第50話 友達のお見舞いにいけない人生は嫌です
ライオネルを訓練場まで案内した後、ゼゼは最上階にある自分の部屋に戻っていた。
エリィの件は思いのほか追求されなかったが、ディンの件は事件解決まで追求は続くだろう。魔術師団が関わっていないとゼゼは確信しているが、唯一の懸念。
(魔術師団内部に裏切り者がいてそいつがディンに何かしたとしたら……?)
考えうる最悪の事態が起きる。
「頼むから無事でいてくれ」
憎々し気に思っていたディンだが、この時ばかりはそう願わずにはいられなかった。その時、こんこんと扉を叩く音が聞こえた。
扉を開けたのはルゥだった。
「お話があります」
その表情はいつも通り感情の色が見えなかったが、固い決心は伺えた。
「話って何だ?」
フローティア以上にルゥは世間話など一切しないので、ソファに座って早々に本題を切り出す。
「セツナの看板を下ろしたいと思います」
魔術師団の隠密部隊セツナ。
表向きにできない仕事を多々こなす。現代において慢性的に人手不足であり、現在はルゥ一人という有様だ。
「それはなぜ?」
「裏側で生きるのは得意じゃないです」
「お前の能力はそこでこそ生きる」
「自分の心を殺して生きるのは得意じゃない」
それは今まで聞いたことのない本音に聞こえた。
(与えた仕事がよくなかったか)
ルゥに課した極秘任務は、クロユリ盗賊団を有名な義賊として、魔人の血を探し求めていると噂を広めること。本物のクロユリ盗賊団は初期段階ですでに捕まえており、その後義賊として盗んだのはすべてルゥである。
魔人たちが接触してくることを狙ったものであるが、別の狙いもある。有名になった義賊を捕まえたという功績を魔術師団が得て、存在感を高める狙いもあった。
「自作自演と言えるが、結果的に進展したこともある。気持ちが進まない仕事もあるかもしれないが、あれは誰かがやらなくてはいけないことだった」
「任務には納得しています」
「じゃあなんだ? ほかにやりたいことができたか?」
しばらくの沈黙。
その後、ぽつりとルゥはつぶやく。
「友達のお見舞いにいけない人生は嫌です」
思いもしない言葉にゼゼは、固まる。
「そうか」
肩を落とし、しばらく何も言えなかった。
セツナは自分の情報を他に一切漏らすことは許されない。ゆえに友人や恋人、家族などを作っても、偽りの自分として接することになる。そして、何より優先すべきは任務である。どれだけ大切な人間ができようが、必要がなければ接触は許さない。余計な情は一切そぎ落とし、最優先は任務の遂行。
それがセツナだ。
(これが博士の最高傑作か。人格形成に至り、情を与えすぎたな)
人として当然の感情。だが、裏側で生きるには時に人としての感情を捨てないといけない。
ゼゼは頭の中で細かな計算を始める。
目を閉じて軽く息を吐き、ゼゼは口を開いた。
「許可する。お前はこれから自分の名だけで生きろ」
それは思いもしない返答だったのか、うつむき気味だったルゥは思わずゼゼの顔を見る。
「いいのですか?」
「ああ。もともとセツナはお前が継ぐまで休業状態だったしな。それに表の人材も慢性的に不足している。セツナは引退したことにしよう。今後はルゥとして魔術師団を支えてほしい」
それはゼゼの本心からの言葉だった。魔人の出現ではっきりしたこと。魔人に対抗できる現代魔術師の圧倒的な少なさ。その点、ルゥは実力に関して文句のつけようのない人材だ。下らない感情で首にしていい人材ではない。
「六天花の権利は剥奪させてもらうけどな」
「十分です」
それだけ言って、ルゥは部屋を出て行く。
ルゥに匹敵する人材は現在見当たらない。
「剥奪するのは二番の称号だけだけどな」
誰もいない部屋でゼゼはぽつりとつぶやく。
王都に戻って即日、ディンはシーザをゼゼ魔術師団本部に立ち入れる許可を申請していた。
関係者以外は基本立ち入れないが、例外的に従者は連れてくることが可能だ。第二王女であるエリィは常に八人の従者を連れていた。もっとも貴族であるアイリスやアランは従者など連れておらず、かなり稀なケースだ。
シーザをユナの従者として立ち入る申請は即日認められた。勇者一行として魔人との戦闘経験もあり、回復魔術も使えるのでユナの身体の健康管理もできる。
これほど貴重な存在もなかなかいない。許可を得てさっそくシーザは魔術師団本部の訓練場に立ち入り、団員を集めて演説していた。
「小僧ども。伝説ってのはなぜ伝説と呼ばれてるかわかるか? 誰も成し遂げられない不可能を成し遂げたからだ!」
団員を囲いこませ、中心に立つシーザの長広舌が延々と続いていた。
もっともこれはシーザではなく団員たちの希望により実現したものだ。魔人の襲撃は魔王ロキドス討伐以来の出来事だ。魔人ハナズを討伐することはできたとはいえ、その脅威は誰もが知ることになり、魔人について詳しく知識を共有するのは必須と言える。
