第53話 ええええええ!
「ゼゼ様? 今なんて?」
沈黙を破ったユナはきょとんとした表情をゼゼに向ける。
「よく聞こえなかったのですが、何か考え事ですか?」
「う、うむ。大したことではない」
ゼゼは姿勢を正し、おかしな妄想をすぐに頭から消して我に返る。
「まあ、あれだ……もっと魔術師団に貢献しろということだな。とにかく自分にできることを考えてみろ」
「では、第一王子との会食で、カビオサの件を前に進めてもらえるよう頼んでみます。王子は私を妹のようにかわいがってくれてますから説得に応じてくれるはずです。成功したら六天花に昇格の件、ご検討をお願いします」
ゼゼは怪訝な表情に変わる。
「待て。そもそもなんでお前がカビオサの件を知っている?」
「少々小耳に挟みましてね」
にやりと嫌らしい目でユナは笑う。ほとんどの団員が知らない情報を知っていることにゼゼは薄気味悪さを感じたが、ユナが第一王子の周辺からうまく聞き出したのだろう。
もともと可愛げがあり、誰からも好かれる性格をしていたが、今のユナはそれを生かす計算高さも見え隠れする。
訝し気にユナを見ると、扉が唐突に開き、思わず視線をそちらに向けた。
扉の向こうには誰もおらず、ユナは「変ですね」と言いつつ立ち上がる。
「では、失礼します」
「待て、ユナ。今、視線を外した瞬間、何をソファの下に突っ込んだ?」
ユナは表情が固まるがすぐに笑顔に戻る。
「どういうことです?」
「とぼけるな。わずかに魔力を発してるのがわかるぞ」
ユナは一瞬、舌打ちしそうに口元を動かし、無表情になる。その表情はゼゼにとって見たことのないものだったので、ゼゼも戸惑う。
「はあ、すみません。私も気乗りではなかったんですが……」
途端にユナは申し訳ない表情になり、胸ポケットから何かを取り出す。
「ふわふわ? なんでそんなものが」
「どうもゼゼ様……へへへ」
その声でシーザとわかり、ゼゼは驚く。変身魔術。昔から変わった魔術ばかり習得しているシーザだが、自分の感知にも引っかからないものに擬態できるとは素直に驚いた。
「なぜお前が? 何か関わりが?」
「実はシーザ様に頼まれたんです。よくわからないのですが、シーザ様からの頼みなので断れなくて……」
「ええええええ!」
シーザは目を剥いて、ユナの方を見ている。
「で? お前が仕掛けようとしたのはなんなんだ、シーザ?」
「シーザ様。これは一体なんなんです?」
ソファの下から小さな円柱の形状のものを拾い、ユナはシーザを追求する。
「いや……これはその。まあ、なんというか……その……少々話を聞けるという魔道具でして」
その意味を理解したユナは怒りの表情で机を叩きつける。
「何、どういうこと! シーザ! もしかしてゼゼ様の話を盗み聞きしようってこと! 信じられない! あなたは私にそんな犯罪行為に加担させようとしたの!」
シーザは信じられないものを見るような表情で完全に固まっていた。
「なんでそんなことしようとしたの! あなたはゼゼ様に聞き耳を立てる変態なの! 返答によってはこのふわふわを全部ちぎって――」
「ユナ! とりあえず落ち着け……こいつなりに何か考えがあるのだろう」
シーザはなぜかじーっとユナの方を見ている。
そして、息を吐き、こちらに視線を向けた。
「私なりにオークションでの事件を分析した結果なんですが……魔術師団の一部に不審な動きを感じたのです。ただ私は、ゼゼ様から信頼を得られてないし、情報は与えてもらえない。そう判断し、こんな強硬手段に出てしまった……」
「他の誰かに頼まれたわけじゃなくお前の考えか?」
突き刺さるような魔力がゼゼからとめどなく溢れ、シーザは害虫の姿ながら震えと汗が止まらなくなっている。
