第48話 これは私がまいた種……か
アルメニーアに魔人襲撃という衝撃の報告は瞬く間に王都オトッキリーに伝わった。魔術師団の活躍により討伐されたという報告で一度落ち着くものの、詳細の報告で発覚した第二王女の死は国を跨いだ衝撃となり、その悲報は王宮にも届いた。
家族が集まり、涙に打ちひしがれる中、第一王子のライオネル・ローズは窓の外をじっと眺めていた。
一通りの報告を聞いて、頭の中でゆっくり整理させる。
ライオネルの背中をじっと眺めつつ、話しかけるタイミングを護衛隊長のベンジャは伺っていた。
それは意識してのものではないだろうが、身体から殺伐とした魔力があふれていた。ライオネルは魔術というものを一切学んでいない。しかし、それは誰の目にも明らかほど魔術の素養があった。
殺伐とした魔力がおさまるのを待っていると、「ベンジャ」とライオネルが窓を見たまま声をかける。
「何か用か?」
「国王へ魔術師団から今回の件にあたる詳細の報告をしたいとのことです。ゼゼ様自ら直接の面会をご要望です」
「うむ。国王の様子はどうだ?」
「よろしくないようですね……」
極秘であるが、ライオネルの父、現国王は病を患っている。回復魔術で幾度となく治してきたが、もともとの臓器がよくないのか、定期的に病に倒れてしまうのだ。
第二王女エリィ・ローズの死により、より病床は悪化したかに思えた。
「ならば選択肢は一つしかあるまい。この件に関しては僕が対応するよ」
振り返ったライオネルはいつも通りの穏やかな笑顔。
しかし、まといつく魔力のとげとげしさが、彼の心情を物語っていた。
「あともう一つ、気にかかった報告がありました」
「なんだ?」
「ライオネル殿下の友人であるディン様が現在、行方不明とのことです」
「ディンが……?」
ライオネルの表情が変わる。
「ディンの足取りについて、詳しく調べろ」
魔獣討伐から二日後、アルメニーアから戻り、即座にゼゼが呼び出したのはフローティアだ。
「今回の一件は――」
「どうでもいい。まず最優先は、ディン・ロマンピーチについてだ。奴の足取りは掴めたか?」
ユナがアルメニーアで兄を探している最中にも、フローティアは一部の魔術師団を使いディンの動向を探っていた。
「足取りは全く掴めてない状況です」
「魔獣に襲われた可能性は?」
「低いです。王都からアルメニーアへの道に魔獣は出現していない。それに彼の邸宅からアルメニーアの邸宅への瞬間転移装置もついているはずです」
「討伐記録全書の空間に入った形跡はあるか?」
ディンにはゼゼの転移カードを預けたままだ。
「確認しましたが、それらしき形跡はありません。間違いないのは、アルメニーアの邸宅でしばらく過ごすと侍女たちに告げたことのみです」
「ということはフローティアと会った直後に失踪ということになるな」
事態の深刻さを理解したのかフローティアは厳しい表情に変わる。
「何かおかしい様子はなかったか?」
「私の見る限りなかったと思いますが」
二人はしばらくの間、押し黙る。
「他に知ってる者は?」
「ロマンピーチ邸に直接私が足を運んだので、屋敷の侍女は把握してます」
「知らぬ存ぜぬは難しいか」
ゼゼは舌打ちをする。じわりじわりと何かに追い込まれている感覚がある。
「ディンは王族とも深い交流があり、第一王子のライオネルとは友人関係だ。行方不明となれば徹底的な調査が間違いなく入る」
さらに言えば、勇者の孫であるディンはローハイ教の信者からも崇められる存在だ。何かがあれば、彼らが黙っているとは思えない。
「まだエリィの方は弁明の余地がいくつかある。が、ディンの身に何かあり関連付けられたら、はっきり言ってまずいどころの話ではない。下手すると魔術師団は吹き飛ぶ」
それは大げさでもない現実的な話だった。
「それがディンの策略では?」
ディンは反魔術師活動団体を使い、裏で魔術師団を潰す工作をしていたのは事実である。
「ユナが目を覚まして、姿を現さないのはおかしい。ディンの身に何かあったと考えるべきだろう」
その言葉にフローティアは二の句を告げない。ディンの行方不明は時限爆弾のように魔術師団にまとわりついている。
二人の間で再び沈黙が続く。
その時、偶然二人の間に浮かんだのは同じ人物の顔だった。
「ユナが――」
言葉が合わさり、フローティアはゼゼに言葉を促す。
「なんにせよ、ユナをこちら側につけないと持たん。これは魔術とは別の次元の闘いになる」
ゼゼの言った言葉をなんとなくだが察する。
「私は今後、どう立ち回れば?」
「表のことは気にするな。とにかくユナだ。あいつはお前のこと昔から慕っていた。こちら側に引き寄せるんだ。ただ露骨なことはする必要はないぞ」
「はい!」
フローティアは背筋を伸ばし、声を張り上げる。が、その戸惑い気味の表情はユナに対しどういう態度を取るべきか考えあぐねているようにゼゼには見えた。
荘厳な馬車が魔術師団本部の前に止まったのは魔獣討伐の三日後の午前だ。
ベンジャ中心に二十人ほどの従者を引き連れ、第一王子ライオネルは本部入口前に立つ。
面会予定前日の出来事に魔術師団は一時パニックになる。
その様子をライオネルは微笑みながら眺めていた。
到着前にその動きを察知し、すぐに面談の準備を進めさせていたゼゼは屋上からライオネルを見下ろしていた。
「まいったな……」
ここまで露骨に探りを入れてくるというのは今までになかったことだ。ゼゼは現在の国王であるアンベール・ローズとは良好な関係を築いていた。
平和の礎を築いたゼゼ魔術師団に敬意を示し、ゼゼに対しても人生の先輩として一定の配慮があった。
が、息子であるライオネル・ローズはそうではないのだろう。
ライオネルはエルマーの孫であるディン・ロマンピーチと親交が深い。ユナの事故の件でディンはライオネルを通して何度も事故の詳細を教えるよう、魔術師団に陳情していた。
ゼゼの機密の詳細を知る国王がそれを認めなかったが、それに不満を抱いていたのはディンだけではない。家族ぐるみで付き合いのあったライオネルも事故に遭ったユナを不憫に思い、詳細すら教えてもらえないディンの肩を持つようになったという。
なので、ディンの魔術師団に対する不満や忌避感も共有しており、ゼゼ魔術師団に厳しい眼を向けているのは間違いない。
そして、今回アルメニーアの魔人討伐において、魔術師団は妹のエリィ・ローズを前線に立たせて、死なせた。
それだけでなく、ディン・ロマンピーチも魔術師団の団員と会った直後に行方不明の状況だ。
ライオネル・ローズの心中は察するに余りあるが、その牙がどこに向くかは容易に想像できる。
「これは私がまいた種……か」
乱れなく統率された王宮戦士団。
全員が、魔術師団本部入口の正面を見ているが、その中心にいるライオネルが唐突に視線を上に向けた。
屋上にいるゼゼと視線が交錯し、ライオネルは微笑み、軽く手を上げる。
「この距離で……なぜ気づいた?」
偶然か、必然か。ただその微笑みが偽りであることははっきりわかった。