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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編
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第34話 異常事態です!

 オークション当日の早朝、アルメニーア南部にある深い森の奥にて魔獣捜索は続いていた。三面犬は動きが速く、広範囲の移動をする魔獣ということでその捜索にはてこずっていた。

 

 当然、狩るまで終わることはない。被害のあった場所や探知魔術による痕跡を追い、現在人が定住していない森の奥深くまで団員たちが調査している状況だ。

 ソメヤはその最前線に立っていた。といっても形だけだ。

 

 面倒な仕事はいつも下に投げる。

 安全圏で指示を出すだけ。

 

 今までのつけで広がった悪評を挽回すべく、緊急時に最前線で鼓舞する姿を見せる。


(少しでも顔を出せば、とりあえず体裁は整えられる。そして、昼になれば、オークションの方にまわれる)


 というあざとい計算。

 朝の時間を狙ったのは単純だ。魔獣の動きが活発化するのは基本夜。

 実際、アルメニーアの周囲をにぎわす三面犬の被害はいずれも日が傾いてからだった。


 つまり、このタイミングは安全圏。そんな確信があるからこそ特に恐れることなく、探知魔術の魔道具を使う部下たちに積極的に指示を出す。

 世の中はタイミングが大事。


 同じ道を歩いてもわずかに遅かっただけで落石に見舞われて死ぬこともあるし、二日前に歩けば野盗に襲われることもある。

 同じ場所でもタイミングで運命が変わる。


 ソメヤはそれを計るのがうまいと自負していた。

 この時までは……


 それが姿を見せたのはすぐ横だった。

 横を見ると、部下の頭を飲み込む三面犬。

 通常の犬の十倍はある巨大な身体と鋭い爪、三つの顔には獰猛な牙。

 怖気づき、動けなくなる。


「ソメヤ司令官!」


 後方にいた隊員が魔弾を連射する。

 が、豆鉄砲を食らったようにそれはぴんぴんとしていた。

 攻撃した隊員に身体を向け、三面犬は即座に襲い掛かる。隊員が死体となって動かなくなるのは、あっという間の出来事だった。


 その機敏さに誰も動けない。

 振り返ると、四人以上が無残な屍に変えられていた。

 ソメヤは今まで魔獣というものを見たことがない。


 魔族の巣がわずかながら現存する北部と違い、南部に位置するアルメニーアは王都オトッキリーと共に魔族に襲われることはほぼなかった。

 ゆえにこの街の住人は、魔族というものは神話に出てくるモンスターのようにとらえている人が多い。少なくとも昔、確かに存在したと実感している人間は少ない。


 ソメヤもその一人だった。

 知識として魔族や魔獣には詳しく、専門家を自称していたがそれは間違っていることに気づいた。

 震える足を止めるため、深く深く呼吸する。


「しゃあああああっっっ!」


 悲鳴のような叫び声をあげて、ようやく身体が動いた。

 魔術解放……からの炎魔弾。

 三面犬の真ん中の顔の目をえぐり、わずかに声をあげる。


「ひるんだぞ! 総攻撃だ! 戦え、戦え!」


 司令官としての自負心か、自己保身かわからないが、勇ましく最前線で鼓舞するソメヤに皆が続く。

 二十人近くで囲い、魔弾を連射。それがきかぬとなれば、二級魔道具爆炎花。

 じわりじわりと相手の身体をそぎ落とすが、こちらも半数はすでに死亡。


「だあああぁ!」

 

