第55話 無理を通せないことはない
プライベートの庭園でユナの回復を祝う昼食会。
皆が笑顔を貼り付け、穏やかな雰囲気であることに変わりないが、明らかに先ほどとは何かが変わっていた。どこかピリピリとした空気で、誰も口を開かない時間が続いている。
それはディンが投げた爆弾のせいであるが、何もわかってない素朴な少女の振りをして、にこにことその場で振る舞う。
(禁止魔術の件を口外されたくはないはず)
幼いユナの口止めだけならどうとでもなるが、王族と距離のあるシーザには「黙っていてください」の一言で終わるわけにはいかず、当然餌が必要となる。
ここで交渉が生まれると睨んだディンの想定通り、ライオネルは如才ない微笑みをシーザの方に向けた。
「ところでシーザさんもお食事はお口に合っただろうか?」
「ええ。振る舞われた食事はすべて絶品でとても気に入りました。これほど豪勢な昼食は人生ではじめてです!」
少し大げさに喜ぶが、企みを忍ばせた口元は消えておらず、場にいる王族たちはじっとシーザに視線を注ぐ。
「うむ。喜んでいただけて何よりだ」
「はい。特にデザートはとても気に入りました。歓談の内容を聞きそびれるほど夢中で食べていましたよ」
わずかに強調した最後の言葉に王族たちは反応する。シーザはデザートの時に出た毒魔術の話題は聞かなかったことにすると暗に示したのだ。当然、これは借りになる。
「何かほかにワインなどの飲み物はいかがかな。欲しいものがあれば遠慮せず言ってくれ」
ライオネルの言葉には借りをいかにして返すべきかの隠喩が込められている。
わずかに間が空く。
「そうですねぇ。では、赤ワインを」
ワインが注がれ、軽い歓談を一つ挟んだ後、シーザは意味深に王妃、第一王女へと視線を移し、最後にライオネルに照準を合わせる。
「そういえば、少々不躾ながら一つ気がかりがありまして」
シーザのさり気ない言葉にライオネルは口角を上げて、応じる。
「何かな?」
「先ほどのカビオサの件。私の耳にも入ってきてましてね。私の長年の勘だが、少々引っかかるものを感じる」
「ほう」
「カビオサは不可侵領域と呼ばれており、王族にとっても難しい場所であることは承知です。が、国の治安のため調査すべきだと私は考えております。なんとか無理を通せないものですかね?」
暗に借りを返せというシーザの要求。
ライオネルは穏やかな表情でシーザを見つめたまま固まる。表情には一切出さないが、頭の中では細かい計算を必死にしているのがよくわかる。
が、どんな理由があれ毒魔術の件を口外されるのはマイナスでしかない。そして、ライオネルという男は失点になることを極めて嫌うということをディンはよく知っていた。
つまり、ライオネルが出す結論はすでに見えている。わずかに間を開けてライオネルは切り出す。
「無理を通せないことはない。ただ魔術師団の方に喫緊の問題を解決するよう指示を出している状況でね。急な方針転換で、彼らから不満が漏れないかな?」
含みを持たせた問いかけ。
「私はゼゼ様と同族であり何だかんだ魔王討伐以前からの付き合いです。最近、魔術師団に出入りできる立場となり、口利きもできるので、いざという時は上手く調整させてもらいますよ」
ライオネルは毒魔術の件が魔術師団から漏れないか確認をし、シーザは自分がうまく口止めできると暗に示した。
お互いの視線が絡み合い、交渉完了。
そんなやり取りをまるで理解してない純朴な目でディンは双方を見ていた。
ライオネルは穏やかな微笑みをあどけない少女に向ける。
「うむ。シーザさんの意見とあらば簡単に無下にできまい。それにユナの言葉は正しい。最優先なのは魔人を討つことだ。損得勘定ばかりして大事なことを忘れるところだったよ」
損得勘定した結果の結論をぬけぬけとディンに言ってのける。
「カビオサの件、なんとかするよ」
何もわかってない純朴な目を向けるふりをしたディンはニコリと笑った。
庭園での昼食会を無事終えた後、ディンは第一王女と王妃にそれぞれ握手をして、丁寧に謝礼をした。
「ユナ。ちょっといい?」
席に座ったままのライオネルは手招きをして、ディンは近づく。
「なんでしょう?」
「自分が事故に遭った時のことは覚えてる?」
「まだ思い出せないんですけど、私がへまをしてしまったと聞いてます」
「そうか……」
ライオネルは少し視線を宙に向けて考え込む。
「ここだけの話だ」
そう言い、わずかに声量を落とす。
「ディンがいなくなった直前、魔術師団の人間と接触していたことがわかっている」
「そうなんですね」
「ディンはユナの事故以来、反魔術師団の活動を陰でしていた。だから、魔術師団にとってはあまり好ましい人間じゃない。いなくなったことは都合がいい」
暗にライオネルは魔術師団に疑いの眼を向けていることをほのめかした。
「つまり兄の失踪に魔術師団が関わっていると?」
「可能性としてあり得る話だ」
ライオネルは一点を見つめたまま言った。
「ユナに魔術の才能があり、その才能を生かす場にいたいというのは理解できる。ただ魔術師団は少々問題があるのも事実なんだ。特にユナは勇者の孫という特別な立ち位置にいる。それを利用しようとする人間がいるかもしれない」
客観的事実をわかりやすく並べて、ユナが魔術師団にいるのは都合が悪いという自分の本音はあえて口にしない。
(ライオネルらしい言い回しだな)
「ライオネル殿下は私の事故の件以来、兄同様、魔術師団をあまり好ましく思ってないみたいですね……原因を作った私がまた魔術師団にいるのは、どうお考えですか?」
ストレートな問いかけにライオネルは微笑みつつも、少し困った表情をわざとらしく作る。
「別に魔術師団を嫌ってるわけじゃないよ。ただユナには単純に危険のある場所にいてほしくないという気持ちはある。エリィのことがあったから猶更だ。ディンだって同じ気持ちだろう」
「かもしれません」
「でもユナがエリィの意志を継ぐという考えなら私からは何も言わない。人の信念を捻じ曲げるのは好きじゃないからね。たださっき言ったこと、常に頭に入れていてほしい」
「肝に銘じておきます」
「うん。どちらにしろディンの無事を祈ってる。あまり騒ぎにならないようディンの捜索はするから」
そこで話は終わった。




