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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第四章 六天花 成り上がり編
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第58話 これは世界史上初の観光ダンジョンだよ

 六天花とは地位ではなく名声に近い。最強の魔術師ゼゼに認められたという意味合いが強く、魔術師団内の立場が劇的に向上したわけではなかった。


 与えられたものは、特別な場所へ行ける転移カードとゼゼからの特別な魔術、そして組織内での裁量権だ。裁量権とは己の才能を磨き、魔術の研究をするための時間に多く割けるという名目で、通常任務に就く義務がなかったり、任務時間の調整が行えるというものだ。


 もっともアランやフローティア、アイリスは組織の任務を淡々とこなしており、裁量権の行使はしていない。

 意外にもタンタンも同じで、エリィやセツナのような特殊な立場のみに与えられた権利といえる。


「露骨に裁量権を使わない方がいいぞ。今回の六天花入り……魔術師団内でかなりやっかまれているみたいだからな」


 シーザの忠告を素直に受け取る。今回、ディンは目的達成のため、かなり強引な手を使った。今後のユナの立場を守るためにも、しばらくはおとなしくする予定だった。


 が、シーザと共にディンは王都の見回り任務に就くことになり、わずかばかりの裁量権を使うことを決めた。

 それはひとえに目的の人物と同じ任務に就くためだ。

 朝、昼、夕、夜と決まった時間に見回りする任務で、ディンとシーザは昼のみ決まった一区間をするよう調整してもらった。


 基本下っ端がやる仕事だが、魔獣討伐部隊が大きな遠征前の待機任務としてよくやる仕事でもあった。ゆえにそれに選抜されている人間とは任務が重なる。

 アイリス、ルゥとも初日と二日目に一緒になり、三日目に目的の人間と見回りが重なる。


 フローティア・ドビュッシー。

 本来、見回りなどしない立場の人間なので、フローティアが見回りをすることで近いうちに大きな遠征任務があると皆が察する。


 ディンが受け持つ区画は王都の広場や名物通りとなっている市場がある。広場は中心部であり市場では新鮮な野菜や果物などあらゆる食品が売られ、どちらも人が活発に往来していた。


 小さなトラブルは絶えず、見回りがよくされる区画だ。

 凛とした佇まいで隣を歩くフローティアはどこか超然としており、男たちの視線が自然と吸い寄せられる。隣にいるディンもその一人である。


「どうかした?」

「いや……逆にトラブルの元になりそうだなと」


 無謀という言葉を知らない男たちから多くの声をかけられてきたことを想像できる。そんな美しい横顔を見ながら、市場を闊歩かっぽした。

 見回りはあっさり終わり、ディンはとある店に誘った。


「まだ任務は終わってないからお店に入るのは……」

「お兄ちゃんがたまに寄ってた店なの」


 見回りはディン・ロマンピーチ捜索も兼ねており、妹のユナに言われると反論できずフローティアは渋々承諾する。そして、いないのを確認してから流れるように二人はテーブルに着いた。


「あんまりこういうのは良くないんだけど……まだ任務は残っているし」

「まあ、まあ。息抜きも大事だよ。ここからなら街を見下ろせるしね」


 二人がいるのは三階のテラス席だ。そこから先ほど歩いてきた市場や広場が一望できる。主に貴族が利用する高級店でディンは手慣れた様子で二人分の注文をした。

 一貫して渋い表情だったフローティアの表情が変わったのは注文したお皿がテーブルに置かれた時だ。


「これは?」

「アイスクレープだよ。おいしいよ?」


 熱々のクレープの上にアイスと色とりどりのフルーツが乗り、ブルーベリーソースがかかった人気の一品。フローティアは恐る恐る一口頬張ると、表情を思わず緩ませた。


 魔道具の量産化は、食の発展にも寄与していた。ひと昔前はそれぞれの店で食材を保存する氷室というものはなかったが、氷結魔術の魔道具により今ではほとんどの店に氷室はある。


