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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編
31/224

第31話 私と手合わせして欲しいっす

 目を覚まし、いつもと違う天井だとディンは気づく。

 アルメニーアの邸宅だと思い出し起き上がる。

 

 ミッセにいる母には邸宅にある音声転移魔道具で連絡を入れた。かなり心配されて押し問答となったが、兄を探すことを説明して保護者であるシーザがいることも伝えてなんとか納得させた。

 

 しかし、目覚めて日が浅いユナを心配するのは当然のことで母を心配させていることに罪悪感を感じる。

 

 さらに気が重くなるのは自分の死を母が知る日が近いことだ。母の心中を想像すると、胸が苦しくなった。とにかくこれ以上の心配をかけさせないためにも早急にセツナを見つける必要がある。

 

 下に降りて朝食の準備をする。キクは基本、朝は寝ていて起きることはない。

 シーザを叩き起こし、眠気眼で一緒に朝食をとった。

 食事を終えた後、入り口を騒々しく叩く音が響いた。あまりにうるさいので仕方なく扉を開けると、同時に飛び込んでくるのは一人の少女。


「ユ―――ナちゃあああん!」


 ものすごく響く声と共に抱きしめられる。しばらく脳がフリーズして動けなくなった。


「久しぶりっす! 復活して何よりっす!」

 

 ゼロ距離で顔を向き合い、相手がアイリスだと気づく。タンタンやアランなどの討伐部隊がまだ到着してない段階で後続部隊のアイリスが来てると思わず、ディンは戸惑った。


「ひ、ひさしぶり。まさか今日来るなんて……」

「エリィ様の配慮っす。特別に私だけね」


 フリップ家のお嬢様であるのでゼゼもある程度特別待遇してるのだろう。

 アイリスの後方にルゥが黙って立っており、こちらを無表情で見ていた。


「ユナ。おはよう」

「うん。ルゥ。おはよう」


 アイリスに抱きしめられたまま答える。とりあえずアイリスを引き離し、改めて観察。

 

 アイリス・フリップ。栗色の長髪を二つに分け、頭の高い位置で結った髪型をしており、短パンにジャケットとラフな格好だ。特徴的なのは身体中に魔道具と思われるものを多数装備していること。ゼゼ魔術師団の中で魔道具を大量に装備しているのは稀有だ。流石は北部オキリス領の辺境伯ご令嬢といったところか。

 

 アイリスによると、ゼゼからオークション当日までユナの手伝いをするよう指令を受けたという。


「で? これから何するんです?」


 アイリスは純朴なまなざしを向けてきた。何も聞かされてないことで、とりあえず人員をあてがわれただけの存在だと悟る。この雑な扱われ方、なんとなくユナの立ち位置と似ている気がする。

 

 ディン・ロマンピーチの失踪の説明をすると、たちまちアイリスの表情が曇った。


「あの男の捜索かぁ」

「アイリス? 一応、私のお兄ちゃんだからね?」

「あっ! そういえばそうでした! ごめんね」


 悪びれずにアイリスは舌を出す。明らかに良い印象のない人間に対する態度だったことにディンは戸惑う。一度ユナの見舞いに来た時に挨拶を交わした程度で嫌われるようなことをした覚えはなかった。


「昔、色々あったんすよ」


 アイリスは急に遠い目をする。


「何があったの?」


 その問いかけを待っていたかのようにアイリスは烈火のごとくまくしたてた。


「超人気人形師ゲッキツの作った自動人形シリーズ! その限定版をあいつはコネで大量購入したんっす! そして、そのあと高値でオークションや他のやつらに売りつけたんすよ! 転売っすよ! 転売!!」


(需要に対し供給が追い付いていないことに目をつけた天才的審美眼だと自負していたが、ダメなのか)


「おかげで高値で買わされたっす!」


 見事にディンの術中にはまっていた。が、アイリスはかなり根に持っているようだ。なんであれユナとの友情の亀裂を作るのはまずい。


「最初欲しくて衝動買いしちゃったけど、他の欲しい人のことも考えたんだと思う。だから、そのあと売ったんじゃないかなぁ。思いやりの心があるからこそだよ」

「ユナちゃん、ピュアすぎ! それは違うっす。君の兄はあくどいっす」

「私もそう思う。ディン・ロマンピーチはずるい」


 珍しくルゥが会話に入る。


「まさかルゥさんも何かあったんすか?」


 アイリスの問いにルゥは深くうなずく。


「二年前、彼が期間限定の屋台を開いていたので、行ったことがある。メニューは昨日行ったお店のシチューと似た味」

「まさかそのシチューに何かが?」


 ルゥは首を横に振る。


「シチュー自体はおいしかった。問題はお皿……彼だけ他の屋台と違うお皿を使っていた」

「どんなお皿なんすか?」

「底上げされてた。真ん中の部分が山のように盛り上がってて、見た目より量が少なかった。裏切られた気がした」


(ボリューム感をキープしつつ、コスト削減を実現した天才的アイデアと思ったが駄目なのか)


