第49話 魔術師団が潔白だという証明だけでもしてみせよ
その後、すぐライオネルを応接室に通し面談が始まった。
対面するライオネルは如才ない微笑を浮かべており、一見すると鳩王と呼ばれる国王と同じ穏やかな雰囲気を醸し出している。
「まさかわざわざ足を運んでいただけるとは」
「王宮のすぐそばなのに一度も来たことがなかったからね。面会ついでに視察しておきたかったんだ」
ライオネルの口元から微笑みがすっと消えて真顔になる。
「まずはアルメニーアでの魔獣討伐と魔人討伐。ご苦労様です。流石は対魔族最強部隊との呼び声が高いゼゼ魔術師団だ」
「お褒めに預かり光栄です」
「しかし、それに伴う犠牲もあった」
少しの間、沈黙に包まれ、ゼゼは口を開く。
「エリィ殿下は非常に勇猛果敢な戦いぶりでした。彼女が自らの意志であの場に残り、魔人を外に出さないよう食い止めたことで多くの民が救われました」
「それに関しては妹のことを誇らしく思うよ。最後は君が魔人を倒したようだがね。王都から出れるなんて知らなかったよ」
それはわずかに皮肉がこもっていた。
「最初から君が出張っていれば、ここまでの被害が出ることはなかったのにね」
「オークション会場に直接魔人が現れることを想定した者が一人でもいれば、被害をもっと抑えられたかもしれません」
アルメニーアは魔族に襲われた経験が一度もなく、あの襲撃を想像できた人間は一人もいなかったといって過言ではない。
「あれだけの魔獣が現れた原因は?」
「現在アルメニーア付近を調査中です。そして、重要なのはこれからの対策です。ライオネル殿下。増幅魔術を禁止魔術から撤廃していただきたい」
魔族討伐に最も貢献したと言われる増幅魔術。魔力により身体能力を劇的に向上させ、一時的ながら平凡な戦士も一流の戦士に変貌させることを可能とする。
これが優れているのは時空魔術や回復魔術のような一握りの人間しか習得できないというものではなく、比較的多くの人間が素養を持ち扱えるという点だ。
増幅魔術を扱える人間が複数いるだけで、兵団の強さは数倍変わると言われている。
「身体にリスクがあるという論文もいくつか拝見しましたが、根拠に値しない」
「しかし、近年増幅魔術の有名な使い手たちが早死にしているのも事実だ」
直近十年ほどの期間で亡くなった人間は一人二人ではなく、偶然で片づけられない数であった。
「が、増幅魔術は魔族に対抗できる武器の一つ。これを禁じ手にするのは魔族に利するのみだ。たらればですが、増幅魔術を扱える人間がもっとあの場にいれば、状況は変わっていた」
「それはあまりにも論理の飛躍ではないでしょうか?」
ライオネルの後ろから口を挟んだのは元魔術師団序列一番のベンジャだ。
「増幅魔術が扱えないから被害が拡大したのではない。魔術師団の技量低下が著しいがために被害が拡大したと思われます」
「ほお。根拠を聞きたいな」
ゼゼはベンジャを睨みつけるも、ベンジャの表情には揺らぎがない。
「ゼゼ様。現在の魔術師団の中で魔術覚醒できる人間は何人いますか?」
「現在は二人だ」
「魔王討伐前は最低十人はいたそうですね。単純計算で五分の一だ」
「魔術覚醒は単純な技量ではなく資質によるところも大きい。そこだけ切り取り技量低下と断定するのは悪意があるぞ」
「実際、ジョエルさんが魔術師団の技量低下を嘆いていたことを何度も聞いたことがあります。彼によると、現序列一番のタンタンがもし魔王討伐前の魔術師団に所属していれば、十番手にも入れなかっただろうとおっしゃっていました」
「異議ありだ。実力だけならタンタンはそのころの上位陣とも遜色はない。が、協調性がなく個人主義過ぎる側面があるのも確か。人格面の問題を指摘したくて誇張的に表現しただけだろう」
「人格面に問題がある人間を序列一番に据えざるをえない魔術師団はやはり脆弱と言えるのでは?」
(こいつ……まさか背中から刺してくるとは)
ベンジャは魔術師団にいたころは、魔術師団にあらゆる側面で貢献しゼゼの命令にも忠実だった。
だから、あっさりと魔術師団を離れる決断をした時は信じられなかったが、今はっきりと理解した。ベンジャは己の野心のために忠誠のポーズをとっていただけであり、ゼゼに対する忠誠など全く持っていなかった。少なくとも現在ライオネルの後ろに控えるベンジャがゼゼに対する敬意を欠いているのは明らかだった。
「どちらにしろ増幅魔術を禁止にしたから被害が大きくなったというのは論点をずらした指摘だ」
「ベンジャ、落ち着け。喧嘩しに来たわけじゃない」
ライオネルが戒め、ベンジャは即座に口を閉じる。
「まあ、私も魔術師団をいじめたくて増幅魔術を禁止にしたわけではない。今は魔道具という代替え品もあるわけだし、現代の利器をうまく活用してほしい」
高密度の魔力体を持つ魔人に対抗するための火力が必要なのであり、火力制限された魔道具など役に立たない。実際、オークションの兵士達が持っていた魔銃は対人用のものであり、魔人ハナズにいくら撃っても効果など全くなかった。