 といっても氷結魔術の使い手は案外少なく、魔道具はかなり貴重な部類にあたるので、各家庭に流通するにはまだ時間がかかると言われている。

 一口食べて、コップに注がれた葡萄の果汁を飲む。


「んー、おいしい」


 ふとフローティアの方を見ると、すでにお皿の上にあったクレープが綺麗に消えていた。


「はやっ!!」


 フローティアと目が合うと、少し頬を赤らめる。


「まあまあかな」


 そう言いつつ、フローティアはメニュー表の方を物欲しげな眼でじっと眺めている。


「おいしかったなら、もう一つ頼めば?」


 少しの間、静寂に包まれる。ディンは色々と察して店員に同じものを注文した。


「私、大食いってわけじゃないから! 甘いものに目がないってだけ」


 言い訳がましい言葉を並べつつ、結局フローティアはアイスクレープを三人前平らげた。





 テーブルの上にあるお皿がお互い綺麗になったタイミングでディンは切り出す。


「フローティアは魔力制御が苦手なんだ?」

「うん。そうね。はっきりと苦手の部類に入ると思う」


 フローティアは魔術師としてあらゆる部分が突出して優れている。その中で唯一下手だと言われているのが魔力制御だ。


 対魔獣より対人との戦いが多い現代において魔力制御は極めて重要な要素だ。王都のような街中での戦いで、関係ない民衆を巻き込むことは何があっても許されない。特にフローティアは膨大な範囲で風を巻き起こすので色々なものをたびたび破壊していた。 


「対人部隊の訓練にも参加したんだけど、敵を前にして魔術を放出するとどうしても力んじゃうの」


 フローティアの実戦は見たことがなかったが、訓練でたびたび似たような場面は目撃していた。ディンも被害者になったことがある。


「街中だと魔力を制限しないと駄目だからね。人の密集地帯だと私の方が上だね」

「そう思う」

「ならさ、僭越せんえつながら私が助言しようか? 私、魔力制御は得意だから」

「本当に?」


 フローティアはほんの少し前のめりになった。年下の人間に自分から教えを乞えなかっただけで、本当は助言が欲しかったのだろう。


「タンタンは魔力を身体の一部と捉えてるんだって。多分人それぞれイメージは違うと思う。私の場合は、身体じゃなくて身につけてる装備品かな」

「装備品?」

「うん。イメージだけどね。私の中ではあくまで外付けのものって感じ」


 その後、自分のおおまかな魔力制御のイメージをフローティアに説明した。

 フローティアの参考になったのかわからないが、フローティアはそれなりに満足気な表情を見せた。


「ありがとう。色々試したいことができた」

「全然いいよ。フローティアにはお世話になってるし。そういえばおじいちゃんからロキドスとの戦いを聞いたことあるんだけど、意外に知られてない事実があるんだ」


 頬杖をつきながらディンは何気なく話題を振る。


「魔王ロキドスはあらゆる魔術が使えて、圧倒的魔力の持ち主。当然魔人の中でも突き抜けて最強だったんだけど、一つ大きい欠点があったんだって」


 ディンは一呼吸置いて続ける。


「魔力制御」


 自然と間が空いた。


「フローティアみたいだね」

「……どうかな」


 唐突に投げた牽制の言葉だが、フローティアは表情を変えない。


「そう言えばシーザ様は? 胸ポケットにいると思ったら、いなくなってない?」

「あれれ? そういえばどこ行ったんだろ?」


「盗人だぁ!」


 活気ある市場から一際大きい叫び声。テラス席から見下ろすと人の波を掻き分けて仮面をかぶった人間が見えた。


「ユナ行こう!」

「待って。フローティアはなるべく魔術を使わず降りて。他の人を巻き込んだら駄目だから。盗人は私が追跡する」

「ユナ。あなたが指示するのは――」

「人の密集地帯だと私の方が上だって、さっき自分で認めたじゃない? 私が動きやすいようにバックアップしてくれた方が最小の被害で捕まえられる確率が上がる。でしょ?」


 言質をあらかじめ取ったことで反論しずらかったのかフローティアは言い淀む。


「で……でも、そもそも立場上、私が指示を出すのは当然だし」

「もちろん任務よりフローティアのプライドを優先するなら私は素直に従うよ。今すぐ決めて」


 棘のある言い方と有無を言わせぬ眼圧にフローティアはたじろぐ。


「信じてくれてありがとう、フローティア。じゃあすぐ階段で降りて!」


 ディンは答える間も与えず、三階のテラス席から飛び降りた。路上に接地する瞬間に反発を使い、衝撃ゼロで着地。そのまま仮面の盗人を追う。





 一方のフローティアは戸惑いながらも、テーブルにお金を置いて、全力で階段を駆け下りた。建物を出たタイミングで「フローティア!」という大声が聞こえ、その方向へ全力で駆ける。

