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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編
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第28話 お兄ちゃんがいないからです!

 セツナと接触するにはアルメニーアにとどまる必要がある。そのための言い訳を考えた後、ディンはシーザと共に魔術師団支部へ向かった。

 

 日が暮れそうな海沿いの歩道を延々と進むとそれらしき建物を見つける。

 気になったのは、想像以上にこじんまりしていたことだ。


「建物移ったのか。私が昔来た時はもっとでかい場所だったぞ」

「規模が少しずつ縮小しているんだろ」


 魔術師の数が減っているので、当然の流れだ。

 魔術の才能があるものは、より儲かる魔道具師の方へ流れたことも大きい。生活を豊かにする魔道具を作る需要は多く、今度はこの流れがさらに続くと思われる。

 

 入口の衛兵に声をかけると、「ロマンピーチ」という名に反応して、すぐさま一人が建物に入った。まだまだこの名前の効力は抜群だ。ロマンピーチという勇者の威光はこの国を出ても、通じるだろう。


 建物内に通されて、二階奥の一室に案内された。

 広々とした空間に長いソファが直角に並び、奥にはでかでかとテーブルが置かれていた。ソファには見知った顔が二人座っていた。


「ユナ? なんでここに?」


 そう言って、エリィの方に訝し気な視線を送るのはフローティアだ。


「どういうこと? エリィ?」


 エリィはまさか押しかけてくることを予想していなかったのか、頭を抱える。


「ちょっとぉ。ユナ。話が違うじゃない?」

「色々ありまして。フローティアはもう来たんだ」


 馬車を使うと、順調でも二日と半日はかかる距離だ。部隊が王都を出発したのは昼過ぎで現在夕方くらいなので、速いという次元ではない。


「私は一人、先行して来た」


 それ以上の詳細は言わない。瞬間転移装置で来たのならタンタンやアランもいるはずなので、フローティアの魔術能力だと推測する。


「ユナも勝手に来たら駄目じゃない?」

「そうなんですけど、エリィ殿下がいきなり瞬間移動を使ったんです。流されるまま、こんなことに……」


 とりあえずエリィの方に責任転嫁することにした。エリィは口をあんぐりしているが、フローティアは叱責の視線を未だこちらに向ける。


「それに関しては仕方ないけど。そもそもエリィと会ったということは勝手に外出したんだよね? ゼゼ様から許可は得たの?」

「えっと……」

「やっぱりね。そういう自由奔放なところは良くないよ。組織として動くんだから、周囲に迷惑がかかる」

「ごめんなさい」


 弁解の余地がなく、ディンは素直に頭を下げた。


「ガキの説教は後にしてもらっていい?」


 ダウナーな声が室内に響く。奥のでかでかとした机に座る人物は気怠そうに立ち上がった。


「一度しか言わないからよく聞け。俺の名はソメヤ。ここの部署を任されており、緊急要請をした人間だ。頼みをしてる立場のため、言いにくいが緊急なんだ。下らんことに時間を割きたくない」


 三十前後と思われるソメヤは淡々と話す。

 目に力を感じず無気力に見えるが、魔力は相応のものをまとっていた。

 中肉中背、黒髪と黒い眼はキクと同じ国の血が混じってる印象だ。


「申し訳ありません」


 フローティアは即座に頭を下げた。


「話を戻そう。今この街にある問題は二つ。一つ目は魔獣の発生。三面犬という三つの顔がくっつき、普通の犬を何倍もでかくした狂暴な魔獣だ。ケルベロスの亜種と思われる。確認されているのは五匹。が、襲われてる村の数から考えてもっと多い可能性がある。魔族の巣の有無は現在調査中」


【ケルベロスじゃねぇならそこまで脅威ではないな。ランクE任務って感じだ】


 念話でシーザが解説する。冒険者ギルド時代の経験からそこまで難しい任務でないというのが伺えた。 


「もう一つは?」

「エリィ殿下が出くわしたクロユリという盗賊だ。奴らは近日開催されるオークションで盗みを働く可能性が高い。そういう噂が立っているので警備が必要になる」

「クロユリの盗賊に関しては、戦士団の仕事に当たるのでは?」

「そうだが、奴らでは全く捕まえられなかったからな。魔術師団の威光を示すのに絶好の機会だ」

「なるほど。そちらに人手を割きたいので、本部の人間を借りるということですね」

「そうなる」


 二人の会話を聞いて、おおよその流れは理解できた。


「クロユリの方はこちらが担当する。なので、魔獣の方にそちらは力を入れてもらいたい。当然人も派遣する」


 対魔獣討伐部隊はゼゼ魔術師団本部にしかいないので、緊急要請の判断は妥当だが、そこにはソメヤの思惑が見て取れた。要はフローティアたちに魔獣を狩らせて、自分たちはクロユリを捕らえることに集中したいのだろう。

 捕らえれば手柄もでかいし、その分ソメヤの評価も上がる。


「セツナの力も借りたい。協調できますか?」

「さてね。ゼゼ様からのラインでしか奴は動かんからな。ゼゼ様に話は通してあるが、奴は基本単独で動く」

「そうですか……」


 予想していたのか、フローティアはそれ以上何も言わない。

 ディンとしては魔術師団にすら姿を見せないセツナに驚きを隠せない。協調することができないなら、所属している意味があるのか甚だ疑問だ。

 