 ソメヤが練り上げた渾身の炎魔弾。

 胸部にめり込み、三面犬は苦しみの雄たけびを上げる。

 そのまま倒れこみ、ピクリとも動かなくなる。


 その場にいる全員が「はああぁ」とため息をついて、身体ごと倒れこんだ。

 気づけば五十名近くいたうちの半数は息絶え、残りも全員どこかしら怪我をしていた。


 たった一匹にも関わらずすさまじい相手だった。

 なんとかしのいだが、これが十匹近くいるという事実はとんでもないことだ。

 ソメヤはようやく自分たちの置かれた立場を理解した。


「このままではアルメニーアはとんでもないことになる」


 ほんの少し座りこんでいると、後方から報告部隊が来た。


「異常事態です! アルメニーア東部に大量の三面犬が発生。今、正に玄関口で攻防戦を展開中。目視できる限り三十匹近くいるとのこと」

「はっ?」


 最初聞き間違いかとソメヤは思った。報告部隊もそう受け取ったのか、繰り返し同じ報告をする。


「三十匹だと……多くても十匹より少し多い程度という話じゃ……」

「さらに南東部にも複数の三面犬が発生したとのこと。また、空を飛ぶ一際でかい魔獣を目撃したとの情報も!」

「……どうなってる?」


 想定の数をはるかに超える魔獣の出現にソメヤは動揺を隠せない。が、それを噛み殺すようにソメヤは淡々と指示を出す。


「すぐに本部からの援軍を派遣させろ」

「もう要請済み! 今まさに向かってると思われます」


――ならいい


 そう言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 眼前の信じられない景色を目の当たりにしたからだ。

 森の奥から湧いてきたのは大量の三面犬の群れ。目視できる限り、三十匹以上。

 こちらに一歩、一歩牙を出して近づいてくる。


「……終わった」


 しのいだと一息つけば、即座に絶望が波のように襲ってくる。

 圧倒的な戦力差を前にすると立つ気力もなくなるらしい。

 それは他の隊員も同じようで皆、目の前の絶望に呆けていた。


 一歩一歩近づく死の音。

 死の射程圏内に入り、獰猛な牙が目の前に見えた時、思わず目を閉じた。

 永遠の暗闇に変わる。


「指揮官が下を向くな!」


 目を開けると、筋肉隆々の大男が、眼前に立ちふさがり三面犬の口を掴んでいた。そのまま力ずくで口を開かせて、引きちぎる。

 異常なまでのパワーだ。


「アランさん」

「戦えるなら、立て。戦場は誰も待ってくれない。お前が選んだ道だろうが」


 三面犬の真ん中の顔は見るも無残な形となったが、本体は動きを止めずアランに襲い掛かる。

 反発魔術。後方に態勢を崩した三面犬に瞬時にアランは襲いかかり、強烈なはたき込み。からの踏みつけ。素手で三面犬の一匹をあっさり狩った。


 流石は六天花序列五番の魔術師だ。ソメヤの中を覆っていた絶望が自然と消えていく。


「立て! ソメヤ! 援軍はどんどん来る! この急場をしのぐぞ!」

「はい! アランさん」


 ソメヤが立ち上がり、残りも続々それに続く。

 続々とその場に参戦するのはゼゼ魔術師団の魔獣討伐部隊。援軍は想像以上の多さであり、その数を見て奮い立った側面も否定できない。

 が、何より重要なのは己の意志で立つこと。

 そして、戦う姿勢を示すこと。


「四人一組だ! なるべく死角を作るな! 挟撃される形を作られないよう声をかけあえ!」

「はい!」


 傷だらけの兵だったか、再び士気を取り戻す。少しずつだが、アランを中心に劣勢をひっくり返していく。わずかながら生まれた余裕でソメヤは重大なことに気づいた。


「アランさん。援軍はありがたいんですが、ここに人を持ってきすぎでは?」


 本部からくる援軍の数は把握していたが、そのほとんどがここに集まっていた。


「ほかにも二か所、危ない部分があるんです! 特に東部! ここだけ守っても」

「大丈夫だ。ちゃんとこれでバランスが取れてる」

「はっ?」 


 言葉の真意を理解できなかったが、言葉をかわす余裕がない。

 ソメヤは目の前の魔獣討伐に全神経を集中させた。


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