第33話 一級魔道具を大量に所有しているのは才能だ
気を失うアイリスをベンチに寝かせる。
アイリスが気を失っていたのは少しの間ですぐに目を覚ました。
「うっ……」
夕日が落ちて、辺りはすでに薄暗い。
「負けちゃったみたいっすね」
隣のベンチに座っていたディンに気づき、アイリスはぼやく。
「やっぱりユナちゃんはすごい。三年のブランクがあっても勝てないなんて……」
「アイリスだって十分すごいよ。私はちょっと搦め手使っちゃったし、正攻法だったら勝てたかわからなかった」
「慰めの言葉はいらないっすよ」
素直な感想を言ったつもりだが、アイリスは別の受け取り方をした。
「私は魔術師団の中でも浮いてるんす。私の強さって魔術ベースじゃなくて魔道具ベースなんで」
アイリスは魔道具の力を引き出して戦う稀有な存在。もともとのベースとなる魔道具の力が強ければ、当然その分有利だ。
「普通の人は一級魔道具なんて一生持てないっすよ。でも、私は身体中につけて戦える。性能の差で相手を圧倒するから、陰で金に物言わせた戦い方だ! なんて言われたり……」
短い期間だが、魔術師団内にいて気づいたことがある。魔術師は存在証明のためか、魔道具をあまり使わない傾向がある。無論、ほとんどの人間は魔道具を所持しているが、己の磨いた魔術に頼る傾向が極めて強い。
ディンが訓練で一級魔道具を使用した時に口論になったのも潜在的に魔道具を毛嫌いしている者が多いからだろう。ディンやアイリスのように魔道具を率先して使うのは少数派だ。一級魔道具を全面に使うアイリスの戦い方は、他の魔術師からすれば妬みの対象になるのは容易に想像できた。
だが、ディンからすればその考えには異論がある。
「アイリス。根本的に間違ってるよ。君が悩むことなんて一つもない」
隣に座り、アイリスの肩をぐっと掴む。
「そもそも一級魔道具を大量に所有しているのは才能だ」
「いや、才能って……」
「才能だ! 健康に生まれるのも才能。容姿がいいのも才能。身体がでかいのも才能。魔術が使えるのも才能。なら魔道具を大量に所持できる恵まれた環境に生まれるのも才能だ! 周囲の妬みなど流して、その才能を生かすことだけ考えたらいい」
アイリスは呆気に取られてしばらく固まっていたが、やがて声を上げて笑う。
「面白い発想っすね。確かに考え方次第っす」
「多数派の価値観に合わせる必要はない。アイリスは自分の価値観を大事にすべきだ」
これは自分の言葉ではなく、勇者である祖父エルマーから言われた言葉だ。
相手の価値観を理解することは大事だが、何でもかんでも受け入れ、それに合わせると時に自分を見失う。
アイリスは真顔でディンをじっと見つめていた。
「なんか、今日のユナちゃん別人みたいっす。大人って感じ」
「えっ? そ、そうかな」
「うん。それにまるで別人と戦ってるみたいでしたよ。根本的に戦い方を変えたんすね」
ドキリとさせられる言葉だ。他の人にはっきりと指摘されたことはないが、もしかしたら色々と違和感を持っている人間はいるのかもしれない。
「他に何か気づいたことってない? 前の私と違うところ」
アイリスは少し考え込んでから目を合わせる。
「そうっすね。明らかなのは魔力っすね」
「魔力?」
「うん。昔よりずっと少ないっす。まだ本調子じゃないんすね」
タンタンにも同じ指摘を受けたことを思い出した。ディンとしては全力で魔力を開放してるつもりだったが、本来の力は出し切れてないらしい。
【まだまだ魔術師として半人前だってことだな。精進しろよ】
シーザの指摘が正しいのだろうが、シーザに言われるのはなぜか腹が立つ。
気づくとすでに周囲は真っ暗だ。
「帰ろっか」
ディンは促しベンチから立ち上がるが、目の前の大問題に気づいてしまう。
「……この広場の惨状、どうする?」
公共の場である広場は、二人の戦いで舗装された地面は凸凹にえぐれ、噴水が破壊されていた。少し遠くにある軽食屋の店は外壁が壊れ、内装がはっきり見えている。
その惨状を見るかぎり、弁償は免れられない。
「大貴族の娘という才能を存分に使います」
「……私はお金、出さないからね。あと、壊した魔道具弁償してね」
「えっ?」
ユナの友達であっても、ドライに対応せざるを得ない時はある。
今こそ自分の価値観を大事にすべき時だ。
「アイリスはロキドスじゃないかもな」
シーザがそんな感想を口にしたのは、アイリスと別れた直後だ。
現在、変身魔術を解き珍しくエルフの姿で隣を歩いている。
すっかり周囲は夜の帳が下りていたが、魔道具の灯りが一定間隔で道を照らしているので、不安はない。むしろ大通りはまだまだ人の行き来は活発で当然のように若い女子たちも出歩いている。
「理由は?」
「うーん。なんか年相応の女子って印象受けたからなぁ。あの悩みだっていかにも貴族の娘って感じじゃないか。他の奴らと違って本音で語ってるように見えたよ」
ディンは呆れた眼でシーザを見る。
「印象だけで容疑から外すか。軽い捜査だな。ロキドスは完全に本人になりきってるって話じゃなかったか?」
「そうだけどさ」
「それならアランやエリィも容疑から外せるよ。エリィなんて子供のころからの付き合いだし」
シーザは口ごもる。
「北部オキリスのフリップ家のご令嬢。フリップ家と言えば魔石採掘権を持つ大貴族だ。ゆえに王都以上に魔道具に溢れた区域で、魔道具師になるのが一般的だ。にもかかわらず単身十才で王都へ渡り、魔術師団に入団。その理由は明らかにしていない」
「アイリスの両親からすれば成人してないころから自分の眼が届かない王都に娘を置くのは抵抗があるし、ひと悶着あっただろうな。まあ、それだけ魔術師になりたかったってだけかもしれないぞ」
「だな。俺が言いたいのはさ、俺たちの知らない一面がまだまだたくさんあるってこと。この程度で中身を知った気になるのは危険だぞ」
ユナを演じていて気付かされたことだ。ユナのことなんてなんでも知っていると思っていたが、知らないことがいくらでも出てくる。
「年下のガキにそんな達観したこと言われると思わなかったぜ」
そう言いつつ、シーザは反論しない。
「俺はまだ魔術師という存在をよく知らない。あいつらの事を知るためにもまずはそこを深く学ぼうと思う」
「良い心がけだ。今回の討伐で、魔術師のことがよくわかるはずさ。特に中心となる六天花のことはな」
魔術師団最高の才能である六人の魔術師が今回の討伐で全面的に出てくるのは間違いない。
誰が魔王ロキドスなのか見極めることができなくても、ある程度容疑者を絞る。
そう決意し、シーザと共に夜の街を歩いた。
翌日、オークションにて国を揺るがす事件が起きる。