 詳細を詰める会話に皆が集中してる最中、ディンは周囲を見渡す。

 壁にある絵画は、フックにかけられていた。

 タイミングを見計らい、ひっそりと引き寄せ。

 フックにかかった絵画はゴトンと衝撃音で床に落ちた。

 

 皆の視線がそちらに向いた瞬間、キクからもらった魔道具「飛耳」を足元に落とし、軽く踏みつける。

 皆がまた何事もなく話を始めたところで、反発魔術。

 円柱の形をした魔道具はころころと転がり、床とソファの隙間に入った。

 

 飛耳も聞こえる範囲に限りがあるので、重要な場所に置くことが重要だ。おおよその話を詰めたところでフローティアはこちらに視線を向けた。


「じゃあ、ユナはとりあえずエリィと一緒に帰ってね」


 予想通りの展開。イレギュラーがない限り、アルメニーアにはとどまれない。

 ディンは憮然とした表情で叫ぶ。


「私、帰れません!」

「なんで?」

「お兄ちゃんがいないからです!」

「えっ?」

「こちらに出張に来てると聞いたのに、邸宅にいなかったんです。仕事で関わりのある方も来てないと言ってました」

「別の場所で用事ができたんじゃない? ミッセ村の家に連絡は?」


 エリィは確認するように問うが、ディンは首を横に振る。


「ちなみにいつから?」

「一週間前です。侍女から聞いたんですが、朝にフローティアが家を訪ねてきて面会した日です」


 フローティアは一瞬、目が揺れ動く。


「あの後にいなくなった……?」

「はい。ちなみに兄と会ったのはどういう要件で?」


 ディンは真顔で尋ねる。わずかな沈黙。


「それはここでは差し控えます」

「それはなんで?」


 無垢に何も知らないふりをして問い詰める。フローティアは戸惑いの表情を一瞬見せるがすぐに平静を装う。


「私の予想だともう少し待てば帰ってくると思う。彼も色々あるのよ」

「兄は色々ある場合、必ず連絡を入れてくれましたよ。それがもう一週間です。何かあるかもしれないと思うのが普通では?」

「おい、ちょっと! その話、ここでやる必要ある?」


 ソメヤは面倒な顔で口を挟む。


「ソメヤさん。彼女の兄は、ディン・ロマンピーチですよ」

「……マジか。勇者の孫かよ」


 舌打ちをこらえるも、面倒くさそうな表情に変わる。勇者一族の家長が行方不明の可能性があるとすれば、当然無視できない事案だ。聞いた上で何もしなかったとなれば責任を取らされる可能性がある。


「フローティア。何か知ってるなら話してやれば? 後々のこと考えると、面倒になるかもしれないし」


 フローティアの表情は変わらないが、心の中で焦っているのは察する。


「会話の内容はディン様の同意がないと軽々しく口外できません。アルメニーアに来ると本人が告げたのならどこかを経由した後、間違いなく来ると思います」


 言える限界まで口に出したことをその場にいる人間が察した。

 機密を軽々しく口にはできないので、実際フローティアの対応は正しい。


「ユナ。戻ってくると思うから、今は私を信じて」

「そんな言葉じゃ納得できない! だから、私はこの街でお兄ちゃんを探します」

「ちょっと……ユナ」

「一目会うだけ! オークションには毎年、お兄ちゃんが参加するし、絶対アルメニーアのどこかにいるはず。見つけたらすぐに帰ります!」

「あなた一人、勝手な行動はさせられない。オークション前はトラブルも多いし、何か巻き込まれたら困るわ」

「フローティアは子供扱いしないで! 私だって魔術師団の一員なんだから!」


 あえて感情的に振る舞った。感情的な子供を諭すのは簡単じゃない。

 そして、言ってることは一理あるし、ディン・ロマンピーチという勇者の孫がいないのは捜索するに十分な理由ではある。


「もちろん今、魔獣捜索やオークション前で人手不足なのは重々承知です。だから、私だけでも捜索させてください。いいですよね?」


 最後の言葉には圧があって、その場は沈黙に包まれる。


「……そういうことなら仕方ないんじゃないの?」

「ちょっと! ソメヤさん」

「ただし、条件がある。全部で三つだ。街からは絶対に出ないこと。あと、一人こちらの団員をつけるので常に一緒にいること。そして、暗くなるまでに毎日ここに報告して、夜は出歩かない。守れるかな?」

「はい。大丈夫です」

「あの! ユナはこちらの団員ですので――」

「ここは俺の縄張りだ。それに今は厳重な警備体制だ。魔獣の脅威さえなくなれば、この街が一番安全だ。心配ねぇよ。それにディン・ロマンピーチの件を聞いた以上、何かしら動かないといけないしな」


 ソメヤの言ってることは簡潔で適切だった。

 ゆえにフローティアはそれ以上何も言わなかった。


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