第54話 毒です
その食事会は王宮敷地内にあるプライベート庭園で行われた。すぐそばには噴水と花壇があり、芝生の上に瀟洒な長テーブルを置いて、青空の下で王族たちが対面した席に座る。
本来、公式の食事会は大広間で行うものだが、ディン側の希望により、気兼ねしない形式をとってもらうことになった。ディンがそれを希望したのはシーザになるべくリラックスできる場を与えるためだ。
(ここは形を変えた戦場だ。シーザの役目が重要になる)
シーザの様子をディンはちらりと見るが、何度も深呼吸しており、明らかに緊張していた。
そんな中、第一王子と第一王女、王妃が並ぶ食事会が始まった。
「ここに来るのも久しぶりです。なんだかとても懐かしい。ナディア様とイネス様が三年前と全く変わらないからかな」
ディンはすっかり慣れたユナの喋り方と笑顔で王族たちに臆せず話しかける。
「あらら。そんなうれしいこと言ってくれるようになったのね。私もユナの元気な姿を見られてとてもうれしいわ」
王妃ことナディア・ローズは柔和な笑みを見せる。
「私は三年前よりずっと大人になったと思うけど、あれれ? 子供っぽいってことかな?」
「イネスの意地の悪いところは確かに三年前と変わってないかもな」
ライオネルの指摘で、第一王女のイネスは頬を膨らませ、笑い声が上がる。とても楽しげで穏やかな空間だが、シーザは一人固い表情のまま会話に入ることすらできない。
シーザは置物のように固まりながら、なんとかナイフとフォークをぎこちなく動かし、高級な食材を延々と口に運ぶ。
横に座るユナことディンは、王族たちと笑顔で会話をし、誰よりも明るく振る舞っていた。
庶民がなかなか口にすることのできない宮廷料理がテーブルに続々と並べられる間、全員が空気を読むように穏やかで楽しい話題のみに終始した。
物事には順序があり、喜ぶべきことは喜び、悲しむべき時は悲しむ。
病床に伏す国王、第二王女の死、ディン・ロマンピーチの行方不明と暗い話題が多いが、今は純粋に目を覚ましたユナを祝うべき時。
王族たちの阿吽の呼吸に合わせるようにディンは微笑み、王族の三人も穏やかな笑みを絶やさない。時折、四人が気を遣いシーザにも話を振るので、固いままであるがシーザも徐々に緊張はほぐれていった。
すべての食事を平らげ、デザートが並べられた時、ぽつりとディンが一言つぶやく。
「エリィ殿下もこの場にいればどんなによかったか……」
その言葉で場の空気は変わる。
楽しい話ばかりではなく、涙を流しながらしないといけない話がある。
自然とエリィを知る者たちはエリィの思い出話に花を咲かせる。
感情が極まったのか涙を流したのは王妃であるナディア。
「なぜこの平和な時代に私の娘が最前線に……」
「ここだけの話、魔術師団の編成に問題があったと思う。街の外にいる魔獣に気をとられて、オークションの警備が薄かったのよ」
第一王女イネスも感情を吐き出すようにまくしたてる。
誰も予想していなかった事態なので編成の問題ではなかったと思われるが、ディンは空気を読んで指摘しない。シーザも当然、何も言わない。
何かに八つ当たりしないと吐き出せないものがあることを知っていた。
普段、王族たちは決してそういう感情を見せることはないが、身内だという認識があるのか、魔術師団の上層部を暗に批判する言葉が続いた。
「ゼゼさんから増幅魔術を禁止魔術から外すよう要望されたな。増幅魔術を扱えれば、状況はもう少し変わっていた可能性が高いと言われてしまった」
「まあ! なんと! それじゃあ、まるでライオネル兄さまのせいで被害が拡大したと言ってるようではありませんか!」
第一王女イネスは口をとがらせて、頬を紅潮させる。
増幅魔術を禁止にしたのは国王であるが、それを進言したのは他でもないライオネルであり、そのことを貴族たちの間で知らない者はいない。
そして、これによりライオネルの株は上がった。
実は増幅魔術が禁止だというのは正確な表現ではなく、微弱にかける事は良しとされている。つまり、劇的に身体能力を押し上げるような増幅魔術は禁止であるが、足腰の弱い人間やリハビリ中の人間など動くことに支障がある者の手助けとしての使用は可能だ。
微弱な効果であるなら長期間かけられることもわかり、現在魔道具の開発が進められている。魔術師として行き場を失った人間たちはそちらに皆移った。
「最近は平均年齢も上がっていて、これからどんどん年配の方が増えるわ。増幅魔術の新たな使い方で救われる人がたくさん出てくるはずよ」
確信するようにイネスは言い切る。それに呼応するように王妃とライオネルもうなずく。
「時代というのは変わる。今の時代に合わせて魔術の使用も変えないといけない。これは必然なんだ。確かに今回のような緊急時においての対応は考える必要があるけどね。一度禁止したものをそうやすやすと解禁はできないよ」
ライオネルは確認するように自分の意見を述べる。
