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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第三章 アルメニーア 魔族襲来編

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第26話 はじめまして、眠り姫。僕がキクだ

「おそらくクロユリと呼ばれる有名な盗賊団ね」


 街に戻りながらエリィは説明をする。


「主に盗む相手は不正でお金を貯めこんだ領主や貴族。基本誰も傷つけず、壊すこともなく、目的のみを遂行する」

「義団ってやつですか」


 噂で耳にした覚えがあった。自分たちではどうにもできない悪者を懲らしめるのは民衆にとって痛快に思う人も多く、人気があるらしい。

 その気持ちはわからないでもない。


「まだ誰も捕まってないから、正体は不明。そういう謎めいた魅力も含めて話題を呼んでるみたいね。なんにせよ、早いとこ捕まえないと面倒だわ」


 悪を裁くためならルールを破ってもいいという風潮になることをエリィは恐れているのだろう。実際、人気が高まれば模倣犯が出てくるのは自然の流れだ。


「なんで全員消えたんでしょうか?」


 ディンの問いにエリィも首をかしげた。ディンが倒したはずの黒ずくめも姿を消していた。いくらなんでもあの一瞬で全員を運ぶなんて不可能だ。


「そういう魔術の可能性があるわね。それも含めて報告に行かないとね!」

「あの……相談なんですけど、私が戦った部分は伏せてもらえませんか? そもそも許可なく外出してる立場なんです」

「だよねぇ。というか、そもそも巻き込んじゃったの私だし」


 そう言いつつ、エリィの表情も曇る。

 エリィは魔術師団であるが、第二王女でもある。護衛もなく、独断専行でここまでやりたい放題すれば、王族関係者から厳しい説教が待っているのは明らかだ。今さらながらそれを思い出したのだろう。


「取り逃がしちゃったし、全部なかったことにしよっか?」

「それは駄目でしょ」


 突っ込みを入れつつ、エリィと街へ戻る。

 魔術師団支部へ向かう途中、自分の邸宅の近くまで来ていた。このまま支部へ着けば、おそらくその日のうちに王都へ戻ることになるだろう。


(キクに会っておきたかったが、エリィを一人にできないしな)


 が、エリィはディンがわずかによそよそしいことに気づいたようで唐突に立ち止まる。


「ユナはお兄さんのところ行ってきなさい。私は一人で魔術師団支部に行くから」


 エリィなりの配慮だが、第二王女を一人で歩かせるわけにはいかない。


「一人じゃ駄目です。エリィ様を魔術師団まで送っていきます」

「何言ってるの! 私がユナを送ってあげるの!」


(ああ、面倒くさっ!)


 しばらく押し問答になるが、エリィは年下には絶対に譲らない。仕方なくディンの方が折れた。詳しい道をエリィに教えた後、ディン・ロマンピーチ家の名義で買われた建物の前で、エリィと別れた。


「まあ、比較的近いし大丈夫だろ」


 角を曲がり、エリィの姿が見えなくなったタイミングでひょこりとシーザは胸ポケットから顔を出した。害虫ふわふわのまま、真剣な眼差しでディンを見る。


「お前に言っておくことがある」

「なんだよ」

「一人で突っ込むべきじゃなかった。自分を危険にさらしすぎだ」


 森の中でのクロユリとの戦闘を言っているらしい。シーザは一旦引くよう促したが、ディンはそれを無視した。


「結果うまくいったし、いいじゃないか」

「結果論で語るな。普段のディンなら絶対突っ込まなかった。なぜ突っ込んだか教えてやる。お前、手に入れた玩具を試したくて仕方なかったんだよ」


 ディンはシーザを睨みつけるが思い当たる節はあった。魔術師となり、普通の人にできない万能感を得た感覚があり、それがディンの背中を押した側面はある。


「戦場では無鉄砲と勇気をはき違える奴から死んでいくんだ。自分の力を過信して死んだ若いやつらを今までたくさん見ている」

「……確かに無鉄砲だったかもな。でも、今後のことを考えると、戦い慣れる必要はあるし、身の危険をさらす覚悟は必要だ。俺は妹の身体をチップに戦うと決めたからな」


 シーザは渋い表情に変わる。


「平和な時代に生まれたから仕方ないかもしれないが……お前は命のやり取りの恐怖を知らない。まずはそこを自覚することだ」

「まあまあ。精神論は置いておいて。戦闘をより優位に進める方法はちゃんと考えてる。そのためにここに来たんだから」


 そのまま話を打ち切られ、シーザは嘆息するもそれ以上何も言わなかった。

 シーザは戦闘訓練を受けていた幼少時のディンを知っている。

 

 昔のディンは頭で描いたことに身体がついてこなかった印象だった。が、ユナの身体でその動きについてこれるようになり、戦闘センスが花開いた感がある。

 

 魔術師としても膨大な魔力を持ち、一級魔道具を自在に取り出せるのは強みだ。

 魔術展開速度を加味すると、すでに昔の一流魔術師や戦士とも引けを取らないかもしれない。


「それでも危ういんだよ」


 シーザはポツリと不安を吐露するようにつぶやいた。





「この家に俺の腹心がいる。キクって女だ」


 見上げる邸宅はいたって普通の二階建て一軒家だ。ロマンピーチ家の名義であるが、ディン本人が借りている。アルメニーアで商売するにあたっての拠点だ。

 

