第46話 私の余命はあと一週間です
そこは明かりのない暗闇の中。
四つの影が距離を置いてそれぞれ向かいあう。
魔王ロキドスに仕える七体の魔人の内の四体。
アネモネ、キリ、レンデュラ、マゴール。
それぞれ持つのは一級魔道具「鷹の目」。
あらかじめ触れて、座標確認したものを天から見下ろし見ることを可能とする。
魔獣とハナズの戦いを四体はそれでずっと見ていた。
「あれが殲滅……」
途中まで順調に思われたが、エルフの介入に皆が沈黙した。
「ロキドス様が恐れるわけだ」
ハナズという戦闘狂が戦いの土台にすら上がれなかった。
レンデュラはどこか軽く見積もっていた自分の思考を見直す。
「ワタチ、寝るわ。次の作戦になったら呼んで」
アネモネは立ってさっさとその場から去る。
「私も―。義務的に来ただけだし、義務は果たしたよね?」
キリもその場から即座に離れる。
それぞれの魔人が従うのはあくまで魔王ロキドスであり、この関係は対等。
ゆえに頭がいないと、まとまりが全くない。
が、戦友のハナズの死を先ほど見届けたはずなのに、彼女たちの中に感情の揺れ動きは一切見られない。
(自分の中にもあるかというと怪しいが)
魔族は泣かない。
魔人も同様で涙を流す感情や機能は備わっていない。
だからなのか、ロキドスだけはいつも赤い血のような涙を流し続ける。
その場でじっとしているマゴールに尋ねた。
「何を考えている?」
「ハナズのこと。人間は長く関わりがあるものが死んだ時、悲しくなるんだろ? それが自分の中に湧くように、昔のハナズのことを思い出してる」
「悲しくなるか……?」
「わからない。ただ涙は出ることはない」
(マゴールはまだ人間を観察して、理解しようと努めている)
「感情の問題は置いておこう。わかったことは魔術師団の脆弱性だ」
「確実に弱体化している。まともだったのは六天花だけだな」
「ああ。ただロキドス様によると、その中で一人確実に殺すべき人間がいるそうだ」
まだ詳細を聞かされていないレンデュラはそれが誰のことかわからなかった。
「今回は想定内が一つ、想定外が一つ、収穫が一つあった。この収穫はロキドス様が分析するだろう」
そう言ってレンデュラは鷹の目で見据える。
ハナズの死体の傍にたたずむ一人の少女。
勇者エルマーの孫、ユナ・ロマンピーチ。
瞬間移動の魔道具で王都オトッキリーに戻ったゼゼはとある異空間にいた。
誰にも侵害されない領域。
魔力が完全に回復するまで最低三日はかかる。とりあえず最低でも一日はこの場にとどまる必要性があった。
(綱渡りだな)
王都オトッキリーから出たのはどれだけぶりか思い出せない。
だが、あそこは出ざるを得なかった。
空間に扉の形が刻まれ、そこからカラカラと音を鳴らしながら人が入ってくる。
「お前か……」
そこにいるのは両足のない元六天花の男。車輪のつく椅子に座り、移動すると、カラカラと音が鳴る。
ラセニアという名前があるが、皆には「自分のことは博士と呼べ」と命じ、名前を知る者はほとんどいない。ゼゼも名前を呼んだのは六十年以上前のことだ。
「色々とあったようですな」
「解析をしろ」
単刀直入命令され、博士はゼゼの眉間にそっと触れてしばらくそのままで固まる。
「私の解析魔術では完全に正確に測れませんが……」
「言え」
「おおよそ五十年……寿命が減りました」
ゼゼは一切表情を変えない。
「百年は覚悟していたが、そんなもんか。あと一度くらいなら――」
「それは駄目です」
穏やかな口調が厳しい口調に変わる。
「結界の外に出る悪影響は未だはっきりしていない。軽々しく出ることを選択肢に入れるべきじゃない」
ゼゼはそれに反応しない。ゼゼに意見を言える人材は貴重だ。が、はっきりした影響がわからないというのなら、その意見に重みはない。
これ以上の議論の必要性を感じず、ゼゼは話を変える。
「とりあえず今回の事態は重く受け止めるべきだ。見事に釣れたというべきか。しかし、ロキドスの血を奪うためにあそこまで大胆なことをするとは思わなかったが」
思えば四十年前から違和感はあった。
血だまりとして残っていたロキドスの血は消失し、保有していたコレクターも立て続けに事故で亡くなり、ロキドスの血はどんどん消失していった。
「本物が出ると噂の情報を流したのが七日前。魔術師団関係者がそれを絶対落札し、厳重管理すると宣言したのは内部の限られた人間……考えざるをえないな」