幹部であるジョエルや博士も複数の魔人と相対した経験は持つが、魔王ロキドスも含めて全員を肉眼で確認したのはシーザのみである。
よってすべての魔人と相対したシーザの経験は魔術団員にとっても貴重なのだ。が、案の定どんどん話は脱線し、シーザの自慢話大会に変わりつつあった。
「魔王ロキドスとの戦いは、それは背筋が凍る体験だった。しかし、私は全員に活を入れてやったんだ! 『ここで逃げたら世界を救えないぞ!!』ってな。こうやって私がエルマー達を鼓舞することにより――」
久々に聴衆の数が多いせいか、思い出補正も四割増しほどになっており、語られてる内容がディンには嘘にしか聞こえなかった。
当のシーザは過去の自慢を語ることに気持ちよくなっており、止まる気配が一向にない。
「あのぉ。とりあえず魔人の情報だけ教えて欲しいんだけど」
手を上げたのはタンタンだ。珍しく正論だったので周囲の魔術師団もうなずく。
「どいつについて聞きたい?」
「んー。とりあえず一番強いやつ」
「ロキドスの右腕であるダチュラだな。ただ奴は生きてるか知らん」
近年トネリコ王国で目撃されたのはハナズ、アネモネ、キリ、レンデュラ、マゴールの五体だ。五十二年前の魔王討伐以降、一切姿を見せないダチュラとカルミィは死亡説が出ていた。
「存在が確認されてる中でやばいのはアネモネだな。最悪の魔人と言われてる。見た目は無垢な子供にしか見えないが、奴にはとことん仲間を殺された。魔術ははっきりしてないが斬撃を飛ばしてくる。空間ごと切り裂くような強力なものだ。アネモネと遭遇したら単独で絶対戦うな」
「僕でも勝てないの?」
タンタンは挑戦的な視線を向ける。
「ああ。ハナズより上だ。十中八九、戦えば死ぬ」
「そりゃ面白い」
皆が黙り込む。が、ハナズの恐ろしさを知った今、大げさではないと皆知っている。
「私たちが魔人と対抗するにはどうすればいいのでしょう?」
フローティアの質問にシーザは真顔で答える。
「協力して戦うしかないな。いつだって魔人とはそうやって対峙してきた」
途中脱線しながらも、シーザは多少参考になりそうな話題をいくつか提供して、団員たちも話に熱中しだした時だ。
「お邪魔するよ!」
訓練場の入り口から声をかけてきた人物を見るなり、全員が姿勢を正した。
場の空気が一瞬で変わる。
シーザもその人物を確認するなり、唖然となったまま動かない。
ゆっくりと護衛と共に魔術師団員の元へ近づいてきたのは第一王子、ライオネル・ローズ。
ライオネルはユナことディンと目が合うと、穏やかな表情の口元に笑顔をこぼす。
「ユナ。よかった。元気そうだね」
「はい。おかげ様で! ライオネル殿下も大人になりましたね」
同じように笑顔を貼り付けて、ディンは応じる。
ライオネルがこの建物に入ったと聞いた時、すでにこの状況をディンは予想していた。
「目覚めたと聞いて、すぐに会いたかったんだけど、こちらも色々あってさ」
「立場はご理解しています。ひとかたならぬご配慮ありがとうございます」
「はははっ。ユナもそんな言葉遣いできるようになったんだね。もっと隙のある印象だったけど」
思わぬ指摘にドキッとした。エリィの時も指摘されたが、どうしても王族と対面すると粗相のない言葉遣いが自然と出てしまう。
「見た目は三年前とあまり変わりませんが、少しは大人になったということです」
胸を張りつつも、どこか暗い表情のライオネルに気づく。
「エリィ殿下のことは……」
「そのことは」
無表情でライオネルは唇に指を当てた。この場で口にしたくない話題だと言わんばかりだ。
「すみません」
「いいよ。とにかくディンも君の姿を見れば、きっと喜ぶだろうね」
穏やかな表情は変わらないが、魔術師団全員を牽制するように一瞥する。
「お兄ちゃんは……どうしてるかな」
微妙な雰囲気を取り繕うようにライオネルはまくしたてる。
「その件についてもだけど、とにかく一度場を改めて、話をしたい。エリィのことも含めてさ。家族もユナに会いたがっている。エリィの葬儀を終えて落ち着いた日に王宮に来てほしいな」
「はい。伺わせていただきます」
そんな二人のやり取りの後、団員たちを一通りねぎらい、ライオネルはその場を離れた。
「やっぱり勇者の孫ってすごいんすね」
アイリスの言葉は魔術師団員全員が抱いた感想のようだった。
王族と交流のある貴族は多数いるが、家族ぐるみの付き合いをしているのはロマンピーチ家以外は存在しない。
「すごいのはおじいちゃんだけどね」
謙遜でなく、ディンは事実をぽつりとつぶやく。
(ただライオネルとの会食は使えるな)
六天花の空席に入るための絵図が頭の中で出来上がりつつあった。