第24話 別に打算や気まぐれでもいいと思いますよ
アルメニーアの街を王族であるエリィは護衛もつけず、ぐんぐんと進んでいく。
「エリィ様。流石に私一人じゃ守れるかわからないので、まずは兵士のところに行きましょ?」
「何言ってるの! いざという時は私がユナを守るわよ。なんたって魔術師団の序列三番よ。六天花っていうのはちゃんと実力でとったものなんだから!」
エリィは振り向きざま自信たっぷりに話す。
確かに時空魔術の使い手というのは素直に驚いた。
時空魔術は出現率0.001%以下の特質魔術に分類されるものだ。
もっとも素養があったとしてもピンキリなのが現実であり、ろくに時空魔術を会得できないという人間も多く、移動できても一、二歩分なんてことも珍しくない。
それでも魔道具化に際しては役に立つので、素養があるだけで一生お金に困らない。それほど時空魔術は貴重だ。
街から街へ瞬間移動できる人間などもはや貴重という言葉で表せない。
だから、六天花の序列三番は肩書きだけで得たものではないのだろう。
「困ったお姫様だな。どうするんだよ、ディン」
「どうしようもない」
こうなるとユナという年下の言い分をエリィが聞くことはない。
「なーにぼそぼそ話してるのよ、ユナ?」
唐突に目の前にエリィが現れ、思わずのけぞる。物理的にありえない動きだったが、短い距離を瞬間移動したことをすぐに理解する。
「今、結び語唱えました?」
魔術解放して中級、上級魔術を無詠唱展開可能となるが、正確には結び語を唱える必要がある。長い詠唱の終わりを締める結び語を口に出すことで、はじめて魔術は展開されるのだ。
王都オトッキリーからアルメニーアまでの瞬間移動をする前に言った「座標跳躍」が結び語に当たる。
「目に見えない距離は結び語を唱えないと駄目だけど、目に見える距離は必要ないよ。まっ、術者の練度次第だけどね」
上級魔術でも下級魔術のように扱える場合もあるらしい。
「何より結び語唱えるのって、必殺技叫ぶみたいで格好悪いじゃん! 私、嫌いなんだよね」
(俺は格好いいと思ったが、価値観の違いなのか……)
エリィはディンの鼻をつまみ、「そんなことより」と話を戻す。
「護衛なしで街を歩ける機会なんて早々ないんだから案内して」
「はい……」
ディンは観念してエリィについていく。
アルメニーアの街は王都と近い距離にあるが、雰囲気は全く違う。
王都は高い建物が敷き詰められたように並ぶが、ここは高くてもほとんどが二階建てだ。
道幅も王都よりずっと広く、裏路地など複雑に入り組んでもいない。
大通りを歩く人々の表情は余裕があり、穏やかだ。軒を連ねたお店は人が絶え間なく出入りし、活気ある声が飛んでいた。
そんな街並みをエリィと並んで眺めていると、妙に視線を感じることに気づく。
ユナというよりエリィの蠱惑的な魅力が男たちの視線をかっさらうのだ。
そして、エリィはその視線を楽しんでいるように見えた。
第二王女の顔を知る者は案外いないので、騒ぎにならないがディンは内心どきどきしていた。冷静に考えて、王族が護衛を連れず堂々と歩いてるなんて思いもしないのだろう。
「にしてもなんだか物々しいわね。やっぱり魔獣の影響かしら?」
エリィは巡回警備の多さに気づく。
「それもありますが、もうすぐオークションなんですよ。あらゆる国や街から人が一気に集まってくるからトラブルも多い。どうしても警備の数は多くなります」
「そういえば、もうそんな時期ね」
港町アルメニーアは毎年四月中旬、世界最大と言われるオークションを開催する。
一級魔道具、宝石、オートマタ、彫刻、骨董品、魔族の標本。
世界各国から参加者が集まり、様々な貴重品が行き交う。
街全体で盛り上げようと開催直前はお祭りのような雰囲気になっており、自然とトラブルは絶えない。
「あっちに行きたい! ユナ、行くよ!」
そんな楽し気な雰囲気につられて、案の定エリィは目的を忘れていた。
そして、ディンも毎年この時期に街巡りをするのは好きなので、エリィに釣られる。
「このお店の服可愛いね」
「ここはパイ包みが絶品なんです。行きましょう!」
「なんか珍しそうな魔道具があるわ」
「わあ、本当だぁ……って、エリィ様!」
店を一通り巡ってようやく冷静になる。
気づくとそこそこ楽しんでいる自分がいた。
「まあまあ。私みたいな身分はたまに羽目を外したくなるのよ」
(こんな自由な王族、エリィ以外に聞いたことねぇよ)
口に出さず目で訴える。エリィは気にも留めず露店でパンを買う。
「まだ食べるんですか?」
「違うよぉ」
そう言って路上の隅にいるやつれた子供の元へ向かい、パンを手渡した。
子供は頭だけ下げて、パンを大事に握りしめて駆けていく。エリィのこういうところは素直に尊敬できるが、エリィの表情はどこか浮かない。
「これは善行だよね?」
「もちろんです」
「あの子のためというより、自分が善行をしたという満足感を得るためでも?」
「……日ごろからエリィ様は孤児院や病院を巡って、人のために尽くしてるじゃないですか」
「王宮に息苦しさを感じていて、ただ外に出る口実のためだったとしたら?」
一瞬、間が空き、騒がしい周囲の喧騒が耳に残る。
「私は皆が思ってるような慈愛はないよ。全部自分のため。周りがそう勝手に解釈してるだけ」
試すような視線をエリィは向ける。
「別に打算や気まぐれでもいいと思いますよ。一つの行動に色々な感情が付随するのは普通じゃないですか」
意外な言葉だったのか、エリィは意表を突かれた表情をする。
「全部気まぐれだったとしても、皆が感謝し、慈愛と感じる行為を積み重ねてきたのは嘘じゃないはずです」
「……それは、今のままの私でもいいってこと?」
「もちろん。慈愛のエリィなんて言葉に振り回される必要はありませんよ。周囲がどう呼ぼうが、エリィ様は自由です」
王族としての義務は当然あり、守るべき体裁もある。が、慈愛のエリィという言葉に縛られ、自分の性格を内側に押しとどめる必要はない。
「まあ、自由奔放すぎるのも困るんですがね。特に私のこともあまり振り回さないで欲しいなぁ……なんて」
ディンの言葉にエリィはくすくす笑う。
「不思議。なんだか今日はユナが年上に思えるわね」
(大正解)
今まで知らなかったエリィの一面を見た気がした。少なくともディンには絶対見せない一面だ。気心知れた年下のユナだから、そんな思いを口にしたのかもしれない。
エリィが唐突に後方を振り返る。
「どうかしたんですか?」
ディンも何気に振り返ると、喧噪とは別の騒がしさに混じり、誰かの叫ぶ声が木霊する。
「盗賊団だ!」