「魔人とつながった人間が魔術師団内部にいると?」
博士は半信半疑のようだった。
「それが自然だ。奴はかつて獣人をスパイに仕立て上げて魔術師団の情報を抜いていたこともある。誰であっても不思議ではない。もっとも博士でないのは確かなのだが」
博士は魔王討伐以前からの付き合いであり、ここを疑いだしたら信じられる人間がいなくなる。
「裏切りの選定はゼゼ様に託すとして……私としてもようやく解析が終わりました」
そう言って、手に取って見せる。
それはきらりと紅の輝きを帯びる魔石だ。
「魔石。とても摩訶不思議で異様なほど引き込まれる。北部オキリスの西部を縦に連ねる魔石の鉱脈。なぜそこにできたのか、いまだ不明の産物。どれだけ解析してもわかることがなかった」
わかったことは、ダーリア王国を繁栄させる夢の石というだけだ。
魔石で魔道具を作り、人々の中で魔術という便利な代物が当たり前となり、生活が豊かとなる。
魔石採掘に目を血走らせ、魔術に携わっていた人間は魔道具作りにいそしむ。
最近では魔石の権利を巡る争いも絶えないという。
しかし、魔石のおかげで王国は一気に覇権国家となりつつある。
「ダーリア王国を劇的に変えた魔石。これの元がようやくわかりました」
「間違いないのか?」
「ええ。私の解析魔術の結果です。九割九分間違いありません」
博士はもう一つの手を広げる。
小さな瓶の中にあるのは本物のロキドスの血。
「魔石はロキドスの血でつくられたものです」
(やはりこれを知られたくなかったのか……)
ゼゼは想像以上に大きいうねりを感じていた。
「奴はどこまでの計算を?」
「落ち着いてください。ロキドスは死んでます。死体はきっちり確認したはずです」
五十二年前、わざわざ死体を運ばせ、解剖までして確認した。
「それは納得している。だが、血の繋がりのある者がいる可能性はある」
「魔族に家族の形態は今まで一例もありません。ロキドスの巣にも、その痕跡を示すものは一切なかった」
百回以上はしてきたやり取り。そう、普通に考えればロキドスは死んでいる。
その証拠に魔獣の数は激減しており、魔獣を見たことがないという人間の割合の方が今では圧倒的に多い。
世界は平和になったと言える。
「といっても、今回の異常な数の魔獣とハナズの登場は不可解です。一連の流れを統率している者がいてもおかしくはないですな」
「それを統率できるものがロキドス以外にいるとは思えない」
堂々巡りだ。ずっと見つからない答えを探し求めている。
「どちらにしろ結界を何とかできれば、憂いなどないと思うのですが、私がふがいないばかりに……」
「いや、博士はよくやってくれた。少なくとも魔石の元を解析できたのは大きい」
ゼゼの本心からの言葉だが、博士の顔はさえない。
「私の余命はあと一週間です」
淡々と告げる。
解析魔術で己の余命も測れるので、そこに大きなずれはないのだろう。
ラセニアの年齢は今年で八十五歳。
人として十分すぎるほど生きたが、その表情には後悔がにじみ出てる。
「やり残した仕事の大きさを考えると……死んでも死に切れません」
その言葉の重みを理解してゼゼは何も言わない。
「後人のために私が研究し続けたすべては残しました。特に秘匿魔術について……まとめたモノを渡してもらえませんか?」
ゼゼは言葉に詰まる。
秘匿魔術についての情報。それを渡す相手というのは一人しかいない。
「あの子に才能はあるのか?」
「あの魔力量は普通じゃない。素養も間違いなくある。これはお世辞抜きの言葉です」
「しかし、一度失敗した」
「魔力制御が未熟だったためです。しかし、どういうわけか今は完璧なほど扱えてる。タンタンと比べても遜色ないほどだ」
「……」
「あなたもわかっているはずです。どれほど貴重な存在か……だから、鷹の目であの子をずっと監視し、寿命を削ってでもあの時助けに行ったんでしょう?」
「まあ……な」
ゼゼを縛る絶対的な結界を無力化できる可能性のある分解魔術。
その才能を持つ唯一の人間。
勇者エルマーの孫、ユナ・ロマンピーチ。
三章完です。ここまで読んでいただいた皆さん、ありがとうございます。
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