「ルールに例外を作ったら、何のためのルールかわからなくなりますもんね」
「ユナの言うとおり! あまり君の前で魔術師団の批判をするのははばかれるんだけどね」
「大丈夫ですよ。上に立つ人間の苦労は私なりに理解してますから」
その言葉でライオネルたちの顔は自然と緩む。
「上に立つ人間でありながら、あの場にいたエリィ殿下には心から感服します。私は闘技場でエリィ殿下に命を救われました」
王妃と第一王女は再び目を潤ませ、ディンに視線を向けた。
「その時の話……聞かせてくれない?」
闘技場での凄惨なる戦い。
ディンは丁寧に一つ一つ話をしていく。
情景が浮かぶほどわかりやすい説明をするが、徐々に勢いが止まらなくなり、ユナの登場から活躍までかなり華やかで大げさにしてしまった。思い出補正に気づいたシーザは白い眼でこちらを見ているが、他は全員ディンの話を熱心に聞き入っている。
「私が死体に足を取られ転んだ時です。もう駄目かと思った時、瞬間移動で魔人の背後を取ったエリィ殿下が、腹部を貫通する一撃を与えたのです! その一撃はエリィ殿下が持っていたとっておきの一撃でした。魔人も目の色を変えて明らかに苦しんでいました」
近衛兵含め、皆が聞き入っていた。
「その一撃は普通とどう違ったんだ?」
ライオネルのもっともな質問にディンは真顔で答える。
「毒です」
「ん?」
「蟲毒という一級魔道具。エリィ殿下は猛毒の小さな魔獣を右手に寄生させ攻撃したのです!」
「……」
王族の人間及び関係者は皆固まる。
増幅魔術以前に毒に関する魔術及び魔道具の使用は禁止となっている。
使ったどころか所有しているだけで、懲罰対象になるものだ。
「それによりハナズは――」
「ちょいちょい! ユナちゃん! ちょっといい!?」
ライオネルは急に猫なで声になる。
「その蟲毒という魔道具は間違いなくエリィが持っていたの? 例えば、他の誰かが持っていたものを仕方なく使ったとか――」
「間違いなくエリィ殿下のものです! 私はその小さな壺のような魔道具をネックレスとして常につけているエリィ殿下を確認してますから!」
その場にいる人間は複雑な表情で固まる。
禁止魔術の使用を徹底的に禁じながら、実の妹は禁止魔術の魔道具を常に持ち歩いていたということが世間に知られれば、王族への批判は避けられない。
「ちなみにこの話は誰かにしちゃった?」
「いえ。私もエリィ殿下の死はショックで……その時のことは口に出すのもつらくてまだ誰にも話していません」
皆、明らかにホッとした表情になる。
「王族でありながら身を粉にしたエリィ殿下の献身を私は忘れません! これから必ず後世に残すため、あらゆる人々にこの話を積極的に話していきたいと思います!」
「ちょいちょい! ユナちゃん! 待って!? 落ち着こ?」
再びライオネルは前のめりに猫なで声になる。
「なんでしょう?」
「ユナの気持ちはありがたいけど、王族を全面に立たせたという話が広がると他の組織運営への批判が避けられない。それは、これから国が一丸となって魔族を討つにあたってマイナスでしかないんだ」
「確かに、私の考えが少し至りませんでしたね」
ディンはあえて申し訳なさそうに振る舞う。
「しかし、エリィ殿下のご意思は継がないといけないはずです。何より優先すべきことは魔族を討つこと! そうですよね?」
「う、うん。そうだな。ユナの言う通りだ」
「魔族の巣の調査がされてない場所があるとゼゼ様から聞きました。ただ、交渉が進んでないそうですね?」
「ああ。カビオサのことか。あそこはフリップ辺境伯の領地の中でも特殊な場所だから色々と事情があってね。こちらも相応の――」
「エリィ殿下のご意思はどうなるんですか! 毒魔術を使って、我が身を犠牲にしてまで戦ったエリィ殿下の意志は!」
「ちょいちょいユナちゃん。声でかいから。落ち着こ?」
感情的になっている少女をなだめている時、ライオネルは気づく。
ユナと共に招いた客人、エルフの存在。
自然と目が合い、シーザは口を開く。
「ユナ。ほどほどにな。非公式の場とはいえ、殿下に対し軽率な発言はよくないぞ」
「ですが……」
「ライオネル殿下を困らせてはいけないよ。最北の街、カビオサは王族の権利が及ばない場所だ。立ち入りの許可を得るための交換条件が必ず必要になる。簡単な話じゃないんだ」
ディンは申し訳なさそうにうつむき、「すみません」とうなだれる。
一方のライオネルをはじめとする王族たちはその存在にわずかながら顔をしかめる。
ユナの従者として偶然連れてきた勇者ご一行のシーザ。
勇者一族と縁深いが、王族にとってはそこまで関係が深いわけではない。
そんな異物のエルフに、王族のスキャンダルの種になりかねない話を聞かれてしまった。
シーザは意味深な微笑みを口元に浮かべ、王族たちは明らかに警戒心を高める。
(さあ、どうする? ライオネル)
うなだれたふりをしつつ、ディンは内心ほくそ笑む。