「た、たぶんお皿のデザインが気に入ったとか……そんな感じじゃ……」

「それはない」


 二人は声をそろえる。ユナの友人である二人に最悪の印象を与えていたことに、ディンは自然と顔色が悪くなる。このままではユナとの絆にも亀裂が入ってしまう。


【ディン君? 君と行動してから私はどんどんがっかりさせられるよ。どれだけの悪事を働いてるんだい?】


 念話で達観したように語りかけてくるシーザの声を無視する。


「頭は良いんだろうけど、彼は人の気持ちに寄り添ってない」


 ルゥの何気ない一言が、少し胸に刺さった。

 自分とその周りさえ得すればそれでいいと考えて行動していた。しかし、それは時に人に損を押し付け自分の信頼を落とす行為にもなる。

 それは決してかしこいとはいえない。


――損得勘定ばかり数えるな。人に尽くすことを考えろ


 祖父エルマーから戒めのように言われた言葉の真意に今さら気づく。たぶんユナの身体に転生していなければ、一生気づかなかったことだ。


「アイリス、ルゥ。お兄ちゃんの悪口はよくわかったよ」


 ここで二人は妹のユナに対し少し申し訳ない表情に変わる。


「直接、本人に言ってやればいいよ! そのために捜索を頑張ろう!」


 ディンの言葉に二人はうなずいた。どこにもいない人間の捜索が始まる。





 二日間、ルゥやアイリスと共にディンという存在しない人間を探しつつ、キクやシーザと共にセツナの情報を集めたが成果は全くなかった。

 やったことと言えばポールの店でのただ飯食いとポールの店の悪評を広めたくらいだ。


 夕方ソメヤにディンがいない報告に向かう。

 行方不明の期間が長ければ長いほど事件性は高まる。魔獣捜索の進展がないことも重なってか、ソメヤの表情は心無しか重くなっていた。


「明日はきっと見つかるっすよ!」

「元気にしてると思う」


 同行したアイリスとルゥもディンへの悪態をつくのを一切止めて慰めに徹している。ディンとしては無駄な捜索に付き合わせて申し訳なかったが、見つからない兄を心配する重い空気を演じなければならない。


「明日のオークションに来るかもしれないから私行くよ」


 明日開催されるダーリア王国最大のオークション。世界各国の船が入ってきて、すでにアルメニーアはたくさんの人で活気に満ちている。人でひしめいている分、トラブルも起きやすい。

 魔術師団支部内も人が少なく、外の任務にほとんど駆り出されていた。


「ユナちゃん、このタイミングで言うのもなんすけど、お願いがあるっす」


 ルゥと別れて、魔術師団支部から出た時にアイリスから声をかけられる。


「私と手合わせしてほしいっす」

「急になんで?」

「自分の実力を確かめたいっす。三年前はユナちゃんに全然勝てなかったから」


 ディンは純粋に首をかしげる。


「六天花なんだよね。それってゼゼ様から認められたって意味で、十分実力があるってことじゃないの?」

「それは違うっす。六天花はそもそも純粋な強さで決まってないっす。貢献度や影響力、魔術団に対してよりプラスになる存在を枠に組み込んでるだけっす」


 エリィからもそれとなく聞いていたので驚きはなかった。そして、理にかなっているとも思う。

 

 魔道具の量産により、魔術師は減り、魔術師団の規模は縮小しつつある。単純な強さなどとは別に、対外的に魔術師の存在をアピールできる広告塔のような人間や影響力のある人間は、強さとは別の価値を持つ。

 

 王族であるエリィはもちろんであるが、アイリスもダーリア王国北部にあるオキリスで最も影響力のある貴族の娘であるので、持ち上げる理由として十分だ。


「もちろん他はみんな強いっす! エリィ様だって実力がどんどんついて今では六天花としてふさわしい存在っす。でも、今の私は……」


 アイリスの声が沈む。


(意外に自分を卑下するタイプの人間だったか)


 この二日間でそれなりに会話して、性格は理解したつもりだったが、人間を理解するには十分な時間じゃないらしい。


「ユナちゃんと戦って、自分の立ち位置を確認したいっす」


 アイリスはまっすぐな目で見つめてくる。アイリスはユナの友人であり、不審な点は一切ないが、六天花の一人だ。つまり、ディンを殺した容疑者の可能性がある人物である。もしロキドスであり何か企みがあったなら、今のディンに手に負えない。


【適当に理由つけて断れよ。二人きりになるのはよくない】


 そう念話で指示するのはシーザだ。間違ってはいない。

 が、二人きりにならないと相手が語ってくれないことだってあるのも事実だ。そして、手合わせすることで見えるものもある。


――頭は良いんだろうけど、彼は人の気持ちに寄り添ってない


 人の気持ちに寄り添うというのが、ディンにはまだいまいちわからなかった。だから迷った時、ユナならこうするだろうと考えて動いてみることにした。

 だって、これは間違いなくユナの人生だ。


「じゃあ、暗くなる前に広い場所に行こうか?」


 だから、自然とそんな提案が口から出た。

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