(完全に論点をずらされたな)
が、ゼゼもこれ以上無駄な論議をする気はなかった。
「さしあたってすべきことは残りの魔人の討伐だ。ハナズという魔人がオークションに来た目的は?」
「ここからは機密の話になるのですが」
「当然、他言しない。話が漏れたら私から漏れたと判断してもらっていい」
ゼゼは少し間を置いてから切り出す。
「目的はおそらく魔王ロキドスの血です」
ゼゼはいくつかの事例を出し、ロキドスの血がことごとく消失している説明をした。
「なるほど。関係性はありそうだ。なぜ魔人はロキドスの血を求める?」
「求めるのではなく解析されるのが困るのでしょう。最近になって発覚したことですが、魔石というのはロキドスの血でできています」
「なに!」
これにはライオネルだけじゃなく、ベンジャも呆然として驚きで固まっていた。
「確かなのか?」
「間違いありません。国が豊かになったのは魔道具の量産がきっかけ。その魔道具の元は皮肉にもロキドスの血によるものというわけです」
ライオネルは何かを考えるように黙りこむ。
「なぜそれがばれたら魔人たちは困る?」
その問いにゼゼも返答に窮す。
「はっきりとは……ただ何か大きな陰謀を感じる。私としては魔王ロキドスが関わっている気がしてなりません」
「何を言ってる? 魔王ロキドスはすでに死んだ。君が認めたことだ」
ロキドスの死体をこの目で確認し、五十二年前、王族の目の前ではっきりと宣言したのは否定できない事実だ。ゆえにゼゼは反論の言葉が出ない。
「どちらにしろ残りの魔人討伐のため、未調査の場所を調査する必要があります。北部オキリスへ魔術師団が立ち入る許可をいただきたい」
オキリスはアイリスの父であるヘクター・フリップ辺境伯の領地である。
北部オキリスの西に連なるカホチ山脈。何もなくただ高々とオキリスという街の西にそびえていた山脈が魔石の採れる金塊と判明したのはおおよそ百三十年前のこと。
オキリスは唯一魔術師団の支部がなく、魔族の巣の調査が滞っている区域だ。
ゼゼの言葉を理解し、ライオネルは表情を曇らせる。
「それは最北の地、カビオサも含まれるんだな?」
「そこが本命です」
「ゼゼ。カビオサは無理だ」
オキリスにあってオキリスでない場所。
カビオサの別名、不可侵領域。
ダーリア王国で唯一、王族の力が及ばない場所と言われる。
「最北の街、カビオサを支配しているのは反社会勢力の北極。彼らは部外者の立ち入りに敏感だ。フリップ氏にかなりの無理を通すことになる」
「ですが魔人の巣がある可能性が最も高い。そして、差し迫っているのも事実だ。アルメニーアの惨事を繰り返してはなりません」
「そうだが、差し迫っている根拠としては薄いな」
ライオネルは都合の悪い話には蓋をして、ずばり言い切る。
「魔人が姿を見せてから対応するのでは遅いと思うのですが?」
「わかってる。が、それを引き受けるより先に一つ聞きたいことがある。ディン・ロマンピーチが行方不明になった件だ」
表情は一切変えないが、ゼゼの中でわずかに心音が上がる。
「報告は伺っています。アルメニーアに向かった途中、行方がわからなくなったそうですね」
「魔術師団のフローティアと面会直後にいなくなったという報告を受けたぞ。前日にはゼゼとも会っていたそうではないか。どういう話をした?」
完全に虚を突かれた。
(まさかもうそこまで掴まれているとは……)
「機密に関わるので、安易に言えません。一つ間違いないのは魔術師団はディン・ロマンピーチ失踪と一切関係がない」
穏やかな表情だったライオネルの視線がぐっと鋭さを増す。
「ならまずは全力でディンの捜索に当たってほしい。それまではオキリスの件は保留としておく」
「なっ! 魔人討伐は最優先すべき問題だ」
「だろうな。だが、勇者の孫の失踪も優先すべき問題だ。オキリスに魔人が出現したわけでもあるまい。まずはそちらの解決が先だ」
ゼゼは流石に動揺を隠せない。
「私たち魔術師団は魔族を狩る専門部隊であって人探しではない」
「では、魔術師団が潔白だという証明だけでもしてみせよ」
ライオネルの言っていることは、ただの悪魔の証明だ。どう解釈しても魔術師団への当てつけとしか思えない。
「何もわかってない状況だから、現段階では何も言わない。ただもしディンの身に何かあり、魔術師団が関わっていたのなら……ダーリア王国は君たちを許さないだろう」
ゼゼは魔術の世界では象徴的な人物であり、世界中の魔術師から尊敬の念を抱かれている。そんなゼゼにこれまでの王族たちは相応の敬意を払って、敵対的な発言は一切してこなかった。故にここまではっきりと恫喝のようなセリフを言われるのはゼゼにとってはじめての経験だった。
(やはり第一王子は明らかに敵視してるか……)
ライオネルの表情は何事もなかったかのように再び如才ない笑みに戻る。
「話はここで終わりだ。少々、訓練場を見学させてもらえないかな」




