第63話 認める。あなたは人を苛立たせる天才
ルゥはタンタンという人間についてあらかじめおおまかな情報を仕入れていた。
不動のタンタン。性格は気まぐれ、任務はこなすが、協調性はなく問題発言も平気で口にする。周囲から嫌われており、人望はほぼない。
が、基本的な魔力の扱いは天性の才能を持ち、魔力制御で右に出る者はいない。主に魔力制御のみで戦い、魔力を練りこみあらゆる武器の形に変える。
他に手の内を隠しているのかと思ったが、タンタンは他の訓練を怠っており、ほとんどの事はできないらしい。
特級詠唱魔術や魔術印の理解もしておらず、魔術覚醒も当然できない。
できることは最初に皆が学ぶ初歩中の初歩である魔力制御のみ。
身体にまとう特殊な質の魔力を自在に変形させて戦うだけだ。
言ってみれば、それは本能で魔力を扱う魔獣のそれに近い。
十を超す大量の影の分身がタンタンの四方に現れる。
「あのさぁ。公共物壊した時は、君が全部弁償してよね」
「構えも思考も隙だらけ。やっぱり理解できない」
「何――」
言いかけたタンタンはその体勢で固まる。
「影刺し」
十を超える影の針でタンタンの影を刺し、動きを完全に止める。
「はい。終わり」
動けないタンタンに一気に襲い掛かるルゥの分身。が、鞭のようにしなる大鎌でまとめて分身は一刀両断される。
魔力でできた大鎌は即座に複数の手の形に変わり、影刺しもあっという間に抜いていく。
「ふぅ。なんか息止まったぁ」
影から半身のみ姿を出し、ルゥはタンタンの正面に現れる。
(動きを止めたのに、魔力を変形して動かした?)
できないことはないが、ここまで自在に動かす人間は見たことがなかった。
「器用なのは認める」
一刀両断された影はそのまま再び影の分身となり数が二倍になる。
夜の路地裏は影のみで満たされる世界。魔力消費ロスもほぼなく無尽蔵に影の分身を生成できる。
が、目的はタンタンとの間に影の分身を置いて、動線を切ること。襲いくる影をタンタンがなぎ倒している間にルゥは両手を合わせて詠唱を始める。
特級詠唱魔術。
魔術印はすでに見えない影の中に描いている。
あと少しで詠唱が終わるところで地面から手の形をしたものが襲ってきてルゥはバックステップで避ける。
「ちっ」
「特級詠唱魔術は初見殺しが多いから詠唱させないことが重要だよね」
「今の……詠唱してるの見えた?」
「いや。なんとなくだよ」
(勘もいい。想像以上に戦い慣れている)
セツナとして裏で暗躍していたルゥは、表の魔術師以上に戦いに明け暮れている。
隠密における対人戦やトネリコ王国に駆り出されての魔獣狩り。
時に表の仕事として重要人物の護衛もこなす。
セツナとして多くの任務を経験し、あらゆる外敵と対峙した経験から目の前の相手は異端ながら、手練れだと確信が持てた。
「見解を変える」
ルゥは右腕から剣のような長い針を持ち、正面からタンタンへ斬りこむ。
タンタンの立つ地面から魔力が逆さ滝のように一気に吹き上がる。タンタンはそれに乗って上昇し、建物の屋根へ飛び移った。
「場所を変えるのも重要だ。これが時に勝敗の肝になるからね」
すぐさまルゥは影となり上へ移動。
影分身をタンタンの正面へ立たせて攻撃を仕掛けている間にタンタンの影へ移動する。タンタンの影への影移動は背後を取ったことを意味する。
が、なぜか影から実体化できない。粘着性のある魔力で影に蓋をされていると気づいた時には遅かった。
「振り下ろしキック!」
わずかな影の違和感を察知したのかタンタンは自分の影を思い切り蹴りつけた。
「くっ」
ルゥの影移動は実体と影が一体となっており、影への衝撃は実体に伝わる。魔壁による防御もできないので、生身の身体を蹴られたのと同じだ。
「おっ! 効いた! これって僕の勝ち?」
「まだまだこれから」
正面で実体化しパチンとルゥが指を鳴らすと、影ある場所から続々と影の分身が現れタンタンを襲う。それをつまらなそうな表情でまとめて鎌でいなしていると、突如すぐ下の屋根裏から衝撃音。
「ん?」
地面を見ると、屋根を突き破った影の手がタンタンの両足を掴んでいた。その影は屋根裏を食い破り、タンタンを引きずりこむ。