 自分の身体を浮かせる舞風をほんの少し使いつつ、人混みをかき分けて進むが、出せる速度は限られており、案の定、十字路でフローティアは見失う。


「フローティア!」


 そこに立っていたのはシーザだった。


「来い! フローティア! ユナはあっちに走っていったぞ!」

「シーザ様がなぜこんな場所に?」

「さぼりに関していちいち問い詰めるな」


 シーザは即座に駆け出し、フローティアはその背中についていく。




 商業区を抜けて、大きな公園の手前でディンはフローティアを待っていた。


「こっちこっち!」

「ユナ! スリは?」

「遠目でここに入っていくのを確認できた!」


 ディンはフローティアにそれを指さす。が、フローティアはそれが何なのかピンと来てないようで少しの間、固まっていた。

 ゲートの先に地下へ続く階段がある大きな穴。初見で何かわかるものはいないだろう。


「なにこれ? 王都にこんな怪しい場所……」

「これは世界史上初の観光ダンジョンだよ」

「……ん?」

「今は亡き勇者エルマーが攻略した伝説のダンジョンを忠実に完全再現! 今を生きる人たちに体感してもらうべくお兄ちゃんが完全監修! ここに入れば、五十二年前命を賭して戦った緊張と臨場感を体験できます! 近日オープン予定!」

「ああ。ディンの……商売なんだ」


 フローティアは複雑な表情で固まる。


「中は全部で五層。お散歩感覚で気軽にまわれるようになってるの。ライト層も意識して観光しやすさを重視してるんだね。だから、そこまで広くはない」

「本当に忠実に再現したの!?」


 フローティアの疑惑にディンは一切答えず話を進める。

 ディンはゲートをくぐり、穴の前で結界の確認をするふりをする。


「簡易結界が破られてるね。スリはやっぱりこの中だ」


 自分で破った自作自演だが、フローティアは信じたようで顔を引き締める。


「追い込んだのなら、一旦応援を」

「駄目! 私たちはこのまま進みます!」

「ユナ!? それはいくら何でも駄目だよ」

「フローティアは何もわかってないね」


 急に冷めた言葉を吐き、フローティアは戸惑いの表情を浮かべる。


「ここは王宮区画街と商業区が重なった場所。応援を呼ぶということは戦士団にも知らせる義務がある。手柄は全部魔術師団じゃなくそっちに持っていかれるよ」


 王宮区画の近くは王都戦士団の担当である。その補助役として魔術師団は王都の警備に携わっており、王宮区画にスリが逃げ込むとなれば管轄は当然彼らのものとなる。


「でも、確実に捕らえる必要がある」

「ここまで追い込んで手柄をわざわざ与えるなんて馬鹿だよ。そういう馬鹿正直な積み重ねが今、魔術師団の立場を追い込んでいるんだよ?」


 その意見は賛否分かれるが、一理あった。そして、これはフローティアが陰で言われていることでもある。


――フローティアはマニュアル人間すぎて、融通が利かない


 それは本人の耳にも届いているはずで、予想通りユナの口から出ると少し表情を硬くさせた。


「でも、二人だけっていうのは……」

「ここまで追い込んだのが魔人だとしたら、二人だけって理由でフローティアはみすみす逃げるの?」


 ディンの試すような言葉でフローティアは思わずムッとした感情をした。


「だよね!」


 強引に合意を得る。

 本来、フローティアは毅然とした振る舞いで、他の人間に主導権を握られるような人間ではない。が、復帰したばかりのユナに対しては妙に甘く、アルメニーアから戻って以降はゼゼから何か言い含められているのか、とにかく当たりが柔らかい。反論することを躊躇する傾向にあることをディンは気づいていた。


(このダンジョンで、フローティアの中身を暴く)


 失敗できない作戦が始まる。


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