第69話 なんでマフィアに領土を与えてるの?
翌朝、魔術師団本部のとある作戦会議室にシーザと共に向かう。
扉を開けると、すでにほとんどのメンバーは集まっていた。
六天花、ベンジャ、そして見覚えのない二人。
その二人はこちらに気づくとすぐに近づき、手を差し伸べた。
「はじめまして、私はトネリコ王国魔術師団のニコラと申します。そして、隣にいるのが――」
「ソフィです。ユナ様。それに、シーザ様。お会いできて光栄です」
それぞれと握手をかわし、挨拶をする。
ニコラは佇まいから品を感じ、属性が貴族であるのがなんとなく察せられた。
黒髪を綺麗に刈り上げ、高身長でさわやかな印象を受ける。鎧の防具を身につけ大剣を背に抱えており、魔術師というより騎士に見えた。
一方のソフィは、長い銀髪のロングヘアが特徴的で、おっとりした雰囲気の女性だ。白ローブを羽織りこちらはいかにも魔術師の恰好をしていた。
二人とも二十代中盤といったところか。
「ナナシっていう方は?」
「彼女はのっぴきならない優先事があって、今回は同行しない。アルメニーアの方で魔族の巣を探す調査に協力することになっていて、すでに到着済みだ」
「ちょっとあの子暴走気味のところがありますから。っていうか、ユナちゃんは知らないの?」
「ん? どういうことです?」
ニコラとソフィは顔を合わせ、シーザとも意味深な視線をかわす。
「まあ、ナナシがいなくても大丈夫だから」
「ソフィさんが代わりってことですか?」
「んー。代わりではないよ。私は戦闘要員じゃないから」
「だが、今回の件で一番重要な人間だ」
そう言って部屋に入ってきたのはジョエルだ。
「皆も知る通り、ゼゼ様は聖域の調整のため不在だ。伝言は預かっているが、今回の遠征は主に私の指示に従ってもらうことになる」
トネリコ王国の二人は即座に背筋を伸ばし、そろって「はい」と声をあげる。
二人だけだが一糸乱れぬ姿に、規律と調和を感じる。
「トネリコ王国の魔術師団は騎士団と組んで戦うのが基本。前衛が騎士、後衛が魔術師って決まってんの。昔の冒険者パーティの構成と一緒だな。だから、組織として統率された動きってのはかなり重要なんだ。ゼゼ魔術師団とは大違いだな」
シーザは素直な感想を口にする。
トネリコ王国の魔術師団は何よりも規律を重んじ、そこから才能を育てる。ゼゼ魔術師団は規律より個人の才能を伸ばすことを重視してるという違いだろうか。
どちらがいいかディンにはわからないが、タンタンのような尖った才能を殺さないようにする分、ゼゼ魔術師団はまとまりに欠ける印象がある。
四列並んだ長テーブルにそれぞれ自由に座り、ジョエルが前に立ち説明を始める。
「全員知ってると思うけど、もう一度確認しよう。向かうのは北部オキリス。その中の不可侵領域と言われる最北の街、カビオサだ。ここの本格的な調査が今回の目的になる。ただ少々事情が入り組んでいてね、あの場所に立ち入りできる期限は一週間だけだ」
「一週間で魔族の巣を探して、狩るってできるのかなぁ。しかもたった十人って少なすぎません?」
誰も口に出さない質問をぶつけたのはタンタンだ。
「今回調査するのは最北の街、カビオサのみだ。オキリスの一割程度の広さだから、なんとかなるだろう」
「そもそもなんでカビオサって不可侵領域と呼ばれてるんです?」
全員がタンタンを見て唖然とする。
(こいつ、一般教養もないんだな)
「カビオサは、マフィアが管理している領地なんです。暗黙の了解でフリップ家が土地の一部を実質譲渡してるんですよ。名目上はオキリスだけど、実質オキリスでない領域ってところです」
ディンの説明にタンタンは驚きの声をあげる。
「えっ! なんでマフィアに領土を与えてるの?」
「そりゃ昔、魔族と戦った時に彼らが貢献したからです。武装集団ってところですね」
魔石が発見される前、北部オキリスは土地だけは広く、寒くて何もなかった。
手を貸す旨味が少ない。そう思われていたため、王族や周囲の貴族も放置しがちの場所だった。
ゆえに魔獣の大量発生に正規の軍だけで追いつかないことが多々あり、その時頼ったのが、オキリスにきた流れ者やならず者たち。