「聞かれてるよ。シーザ様? ちゃんと目を見て答えなさい」
ユナに促され、シーザは震えたまま「そうです、そうです」と答えた。
が、即座にユナはシーザのふわふわの身体を引きちぎる。
「くだらない憶測でゼゼ様に迷惑をかけるな! この老害が!」
「ちょい! ちょい! 待って、ユナ……死んじゃう。シーザ、死んじゃう」
ゼゼは必死に引き留めるも、ユナは止まらずシーザのふわふわボディをガンガンひきちぎっては吹き飛ばしていく。ゼゼの抑制により、何とかユナは落ち着き、シーザの引きちぎったふわふわの身体も元に戻した。
「同族のよしみで一度は見逃すが、二度目は無いぞ、シーザ」
思うことはあったが、うやむやのまま二人を部屋に追いやった。
本来なら許すべきじゃなく、完全に一線を超えたやり口だ。が、ゼゼはあれ以上追求することを本能的に恐れた。シーザとは何だかんだロキドス討伐以前からの付き合いであり、性格はよく把握している。
自分に対して盗聴という大胆な真似をする度胸がシーザにはないとゼゼは確信していた。そして、不自然にドアが開いた直前、髪をかき上げる仕草をしたユナの指の動きを思い出した。
反発。あらかじめドアがすぐ開くよう仕込んで、ユナが開けた。
客観的に考えると、それ以外、考えられない。だいたいシーザは従者など面倒なことをする奴ではない。いつからか知らないが、ユナ主導の元、動かされているとみるべきだ。
ゼゼの中にいるユナが揺れ動く。昏睡から目覚めたユナは表向きの性格は変わっていない。むしろ以前よりずっと接しやすいという団員の声もある。一方でどこか裏側に打算的な動きも見え隠れする。
「あいつ……どうしたんだ、本当に」
ゼゼは一人の人間をここまで理解できないと思ったのははじめての経験だった。
「おい! ディン! マジでさっきのはやばかった! マジでやばかったって」
魔術師団本部からディンの邸宅に戻り、シーザはすぐさま声を荒げる。
「まあ、おとがめなしでよかったじゃないか」
「ってか、いくらなんでもやりすぎだぞ。それにお前、地を出しすぎだ。絶対に不審がられてるぞ」
「多少、強引にいかないと目的は達成できないんだよ。それにゼゼはなんだかんだユナに甘いから一度なら許されると思った」
シーザはピタリと身体を固め、恐る恐るディンの方を見る。
「許されてなかったら、どうなってた?」
「シーザ。お前の役割はユナを守ることだ。いざという時は汚れ仕事の一つや二つこなすのは当然のことだ」
シーザはその言葉で完全に硬直する。
「お、お前。もしかして……いざという時、すべての罪を私にかぶせる気じゃ?」
ディンはにやりと笑いそれ以上何も言わない。
「今ほどお前を恐ろしいと思ったことがないぞ! この悪魔めぇ!」
「残念。誰がどう見てもただの可愛い少女です。それよりシーザ。王族との昼食会にねじ込んでおいたからな。ちゃんとパスは送るから、ライオネルにビシッと言え。お前の演技が鍵だ」
「そのことなんだけど、私には無理だって! ただでさえ王族と食事なんて胃がおかしくなりそうなのに、第一王子に向かって……」
「あいつも俺と同じ小僧だよ。いつもの強気のノリでいけ。伝説の勇者ご一行ってやつだ。いいな」
ディンの忠告に対し、シーザは露骨に不安げな表情を顔に出す。
王宮で開催される食事会は、王族との駆け引きという形を変えた闘いになる。そこで重要な鍵となるのがシーザの働きだ。が、ただでさえ王族の前で委縮してしまうシーザはその来たるべき勝負の食事会を想像したのか、深いため息を吐く。
「大丈夫。俺はライオネルをよく知ってる。必ず思い通りになる」
シーザの不安を吹き飛ばすようにディンは自信たっぷりに笑った。