 ディンが常にいるわけではないので、コストも考慮した結果、比較的安価な区域の家を選んだ。

 入口のドアを何度も叩くが、反応は一切ない。


「キクは引きこもりの女でな、自分から出てくることはない。買い物も懇意の召使いに持ってこさせる」

「大丈夫か、そいつ?」


 急に来たので鍵もない。仕方ないので周囲に人がいないタイミングを見計らって屋根に飛んだ。

 

 ぐるりと一つずつ窓を確認すると、空いた窓を発見したのでそこから侵入した。治安が良い場所であるが、あまりに不用心すぎて一言物申したくなる。

 進入した部屋はキクの寝室で、色々なものが乱雑に置かれていた。


「おい、不用心! どこだ! 出てこい」


 二階から扉を開けて回り、一階のリビングのソファで眠っている女を発見した。

 何度か頭を叩くと気怠げに眼を開く。


「んー? お客さん? かわいいねぇ」


 眠気眼で暢気にこちらを見る。

 黒髪ロングの髪はぼさぼさで、服もお世辞にも綺麗とは言えない。見知らぬ人間が侵入しているにも関わらず、起き上がろうとしない図太さはある意味関心してしまう。


「ディンの妹のユナ・ロマンピーチだよ」

「ほお?」


 関心を持ったのかようやく上半身を起こして、好奇の目を向ける。


「はじめまして、眠り姫。僕がキクだ」

「知ってるよ。俺はディンだからな」

「おい! ディン! それ言っちゃっていいのか!」


 ポケットから顔を出すシーザが思わず声を荒げる。


「信頼できる仲間が必要って言ったのはシーザだろ?」

「そうだけど……よりによってこれ?」

「奇怪な生き物にこれ呼ばわりされるなんてびっくりだよ」


 そう言ってキクは両腕をぐっと伸ばして、暢気に肩をまわす。混乱してもおかしくないはずだが、キクはマイペースっぷりを発揮している。


「で? 情報量が多すぎて、少々頭が渋滞してる状況なんだけど。説明してもらえるかな? 眠り姫」

「ああ。お前の脳がどれくらい柔らかいか試されるだろうけど」


 お互い不敵な笑みをこぼす。





 キクは黒髪で顔立ちもこの国の人間と違う。

 遠い極東の国から来たらしい。

 その国では貴族のような身分だったと自称しているが、ディンは嘘だと思っている。七年前、当時十三才のキクがダーリア王国行きの船に乗り込んだ理由は夢を追うためだった。


『冒険者になりたい! 剣と魔術でモンスターを狩り、ダンジョンでお宝を手に入れ、魔王を倒す!』


 そんないかれた思考の持ち主はアルメニーアの港町に辿り着いた時、絶望した。

 ダーリア王国にモンスターはおらず冒険者ギルドも廃業となっており、冒険者という言葉は死語となっていた。

 

 自分の持つ情報が一世代分遅かったことに気づき、キクは途方に暮れたが、そこで別の玩具を見つけた。

 それが魔道具。あっという間に一級魔道具師となり、ディンと知り合う。


『僕は最高の魔道具を作るためなら、生涯引きこもりでいいんだ』


 とりあえず頭がおかしいんだなとディンは色々察したが、腕はいいので自然と取引関係は続いた。キクは魔道具作りだけでなく、知的レベルも高いので気づけば事業展開の交渉役も任せるようにまでなった。

 

 部屋からほとんど出ず、人格面に問題があるのは致命的な欠陥だが、それを担う優秀さを持ち合わせているのでディンも信用していた。

 

 そんな付き合いが五年続いたキクもディンの話には半信半疑だったようで、訝し気な目をじっと向けていた。

 が、魔王のくだりからキクは目を輝かせだした。


「面白い! そそる話だ! 魔王が転生して人として生きているなんて!」

「おいおい。初見で信じるのかよ!」


 シーザは興奮するキクに呆れた視線を向ける。


「僕の国では魔術なんてないんだ。だから、この国に来てからは何度となく常識をひっくり返された。この手の話には耐性がある。それに喋り方がディンだしね。信じるしかないよ!」

 

 キクは、くくくっと不気味に笑い、身体を左右に揺らす。面白い玩具を見つけたような反応にシーザは露骨に不快感を表情に出した。


「お前、ちゃんと理解してるのか? これが事実だったとしたらとんでもないことなんだぞ」

「魔王ロキドスが生きている時代に僕は生まれたかったからね! モンスターとの戦いやダンジョン巡り! 冒険者の血が騒ぐよ」


 キクはあくまで自分を冒険者だと自称するらしい。


「おい! ディン! この女、本当に信用できるのか! 引きこもりが冒険者自称するって正気の沙汰じゃないぞ」

「こんな珍獣に信用問題を疑われるなんて癪に障るね。ディン、この生物をオークションに出品すれば金になるんじゃないか?」

「あほか! 私は伝説の勇者一行のシーザ様だ! 無礼なことを言うな! この引きこもり女め!」 


 しばらく二人の言い合いをディンは黙って聞いていた。


(こいつらの相性までは考えてなかったな)


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