第52話 お前……なんか変わったな
第二王女エリィ・ローズの葬儀は一日かけて行われた。
魔人ハナズの灼熱魔術により灰となったため、棺桶に入っているのは遺体ではなく、遺品とたくさんの花束だ。
二百近くの騎馬が先導し、軍楽隊、王宮戦士団が徒歩で続き、棺衣に覆われた棺桶を持つ兵士の後を、魔術師団が続いた。
市民たちとの最後の別れをするという意味で、その葬列は王都中を巡った。
王都は悲しみに包まれる中、その葬列と共に一つの噂が王都中を流れた。
――勇者の孫であるディン・ロマンピーチが行方不明らしい
魔族にやられた、盗賊に捕まった、真意不明の尾びれがつきつつ、その噂はどんどん膨れ上がり、ローハイ教の信者の耳にも届いた。
「兄についての噂が一般の方にもだいぶ広まってきました。近いうちに私の家の前にローハイ教の信者が集まるでしょうね」
葬儀の翌日、ゼゼの部屋に朝一で訪ねてきて、そう開口一番言ったのはユナだ。
「ふむ。そうか……で、話とはなんだ?」
ゼゼはあえて気のない返事をして話を促す。
「改めてになりますが、アルメニーアの闘技場で助けていただいたことへの感謝です。ゼゼ様、ありがとうございました」
目の前の少女はぺこりと素直に頭を下げる。
「うむ。別に構わん」
「そですか。じゃあ本題です。今回のアルメニーアにおける私の貢献を正確に話しておこうと思いまして」
「はっ?」
助けられたことへの感謝が本題かと思ったが、始まったのは自分が魔人討伐に貢献したという強烈な自己アピールだった。しかも話が長い。
(こいつ、めっちゃアピってくるな)
確かにルゥと共にハナズを追い込んだのは確かだが、現実としてユナは魔獣を一匹も討伐していない。
「う……うん。ユナも頑張ったというのは伝わった。それだけか?」
「いえ。これだけの貢献をしたということで六天花に戻していただけないでしょうか? どうかご検討を!」
その提案にゼゼは呆気に取られた。いくらなんでも自分から褒美をねだってくるとは厚かましいにもほどがある。
「それだけで戻すわけにはいかないぞ。まだユナは何も成してない」
六天花になった者は、相応の実績や貢献がある。
アイリスも親の七光りではなく、王都内での対人任務で相応の実績を積んでいたし、第二王女のエリィも同様だ。
かつてユナは六天花入りしたこともあるが、その時に積み上げた実績は再入団した経緯により消えている。つまり、今は何も成し遂げていない状態だ。実績なき者に相応の地位を与えると、組織が瓦解することをゼゼは知っていた。
「私は兄が失踪直前にフローティアと面会していたことを知っています」
唐突すぎて、ゼゼの表情はわずかに歪む。
「しかし、魔術師団の人間が兄の失踪事件に関わっているとは思ってません。だから、もし家を訪ねてくるローハイ教の皆さまがいたら、懇切丁寧に説明しようと思います」
「待て。それは逆にややこしいことになる」
ローハイ教の上層部にはユナが事故で昏睡状態になったと知る者もいる。おそらくディンがさりげなく流した可能性が高いが、この三年間でローハイ教信者たちの魔術師団への心証は極めて悪い。
幼いユナを都合よく教育してたぶらかしていると考える者もおり、わずかでも魔術師団に疑惑がかかるのはなるべく避けなくてはならない。
「ユナの口からだと拡大解釈される恐れがある」
「そうですか。わかりました」
あっさり引き下がる。ここでゼゼは何か違和感を感じとる。
「そういえば私にはもう一つ功績があります。クロユリが何者か突き止めたという功績です」
「それはなかなか立派だと認めるがな。残念なことに功績にはならん」
「うむ。勝手に盗賊団を大きくしてそれを捕まえ、大きな栄誉を得る。存在感のなかった魔術師団恰好のアピールをするためのいわば、自作自演ですもんね」
「……」
「実は数日後に第一王子のライオネル殿下と会食する予定なんですよ。クロユリは魔術師団の自作自演だというのは伏せないといけませんね?」
「そうなる」
(こいつまさか遠回しに脅しているのか……?)
信じられない気持ちでゼゼは目の前の少女を見る。
ユナは功績を得ていないが、魔術師団の弱みとなる情報は握っている。
そして、王族と深く関わりを持ち、ダーリア王国主流の宗教であるローハイ教にも一定の影響力を持っている。
ユナの立ち回り次第では魔術師団は黒くなりえるのだ。そんなことをするわけがないと思いつつも、目の前にいる少女の眼から感情を読み取れない。
何をするかわからないその瞳は三年前の印象とかけ離れたものだった。
「お前……なんか変わったな」
「人は変わりますよ。変わらない人間はいません」
「事故のこと、やっぱり根に持ってるのか?」
「一つ言えることは、千年以上生きるエルフより人間の寿命はずっと短い。三年間昏睡状態だったことはゼゼ様にとってたかが三年と思うかもしれませんが、人間では重みが違う」
種族の違いを指摘され、複雑な思いが頭を巡るがすべて呑み込む。
「もっとも私は事故が起きたことを根に持ってるわけではありません」
「じゃあなんだ?」
「機密という言葉で事故の詳細を説明しないことに対して根に持ってるんだと思います」
ここまで事故の詳細にこだわるユナにゼゼは内心驚いていた。ゼゼの中では終わったことだが、ユナの中では未だ終わっていないのだ。確かにユナの側からすれば、すっきりしない話だ。話すのも一つの手かもしれない。
だが、それはゼゼの機密を話すことを意味する。それは良い結果を招くと思えなかったので、やはり譲ることはできなかった。
「駄々をこねるな。私の機密に関わるのだ。それを知りたいというなら、まずは信頼を勝ち取ることだ。信頼を得るには、魔術師団に貢献することだ」
ユナは味方につけないといけない。わかっているのに、なぜか今のユナに対しては反発を覚えて、厳しい言葉が口から出る。
三年前はもっと素直な言葉のやり取りだったはずなのに、今は頭を抑えつけてくるような話し方をしてくるせいだ。これに屈したら延々と頭を垂れることになりそうなそんな予感を覚える。
ふと感じた既視感。
それはたぶん気のせいだ。そのはずなのに目の前にいるユナが最近面会した生意気な小僧と重なる。ユナの顔をまじまじと見て、無意識のうちにゼゼはその名を口にしていた。
「ディン?」
「……えっ?」
時が止まったかのように場は固まり、静寂に包まれた。




