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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編
45/223

第45話 害虫に名乗る名はない

 それは遠い昔の噂程度に聞いた話。

 「殲滅」と呼ばれたそれ。出会えば、即死。生き残ったもので原型をとどめられた魔族はいないと言われる。すべてを塵と化す者。


 魔人たちのの間でも、戦ってはならない相手として共有された情報。

 最強のエルフ。

 見た目は華奢で子供のような体型だが、美しい白髪と肌、尖った耳と青い眼という特徴は典型的エルフだ。


 どこにでもいそうであるが、一度見れば頭に離れない印象が残るという。

 その風貌を少しでも見たときの対処。


「戦うな。全力で逃げろ。それ以外に――」 


 生きる術はない。

 魔王と呼ばれたロキドスさえ恐れたエルフ。

 唐突に現れた噂に近い特徴を持つそれ。


 研ぎ澄まされた魔力の放出は、凪いだ海のように静かだが夜空の底知れない奥深さのようにどこか神々しい。

 その立ち振る舞いは恐ろしい以上にただ美しい。思わず見惚れてしまうほどだ。


「お前がゼゼだな?」


 かなりの距離が空いていたはずが、一瞬のまばたきですぐ目の前にゼゼは立っていた。


「害虫に名乗る名はない」

「面白い!! ここでお前を殺――」


 指を動かす間もなく、気づくと爆ぜる音。

 ポトリと地面に落ちたのは自分の頭部の半分。

 視界が揺れて、目の前が揺れる。


 放たれたのはただの魔弾。

 が、スピードと威力が他の術者の比じゃない。

 そんな思考すら命取りになるといわんばかりにゼゼが容赦なく、魔弾を撃ち放つ。魔壁で身体すべてをガードするが、無尽蔵に打ち放たれる無機質な死の弾は魔壁を蹴散らし、身体を吹き飛ばす。


 気づくと空を見ていた。立ち上がろうとする両足がない。

 胴体だけを起こす。相対するゼゼは同じ位置から一歩も動いていない。


「これは戦いじゃない。ただの処刑だ」


 致命的なほど流れ出る自分の血を呆け、ひねり出た言葉。


「ま、待て……」


 命乞いはプライドが許さない。


「こ、ここに来た理由を聞かなくてもいいのか?」

「今すぐ語れ。でなければ心臓をえぐる」


 ゼゼの双眸そうぼうに揺らぎは全くない。

 まもなく心臓をえぐられる。逆に言えば、一呼吸の間、命が保証される。

 残った左手を力なく地面につける。


「私がここに来たのは――」


 片手と地面を合わせて繰り出すハナズの奥義、


「無窮煉獄柱!」


 己の身体すら燃やし尽くしかねない灼熱の炎がハナズの周辺に火柱として上がる。その熱にあらゆる生物はのけぞり悲鳴を上げてきた。


「やったか!」


 目の前に広がる煉獄の炎を片目で見ていた。


「火遊び程度の魔術で勝ち誇るとは滑稽な害虫だ」


 片目でとらえていたのは己の炎で揺れる小さい影。自分のすぐ後方にいて、後頭部に指が触れる。その揺らめく影は、ハナズが生涯最後に見た景色となった。

 アルメニーア最大の闘技場、ゼゼ滞在わずか五十数える間もない出来事。





 まばたきするごとに変わる出来事の連なりにディンは思考が追い付かなかった。

 ゼゼが来てくれたこと、ハナズの心臓がえぐられ息絶えたことまでは脳の処理が追い付く。 

 次の瞬間、すでにゼゼは目の前を何事もなかったかのように歩いていた。


「ゼゼ様……お手を煩わせてしまいました」


 ルゥは言うことの利かない身体でひざまずく。


「過ぎたことはもういい。それよりエリィは?」


 ゼゼは妙に早口だ。


「ハナズの手により亡くなったと思われます」


 淡々と見たことをルゥは告げる。


「そうか……私はもう戻る」


 ゼゼの視線がこちらに向く。


「ユナ。ルゥが回復次第、即刻王都に戻れ。これは命令だ。ルゥは回復するまでにユナを連れて、タンタンとの合流を最優先。守ってもらえ」


 息つく間もない命令。

 ルゥはすぐに「わかりました」と言葉を返すが、こちらは言葉が出てこない。

 あまりにもいろいろと性急すぎる。


(何をそんなに焦ってるんだ?)


 あまりにも来るタイミングが良すぎたのでおそらくゼゼは闘技場の出来事を魔道具で監視していたはずだ。

 その事実で色々な気持ちが交錯してぐちゃぐちゃになる。助けてくれたというありがたい気持ちと、なぜぎりぎりまで来なかったのかという疑問。


 闘技場は死体の山だ。ゼゼがもう少し早く来てくれていれば、これだけの惨事にはならなかった。エリィだって死ぬことはなかった。

 自分の力の無さを棚に挙げて、責め立てたい気持ちが湧いてくる。


 でも、そんな気持ちは自然と雲散霧消した。

 魔人を圧倒したゼゼの身体をまとう魔力がどんどんすり減っていたからだ。それは明らかに異常だった。


 ゼゼはある日を境に戦いの前線に立たず、ずっと王都から出ることはなかった。魔術師団公式の行儀にも参加せず、ユナの見舞いにも一度たりとも来なかった。

 今思えば、その徹底ぶりは明らかに異常だ。


(もしかして出てこなかったのではなく……出てこれなかったのか?)


 ゼゼはこちらに視線を一瞬だけ向けて、右手に持つ瞬間移動の魔道具でその場から消えた。

 機密というベールで被われたゼゼの秘密の一端を目撃し、しばらく言葉が出てこなかった。


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