「ちょー! 建物壊すの禁止だって!」
「空き家だったから問題ない」
両足を掴まれたタンタンの背後にルゥはまわりこんでいた。
凝縮した魔力がルゥの手元に集まる。
「暗黒弾」
解き放たれた魔力の塊だが、タンタンはノールックで魔壁を展開しガード。
「そういう問題じゃないって!」
叫ぶタンタンの正面に四体の影分身。そして、後方にも四体。
タンタンの四方を囲う形で全員一斉にタンタンに突っ込んでくる。
「ああ。お前か」
そのうちの一体へ強力な魔力の形をしたパンチが地面から伸びて腹部を捉える。
「なっ……」
見事に本体のルゥを捉え、ルゥは後方へ吹き飛んだ。
「ほい。二勝目」
ルゥは即座に起き上がるも追撃はこず、暢気にタンタンは満面の笑みを見せる。
「ダメージは全然受けてない。実質0対0」
「そりゃ、女子に気を遣ったからじゃーん」
相変わらず緊張感のない回答。めったなことでぶれない感情がじわりとルゥの中から沸き上がる。
それと同時に頭も冴えわたる。
初見のはずなのに、手の内をあっさり見破られる。戦いの中で感じた勘だけで説明できない違和感。
それへの解は一つ。
「あなたはもしかして探知魔術の使い手?」
「おっ? わかったんだ? 君、優秀だねぇ。名前を覚えておくよ」
さらりと言うが、ルゥは驚きを隠せない。
探知魔術の使い手は細かな魔力の探知を得意とする。
四方に自分の魔力を霧のように薄く広く離散させ、魔力のある外敵を即座に探知する。
主に魔族の巣を探すのに非常に有効だが、この魔術の使い手は自分の魔力を圧縮して練り込むのが例外なく苦手で、初歩である魔弾すら撃てないのが普通だ。
ゆえに戦闘に参加する魔術師はおらず、主な役割は後方支援となる。
「僕は、探知魔術の使い手の中で唯一の例外らしい。少なくともゼゼちゃんが生きてるうちでははじめての例なんだって!」
満面の笑みで答える。それは魔術師団内でもほとんど知られてない事実だった。
(ゼゼ様が異端の才能といってたのはこういうことか)
「まあ、探知魔術といっても半径百歩分くらいが限界なんだ。一流は十倍近く先を探知できるから僕の探知はおまけみたいなものさ」
「性格だけじゃなく魔術も自己中心的なんだ」
ルゥはぽつりとつぶやく。
「でも、ルゥちゃんには負けるよ」
「いきなり何?」
「ルゥちゃんってなんかねちねちして暗いじゃん? そのイメージと魔術の能力がぴったりだ! 完璧にはまってるよ」
褒めたたえるように言い、タンタンは無邪気に笑う。その表情に悪気は一切感じられない。だからこそ、余計に性質が悪い。
タンタンという人間は異端だ。人としてあらゆる能力が欠如している。代わりに持つのは己の周囲を取り巻く外敵を取り除くことのみ。
そう分析して割り切ろうとしても、ルゥにとってめったに起きない感情が沸き上がる。戦いにおいてもノイズになりえるその感情。
怒りに近いイラつき。
(この男を前にすると抑え込めなくなる)
「認める。あなたは人を苛立たせる天才」
すべての影を戻し、ルゥは構える。
「目にもの見せてやる」
ぼそりとつぶやく。と同時に濃厚な魔力が幾重の束となり、ルゥに引き寄せられていく。
「魔術覚せ――」
ルゥは空からの異変を察知し即座に動きを止める。それはタンタンも同じだ。
相対する二人が一瞬で同じ方向に首を向けた。
強力な魔力の塊が飛んでくるという認識した瞬間、着弾。
「うおおおぉお! やべっやべっやべっ!」
もっともその魔弾が着弾したのはタンタンのみ。
魔壁で展開して全力ガードするも、二発、三発、四発ととめどなく飛ぶ死の弾にガードがどんどん剥がれていく。
最後の魔弾をなんとかタンタンは受け止めるが、そのまま衝撃で隣の屋根まで吹き飛ばされた。
「ゼゼ様……」
魔術師団同士の街中での喧嘩はご法度。
王都であるゼゼの領域でいかなるものも例外は許されない。
「半端だけど、これ以上はゼゼ様が怒る。だから私は帰る」
ルゥは倒れ込むタンタンに向かってぼそりと言い放ち、足早に屋根から屋根へ跳躍して離れていく。
「ちょい! ルゥさん! ちゃんと壊した屋根弁償してよね! あと、いきなりなんで攻撃してきたの!」
上半身を起こして、叫ぶも返答はなかった。




