第30話 ゼゼ様の怒り顔も可愛いっすね
「おい! キク! どういうことだ!」
ルゥと別れて家に戻るなり、ディンはキクに怒鳴りつけた。
「ポールの野郎が、俺の商売をパクってやがった。なんでそのこと知らせなかった!」
キクは机に向かい黙々と魔道具を作っていたが、呆れた様子でこちらを見る。
「一つ。ポールには色々と利用価値がある。二つ。あんな商売、一過性でどうせ失敗すると思った。こんな感じ。それよりポールをいじめてただけでほとんど何もしてないじゃないか」
聞いていたらしい。よく見ると、片耳には、得体のしれない装置がついている。
「魔術師団の司令部っぽい部屋に飛耳をつけておいた」
「知ってる。さっそく色々情報入ってきた。作戦で二つわかったことがある。どうやらソメヤは魔獣退治を本部の人間にほぼ丸投げするようだ。セツナも投入する気はない」
「やっぱりか」
「つまり、オークションにセツナが来る。ただどういう形で潜んでいるかは不明だ」
「もう一つは?」
「ゼゼがさらに人員を送ったらしい。最大十匹とみられていた三面犬だけど、被害がさらに拡大していて、もう少し多い可能性が出てきたそうだ。エリィ殿下もこの街の任務につくことが決まったから、六天花が勢ぞろいってことになる」
「序列六番のお嬢様も来るの?」
「みたいだね。その子とは気が合いそうだから、ぜひここに連れてきてほしいな」
六天花序列六番、アイリス・フリップ。魔石採掘場がある北部オキリス領の辺境伯ご令嬢。ユナのお見舞いで一度面識を持った程度だが、ディンもアイリスには興味があった。
「ユナと仲良かったって話だろ? ディン、さっきみたいに友情を壊すようなへまはするなよ」
シーザに釘を刺され、「わかってるよ」とディンは答える。
魔術師団本部最上階の私室にてゼゼは、アルメニーア支部のソメヤとの音声転移装置による会話を終えた。
「思ったより、事態は深刻ですね」
ソファに座るのは、ジョエルとエリィ。
エリィの報告後、ソメヤから魔獣によるさらなる被害拡大の連絡を受け、即座に追加投入を決めた。
三面犬はケルベロスの亜種であり、魔王が君臨する時代を知るゼゼからすれば大した魔獣ではない。が、現在の平和ボケした人間たちからすれば一匹一匹がとてつもない化け物に映るのだろう。
特にアルメニーアは長年、魔獣の被害がなかった街であり備えや警戒心も薄い。早急に根元を断たねば、さらなる被害が拡大するのは容易に想像がついた。
ただ今の事態に違和感がなくもない。三面犬はケルベロス同様、基本的に孤高だ。まれに複数で行動するが、それでもせいぜい三匹、多くても六匹が限度だ。
にもかかわらず今回は常に群れで行動している印象を受ける。
「なんだかきな臭い動きですね」
ジョエルはゼゼの思考を読んだかのように感想を述べる。
「あの周辺はほぼ魔族の巣は駆逐したはずですし、どこから来たのかも気になりますね」
「ああ。とりあえずこちらの最高戦力は送った。やれる手は打ったから様子見だな」
正直、大げさなほど戦力を動員したが、アルメニーアは王都の傍にある重要拠点だ。オークションで人が集まる時期でもあるので、余らせるより過剰な方が案配として適切だと判断した。
「エリィ。お前も働いてもらう。念のためオークションの方に出張ってもらうぞ」
第二王女であるが、魔術師団内では一番上はあくまでゼゼだ。当然、エリィもそれはわきまえている。
「了解でーす」
軽い口調で立ち上がり、部屋を出ようとした時、思い出したように振り返る。
「そういえば、もう一つご報告が」
「なんだ?」
「ディン・ロマンピーチの行方がわからなくなっているようです」
「何?」
ゼゼとジョエルはそろって訝し気な表情に変わる。
「ディンめ……」
エリィが部屋を出た後、二人きりになったタイミングでゼゼは口を開く。
ディンが姿を消したのは一週間前、フローティアと会った後。
一部の魔術師団のみ出入りが許される討伐記録全書がある空間への転移カードを渡した。一週間の期限で戻ってくるはずだが、ディンから連絡の一つも現在来ていない。
「私と秘密のやり取りをした後に消息を絶つとはな。ディンが仕掛けてきたとみるべきだ」
魔術師団員と会った直後に失踪。この騒ぎが変な方向に転がれば、魔術師団に良くない噂が流れ、下手をするとのっぴきならない事態になりうる。
「とりあえず直前でディンと会ったという部分は即刻鎮火させないとな。後手後手になると、どんどん奴の思惑にはまるぞ」
「ちょっと待ってください。何かおかしい気がします」
ジョエルは即座に反論する。
「どういうことだ?」
「彼は確かに魔術師団を嫌っている。ですが、このタイミングで姿を消すのは不自然です」
「なぜ?」
「妹のユナが目を覚ましたんです。彼女に心配をかけるようなことをするとは思えません」
「むっ」
そう指摘されて、気づく。そもそも魔術師団を毛嫌いしている理由は、ユナの事故の一件からだ。
ディン・ロマンピーチは一族の中で異端だ。非常にずるがしこい一面があるが、家族を大切にしている側面もある。姿をくらます計画があったとしても、妹のユナが三年ぶりに目覚めて駆け付けないほど冷徹になれる人間だろうか?
流石にそれはないとゼゼは気づく。
「とすると、本当に何かあったのか?」
「こればかりはわかりません」
ゼゼは思わず舌打ちしてしまう。
(この前まで暇をかみ殺していたのに重なったように問題が立て続けに起きる)
「どちらにしろ最優先は魔獣だ。そこをきっちり狩る。ただディンの行方もジョエルの方で情報収集してほしい」
「了解しました」
話が落ち着いたタイミングで扉をノックする音が聞こえる。こちらの返事を待たず、ノックした人間は扉を開けた。
「ゼゼ様、どもっす!」
陽気な声で、テクテクと部屋に入りにこにこしたまま対面したソファに座る。
「いやぁ! 王都内の仕事ばっかで退屈だったところっす。ようやく私も王都外デビューできるので楽しみっす!」
「遊びじゃないぞ」
「わかってますって! でも、なんだか運命感じるっす。オークションは私、毎年楽しみで個人的に出かけてるんすよ! まさか初の対外任務があそこだなんて!」
「本当にわかってるのか?」
ゼゼが睨みを利かすが、対面する少女は臆さず微笑みを崩さない。
「ゼゼ様の怒り顔も可愛いっすね」
あきれて何も言えなくなる。
(最近の若い子にはついていけないが、特にこの子は無理だ)
隣にいるジョエルも数々の無礼に擁護の言葉が出ず、ただ他人のように黙りこむ。
「明日、エリィの瞬間移動で向こうに着いたら、ユナと合流しろ。オークションが始まるまではユナの手伝いをしてやれ」
「はいっす!」
お腹から声を張り上げる。
「頼んだぞ。お前も六天花なんだから」
懇願するようなゼゼの言葉に満面の笑みで返す。
序列六番、アイリス・フリップ。北部オキリスを領土に持つ大貴族のお嬢様。
「にしてもユナちゃんかぁ。久々に会えるなぁ。楽しみ」
まるで任務のことなど忘れたかのような暢気な発言にゼゼはさっそく不安を覚えた。