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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編
29/223

第29話 ん

 その場でいったん解散した後、ソメヤは一人の団員を呼びつけた。


「うちの団員だ。名前はルゥ。短くて呼びやすいのが長所だ。以上!」


 ディンと一緒に行動する団員だが、紹介で分かったのは名前だけ。

 ルゥと呼ばれた少女はペコリと頭を下げた。

 

 肩までかかる髪は青みがかった黒色。どこを見ているか定かでない垂れ目だが、見つめられると妙に印象に残る眼力をしている。相応に整った顔立ちをしているからかもしれない。

 年はユナより少し上といった印象だ。


「ルゥさん。はじめまして。よろしくお願いします」


 軽く頭を下げた後、しばらく見つめ合うがルゥは反応しない。


「あの……ルゥさん?」

「ん」


 舐め腐りきった挨拶に一喝してやろうか迷ったが、ユナの身体であるのでぐっとこらえる。見た目から陰鬱な雰囲気を感じ取ったが、あまりしゃべらないタイプらしい。


「入団して二年程度しか経ってないが、実力はある。街の案内もできるから好きに使ってやってくれ」


 

 そんなわけでルゥを伴い、再び街へ出た。

 あと少しで日が落ちるので時間もあまりなく、一緒に行動することになったルゥと良好な関係を結ぶ時間と割り切ることにした。


 二人して並んで歩き、色々な話題を投げてみるが会話が全く続かない。単純にルゥが質問に対して、断定口調で返すので会話がそこで止まる。会話のキャッチボールという概念がルゥにはないらしい。

 気まずい雰囲気の中、アルメニーアの街を歩く。


「私のこと、覚えてる?」


 唐突なルゥの問いかけにディンは戸惑った。が、そう問いかけるのは知り合いだったからだと察する。


「ごめん。私、昏睡する前の記憶が戻ってないの。だから、色々大事なこと忘れているのかもしれない」

「そう」

 

 こちらに視線を向けず、ルゥは真正面を見たままぼそりという。ユナが昏睡していた間、ユナの友人を名乗る女子がロマンピーチ家の邸宅までお見舞いに来た記憶はあるが、ルゥという女子は来てないはずだ。

 

 さらにいえば、ユナは主に王都の任務に就いており、魔術師団絡みでアルメニーアには遠征したことは一度もなかった。


「ルゥはもしかして前まで王都にいたの?」

「少しの間。私は色々な場所に行くから」


 そう言って黙り込む。なんとなくだが、踏み込みにくい雰囲気がある。もともとこんな感じなのか、少し怒っているのかディンには判断がつかなかった。


「あの……もし私について知ってることがあるなら教えて欲しいな。それは私にとっても大事なことかもしれないから」


 ルゥはしばらく固まっていたが、やがて首を縦に動かし、ネックレスを見せる。


「ユナがくれた」


 あまり高そうなものに見えない銀のネックレス。三年以上前からつけていると考えると大事にしているのがわかる。


「そうだったんだ」

「だから、お返しに私も色違いのものをあげた」

「あっ!」


 ルゥからもらったものを身につけていないことを気にしていたんだとディンは気づく。


【ディン、お前そういうとこな! ユナのこと考えて身だしなみを整えろよ】


 シーザに指摘されるが、もっともである。ユナのことはある程度なんでも把握していると思ったが、ディンが知ってるのはあくまで家族の中のユナだ。魔術師団としてのユナをディンはほとんど知らない。


 それぞれの持ち物にどんな思い入れが込められているのかなんて把握していない。知ってること以上に知らないことの方が案外多いと気づかされる。


「ん。別に記憶がないんだったら仕方ない。安物だし、気にしてない」


 それだけ言って、ルゥは足を速める。

 ルゥからしたら、過去のことが綺麗に消えたような感覚なのかもしれない。今ユナの中にいるのはディンであるが、ユナとルゥの友情関係にひびを入れてしまうのは申し訳ない。

 ディンは駆け足でルゥの隣に並ぶ。


「ルゥ。もしかしたら今の私があなたにとって気分の良くない気持ちにさせているのかもしれない。でも、一つだけ確かなことがある」

「何?」

「昔の私がルゥを友達だと思っていたのなら、今も友達だよ」

「忘れているのに言い切れる根拠は何?」


 視線だけこちらに向けてルゥは問う。


「だって、昔の私が仲良くできるって思った子なんだもん。それなら間違いなしだよ!」


 ディンの言葉にルゥはしばらく固まっていたが、ほんの少し頬を緩ませる。


「何それ……変なの」


 言葉に感情の色はついてないが、先ほどとは違う感触を感じた。もともと口数は少ないタイプに見えるので、徐々に打ち解けていくしかない。


「じゃあせっかくなので街を案内してもらってもいい?」

「わかった」


 ルゥは簡潔に答える。アルメニーアには何度も来ており、十分詳しいのだが、ルゥの細かい人となりを知る上で案内してもらうことにした。


「ちなみにルゥは今回の作戦に加わらないの?」

「私は頭数に入ってない。道案内や書類まとめるのが主な仕事」


 魔術師団内ではまだまだ簡単な仕事しか担当できない立場らしい。といってもルゥはまだまだ訓練生でもおかしくない年齢だ。

 