フリップ家は彼らに一定の権限を与えることで、武力として扱うことを決めた。
「ちなみにカビオサにもカホチ山脈は連なっており、魔石がとれます。その権利を有しているのは北極というマフィアです」
全体の約十三%ながら魔石採掘の権利を持つ北極は、瞬く間にダーリア王国最大のマフィアとなった。そして、カビオサへの軍の介入を彼らは許さない。
ゆえに最北端の街、カビオサはいつしかこう言われる。
――不可侵領域
「カビオサは魔術師団もないし、犯罪率も極めて高く無法地帯も多い。確かに魔族の巣の調査なんていちいちしてないでしょうね」
本来、魔族の巣がないか調査するのは義務だ。定期的に探知魔術の魔道具を使い、街だけでなく広大な範囲を調査する。オキリスも当然実施しているはずだが、オキリスであってオキリスでない最北の街はそれに該当しない。
「調査にはお金がかかるから、都市部郊外はずっと放置されていてもおかしくはない」
もっとも魔族の巣を放置して被害を延々と拡大させるほどカビオサのマフィアも馬鹿ではないので、相応に対処はしているはずだ。が、魔人の巣がひっそりとできている可能性は十分ある。
ジョエルはゆっくり全員と視線を合わせる。
「カビオサへの遠征はここにいるフローティア以外の面々だ。フローティアはアルメニーア周辺で魔族の巣の調査をしてもらう」
フローティアは去年、北部オキリスの任務中、公共施設を一区画吹き飛ばしたので出禁らしい。ぎりぎりまで交渉していたそうだが、結局こちら側が折れた形だ。あらかじめ聞いていたので知っていたが、行く気満々だったであろうフローティアは未だ不満気な表情だ。
「大丈夫、代わりのものは連れてきている」
そう言って、シーザとベンジャに視線を移す。
シーザは回復魔術の使い手であり、すべての魔人と相対した経験があるので、今回ユナの従者ではなく正式に遠征メンバーとして選ばれた。
そして、元魔術師団序列一番のベンジャ。実力は知らないが、フローティアの代わりとしては申し分ないだろう。
二人を簡単に紹介した後、ジョエルはトネリコ王国出身の二人を見る。
「あらかじめ言うが、二人にはきつい部分を担当してもらうことになる」
「私たちは与えられた仕事をこなすだけです」
ソフィは不満の色を一切出さず、そう答える。
「ダーリア王国の魔術師の方々にはこれまでトネリコ王国へ多くの救援に応えていただきました。今回、少しでもその恩を返せればと思っています」
そう言ってニコラは一礼する。
「ただ一つあらかじめ伺っておきたいことがあります」
「なんだね?」
「近年、ダーリア王国で増幅魔術の使用は禁止となったそうですが、私を呼んだということは問題ないということですね?」
その言葉でニコラが増幅魔術の使い手だと理解する。
「緊急事態において多くの民を救うためあらゆる手を行使することは禁止されていない」
(回りくどいな)
平和になったゆえに強力な魔術使用ルールが厳格化されるのは、結局魔術師の手足を縛るだけであり、闘技場の時のような脅威が起きた場合、利を得るのは魔族側だ。
最近になってそれを理解したが、自分も今まで魔術使用ルールの厳格化に対して肯定的な考えを持っていたので、あまり偉そうなことは言えない。
「最後にユナ」
ジョエルに呼ばれて思わず飛び跳ねる。
「はい」
「心情的には兄の捜索が最優先だろうが、こちらに残らなくていいんだね?」
何度となくジョエルから問いかけられた質問だ。
「心配ですが、人探しで役立てることは少ないので。自分の能力を生かせる場所で役に立ちたいのです。きっとそれが兄の望んでいることです」
こうしてカビオサに行く魔術師の人員が確定した。
六天花の中でユナ、アイリス、ルゥ、タンタン、アランの五人。
回復要因であるシーザとジョエル。
助っ人のベンジャとトネリコ王国出身の魔術師ニコラとソフィ。
出入り許可された人員ぴったり十名だ。
ディンは容疑者三人の顔をそれぞれ見る。
アイリス、タンタン、アラン。
(この任務で必ずロキドスを見極める)
心の中で固く決意した。
 




