第64話 魔王討伐以来だな
魔術師団本部の屋上にゼゼは立っていた。
「ふん。ルゥのやつ。我慢できんかったか」
「問題なさそうですか?」
隣にいるジョエルは様子がわからないのでゼゼに聞くしかない。
「二人でじゃれ合ってただけだ。戦って序列一番の本質を見極めたかったんだろう。ルゥは私と似てるところがあるからな」
ジョエルはやや呆れた表情に変わる。
「これでタンタンが喧嘩を売られたのは……ほぼ全員ではないですか?」
「ああ。現時点の六天花でユナ以外は全員タンタンに戦いを挑んでいる」
「……」
ジョエルは他にもたくさんの熟練魔術師がタンタンに戦いを挑んでいることを知っている。タンタンが序列一番だと認められない人間が大量にいる事実に驚くが、全員をことごとく返り討ちにしている事実も見逃せない。
タンタンは実力のみで現在の地位に立っている。
「私としてはアランのような男を一番に置くべきかと……形だけでも据えれば、魔術師団としては非常にきれいにまとまると思うのですが?」
「魔術師は統率された兵とは違う。ここぞという時に頼れるのは己の力のみ。私が序列一番に据える条件は負けない人間だ」
ジョエルはそれ以上反論しない。
ただ圧倒的な強さを誇るゼゼの弱点を垣間見ていた。
(この人は能力主義に比を置きすぎて、集団をまとめるという力が欠如している)
六天花は確かに才能に秀でた人間の集まりであるが、明らかに構成としていびつだ。まず第一に若すぎる。無論、増幅魔術が禁止になったことにより、使い手が引退し、面子が刷新した影響もある。
が、それを差し引いても組織より個を重んじる人間が多いのも問題だ。タンタンは当然ながら、アイリスも自由奔放だし、ユナも正直怪しい。ルゥは任務を忠実にこなすが、ずっと個人で動いてきたので組織の中で協調できるかわからない。
フローティアは協調できるし実力も申し分ないが、頭が妙に固く柔軟性に欠ける点が多々みられる。全体のバランスを調整し、うまくまとめられる人間と言えばアランくらいだ。
昔なら魔王討伐という共有の目的の元、ある程度自然とまとまる素地はあったが、今はそういう雰囲気もない。全員それぞれ違う方向を見ていることを良しとしているような空気にジョエルは一抹の不安を覚える。
(これが裏目に出なければいいが)
ジョエルとしてはそう願うしかない。
「ジョエル。六天花の中にいる裏切り者についてだ。まだ質問に答えてもらってなかったな?」
「私としては判断がつきません。非常に難しい問題です」
「うむ。私と同じ意見だ。ならば、何も考えずカビオサへ投入するしかない」
「カビオサだとゼゼ様の領域外となります」
魔道具「鷹の眼」は空から対象物を見下ろすことができるものだが、距離の制限がある。アルメニーアでは距離的に問題ないが、カビオサだと完全に範囲外だ。
「それを計算して本性を出すかもしれん。どちらにしろ動かすしかない。お前が同行して全員をつぶさに観察しろ」
あまりの雑さに口を挟まずにいられない。
「考え直しを要求します。私は回復に特化していますが、何かあった時、止めることはできません」
ゼゼは沈黙してジョエルの方を見る。
ジョエルはその眼の奥にある真意を悟り、ぞっとする。
(まさか……何か起きることを期待しているのか)
長い付き合いでジョエルは気づいたことがある。口に出さないが、ゼゼは兵の損耗というのをあまり気にしない傾向がある。長命種たるエルフは多くの死を見届けるため、死に対し鈍感になるせいかもしれない。
多少の犠牲は覚悟の上で強引にでも目的を達成させる。
それがゼゼのやり方だ。
「代えの利かない人材というのも魔術師団にはいます」
「わかってる」
「では、せめてユナやアイリスは外すべきでは? 彼女たちを万が一でも失うのはあまりにも……」
「手元に置いておきたいが、北部オキリス……特にカビオサの街では二人の属性は役に立つから仕方ない」
アイリスはフリップ辺境伯の娘であり、ユナは勇者の孫。勇者神話が根強い北部オキリスでは魔術師団より勇者エルマーの方が圧倒的な人気がある。
最北の街、カビオサは無法地帯であるので、力とは別の影響を持つ二人は極めて貴重な存在だ。
「だとしても」
「安心しろ。そこも含めてちゃんと考えている」
ジョエルは半信半疑の眼を露骨に向ける。
「アルメニーアの方もまだ調査中の段階で魔人が出ないとも限りません。そちらにも戦力を注ぐ必要があるのですよ。現状、数が足りなくなるのでは?」
「ああ。だから、トネリコ王国から魔術師を借りる要請はすでにしている」
「そうでしょうな」
魔術師団にもまだ優秀な人材は多くいるが、対魔人では火力不足がはっきりした。となると、やはり現在も魔族たちと戦う彼らの力が必要になるのは必須だ。
「にしてもトネリコ王国への支援要請ですか……」
「魔王討伐以来だな」
ジョエルはずっと停滞していた何かが急に動き始めたような、嫌な予感だけは感じ取っていた。
北部オキリスにある最北の街、カビオサはダーリア王国最大のマフィアである北極が牛耳る街。北極は魔術師団という特殊な集団の立ち入りに制限を入れた。
その街への出入りを許可する魔術師の定員はたった十名で、魔族の巣の調査期限は一週間のみ。
第一王子ライオネル・ローズからその報告を受け、魔術師界の伝説であるゼゼ・ストレチアは隣国へ異例の応援を要請。
魔王討伐でも協力した友好国トネリコ王国へ五十二年ぶりの応援要請だった。
それに応えるべく、トネリコ王国は考えうる最強戦力を送る。
トネリコ王国序列一番の魔術師、ナナシ。序列二番の二コラ。
そして、元魔術師団序列一番であるベンジャの借り受けをライオネル王子へ要請し、翌日受諾。
カビオサ遠征に向けて、魔術師界最高の才能たちが、ゼゼ魔術師団に結集する。