 ゼゼ魔術師団の魔族討伐部隊は、異常なまでの実力至上主義のため、タンタンやフローティアのような若さでも中心として活躍できるが、本来こちらの方が妥当なのだろう。


「でも、オークションの話は聞いてる。警備として出向くかもしれないから」

「そういえばオークションにクロユリが来るというのは確かなの?」

「うん。今回のオークションは特別なものが出るから。クロユリはそれを狙ってると公言してる」

「それって何?」

「魔王の血」

「えっ! そんなものの現存するんだ」


 胸ポケットにいるシーザの方に視線を向ける。


【魔王は血で力を分け与えるからな。昔は色々な場所に血の小池があったんだ。現存するのは不思議じゃねーよ。保存状態に疑問の余地はあるがな】


「なんで義団がそんなもの欲しがるの?」

「そんなの知らない」


 ルゥは案の定そっけない。


「私はただ仕事をするだけ。それに今重要なのはお兄さんでしょ?」

「まあ」

「一つ、心当たりがある」


 そう言って、ルゥは歩みを進め、ディンは黙ってついていく。





 アルメニーアは港町であり、特に船着き場の近くには飲食店が軒をつらね活気がある。ルゥはその中の一つを指さした。


「ここ。三日前にオープンした」


 ディンは看板を見て愕然としてしばらく固まる。


「勇者エルマーが食べた勇者飯……だと?」


 ディンが王都オトッキリーでオープンを計画していた事業の一つだ。


「誰がこんなこと! オーナーは!」

「ポールって人。その人いわく勇者を最後までみとったマブダチらしい」


(ポーーーールゥ!!! あのボケ。俺の企画パクりやがった!)


 中に入り怒鳴りこみたい衝動を必死に抑え、ルゥについていく。


「ここでは勇者の勝負飯、骨付き肉のガーリックソテー、薬草スープ添えが人気。他にも色々ある」


 ルゥはメニュー表を見せる。


「勇者の家庭飯、魚介シチュー。勇者の非常食、燻製ベーコンと特製パン。勇者の祝杯飯、鴨のサクサクパイ包み、白ワイン付き」


(くそがぁ! 全部綺麗にぱくりやがった! 俺が必死に考えたのにぃ!)


「テイクアウトメニューもある。道中、勇者がよく飲んだポーション。回復効果はないけど、味はそのまま再現。昔懐かしのほんのり甘味が特徴」


(くっ! まさかそこまでパクるとは……)


「俺が全部考えたのにぃ」


 ルゥに聞こえない声量だが、シーザには聞こえたらしい。


【ディン君? 私は君が怖くなってくるよ。全部でたらめじゃないか。よくこんなこと思いつくもんだ】


 ルゥはいまさらながらこちらの表情がおかしいことに気づく。


「ユナ? どうかした?」

「オーナーにぜひ会いたいな。何か知ってるかもしれない」

「うん。かけ合ってみる」


 ルゥは店員と交渉し、少し待つと上機嫌なポールが樽のような体型を揺らし近づいてくる。


「いや、魔術師団の皆さま! この度はオープンしたばかりの私のお店! 『勇者エルマーが食べた勇者飯』へよくぞお越しくださいまし……」


 ユナことディンと目が合い、ポールは固まる。


「やあ! ポール。私とは初めましてかな?」

「ぎゃあああっっと! ゴホン失敬……ああ、ユナ様!! こ、こ、これはこれは……無事で何より……」

「御託はいい。なんだ、この店は」


 ポールは二重顎をぶるりと揺らし、引きつった表情を強引に笑顔の形に変える。


「いえいえ。これはですね。あなたの兄上であるディン様がお考えになったことです。偉大なる勇者様の食事の再現! 食事という側面だけでも勇者様の記憶を再現できれば! そして、これをきっかけに偉大なる勇者様の功績を後世にお伝えできればと考えたのです。それこそが正に私の喜び!」


 相変わらずの口先の上手さにディンは思わず関心してしまいそうになる。しかし、金儲け目的なのは明らかであるのでこちらとしてもいじめたくなる気持ちが湧いてくる。


「どれくらい再現されてるか気になるなぁ」

「ははぁ! 全メニュー! すぐに持ってこさせます」


 兄に言いつけられた時のことを恐れているのか、ポールは即座にテーブルにすべての食事を並べた。ディンが考えた通りの見た目と味であるが、気に入らないので一つ一つ口に入れるたびにいちゃもんをつけていく。


「おじいちゃん、こんなもの食べたなんてはじめて聞いたぁ」

「家で食べたシチューと全然違う!」

「おかしいな? おじいちゃん、保存食で好きなのはチーズって言ってたような」

「えっ! おじいちゃんのマブダチ! 嘘っ! 私、ポールさんが一緒にいるところ一瞬たりとも見たことない!」


 ねちねちと客に聞こえる声量でたっぷり嫌がらせをした後、食事を平らげて席を立った。ポールは青ざめて、登場時より明らかにやつれていた。


「私、しばらくこの街にいるかもしれないから、また明日来ようかな」

「げええええぇ……いえっいえっ! よろしければ、いつでも足を運んでくださいね」


 強引に笑顔を作りまくしたてるも、ふとポールは真顔になる。


「そういえばなぜユナ様はこの街にいるのです?」

「兄がこの街に来てると聞いたんですが、ポールさんは何か聞いてません?」

「げぇ! ディンが来てるって……というか、初耳です」

「そうですか。今、行方がわからないんですよ。もし何かわかれば即座に魔術師団にご連絡お願いします」


 ポールは複雑な表情をしたままその場で呆けていた。

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