近づき、竜巻のように空へうねっていく。
トネリコ王国でそれを知らない者はいない。
トネリコ王国の国旗にも描かれるそれ。
伝説の魔術師ミレイヌ・ネーションが使うそれ。
現存する魔術の中で最も気品があり美しいと言われるそれ。
ミレイは空に唱える。
――蝶魔術
この日、アルメニーア最大のマフィアが裏社会の勢力図から消えた。
4章完。ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
新たにブクマや評価してくれた方々にも感謝です。素直にうれしいです。
5章はほぼできてるんですが、推敲に余裕を持たせたいので週に3,4回投稿していく予定です。
 




