第22話 たまに言動が一致しない、少し変わった方だったかなぁ
魔獣討伐部隊が魔術師団本部を出発し、さらに本部の人間が減ったタイミングでディンは立ち上がった。
「よし! 暇すぎるし、抜け出してエリィに会いにいくぞ」
ディンの言葉にシーザはうろたえた。
「いや……大丈夫なのかよ?」
そこには抜け出していいのかという意味と簡単に王族と会えるのかという二重の意味が含まれている。
「この時間にタンポ―病院にいることは把握済みだ。それにフィリーベルの元職場だし、情報が得られるかも」
魔王ロキドスが最初に転生したフィリーベルという人物はどれだけ調べても未だ謎が多い。しかし、タンポ―病院に勤めていたというのは紛れもない事実であり、一度行く価値はある。
シーザは胸ポケットから顔を覗かせ、閑散とした訓練場を確認する。そこにはディン以外、誰もいない。みんな何かしらの任務に就き、ろくに働いてないのはおそらくディンのみ。ちなみにタンジーは帰った。
「まあ、これならこっそり抜け出せそうだな」
ディンは訓練場にある窓からこっそり外に出て、そのまま大通りに出る。ほぼ無警戒で外に出ることに成功した。
ここから病院まで距離があるが、引斥力魔術は移動において、圧倒的利便性がある。地面を蹴って飛ぶように進めるし、ジャンプして建物から建物に飛び移ることだって容易だ。
魔道具でも再現可能だが、普通の人間にできないことができるという万能感は何とも得難い。ポケットに入れたシーザが吹き飛ばされないよう注意しながらもぐんぐんスピードに乗り、あっという間に病院の前に辿りついた。
荘厳な門をくぐると、大きな教会が目の前に立つ。教会に隣接して立つ三階建ての建物が、タンポ―病院である。
一般の人間も一階で受け付けているが、基本的に魔術師や兵士の治療をする場所だ。十年前、この場所に祖父やユナと来たことをはっきり思い出した。
「やはり俺はフィリーベルの最後を看取った」
「勇者一族が魔王ロキドスを看取るとは皮肉な話だな」
「ああ。だが、ロキドスは生きてる。手がかりを掴まないとな」
建物に入ると、受付のカウンターが目につく。自然と目が合う受付の女性がこちらに気づき、驚きの表情に変わる。
「もしかしてユナ様?」
ロマンピーチ家の者に様付けする修道服を着た人間は十中八九ローハイ教の信者だ。
「ええ、こんにちは」
それを聞くなりぱっと花が開くように目を輝かせて前のめりになる。ローハイ教にとって勇者はメシアであり、その孫も偉大なる血を継ぐ崇拝対象となっている。いきなり祈りを捧げるルーンのような例は稀であるが、ロマンピーチ家を敬うばかりに過剰な行動に出る者も一定数いるのでディンは警戒してしまう。
あまりに無垢な好意は、時々混じりけのない子供を利用しているように思えて、ディンとしては心が痛くなってしまうのだ。
「ご用件は? どこかお身体に不具合が?」
心配する眼差しを向ける程度であるので、ディンとしてはホッとする。ルーンだったら目を剥いて受付カウンターから身体を乗り出しているところだ。
「実は伺いたいことがあるのです」
受付女性がタンポ―病院に二十年近く勤めていることはシーザの調べでわかっていた。
「ずっと前勤めていたフィリーベルさんを覚えていますか?」
「ああ。フィリーベルさん! とっても懐かしい。もうあれから十年以上前になるのね……」
亡くなった日のことを思い出しているようだった。
「私も祖父と共にこの病院で最後を看取ったんです」
「そういえばそうでした! エルマー様やユナ様、ディン様に看取られるなんてフィリーベルさんは幸せ者ね」
微笑みつつ、疑問が湧いたのか少しだけ首を傾ける。
「なんで急にフィリーベルさんの話を?」
「祖父の遺品を整理していたら、フィリーベルさんのものを見つけたんです。身寄りの方がいるなら渡した方がいいかと思いまして」
「まあ、なんてお優しい! でも、彼に身内はいなかったと思います。だから、交友のあったエルマー様が引き取ったんじゃないかしら?」
予想通りの答えに「そうなんですね」と残念そうに言葉を返す。
「ちなみにフィリーベルさんってどんな方だったんですか?」
「そうですねぇ。とても朗らかで落ち着いた方でしたよ。ちょっとマニュアル人間で融通の利かない部分もあったけど、優秀なお医者様です。あと……」
付け足すように受付女性は言った。
「たまに言動が一致しない、少し変わった方だったかなぁ」
それは妙に印象の残る言葉だった。でも、冷静に考えると人間でないのだから、色々な価値観がずれているのは当然だ。
「他に印象的な出来事などありました?」
露骨な詮索にならない程度にいくつか質問を投げるが、ピンとくる返事は返ってこなかった。ほどほどのところでディンは話を切る。
「身寄りがいないなら仕方ありませんね。遺品はロマンピーチ家が責任を持って預かることにします」
その言葉に受付女性は反応する。
「そういえば! 十年前もこんな話をした覚えがあります!」
片隅にあった記憶に触れたのか興奮した面持ちで叫ぶ。
「フィリーベルさんが亡くなった時、身寄りがいるかいないかの話になったんです」
言葉の先に話すべきかの躊躇を敏感に察知し、「それで?」とディンは続きを促す。
「ここだけの話ですよ。その話になった時、フィリーベルさんが二人の子供と一緒にいる姿を見たという人がいたんです」
露骨に声量を落とす。
「それはフィリーベルさんの子供ってことですか?」
「隠す理由はないから勘違いなんでしょうけど……」
はじめて聞く情報だったが、おそらく確証のない噂話だ。真に受けるのもおかしいが、フィリーベルという亡霊のような存在に迫るには玉石混合の噂話から追っていくしかないのも確かだ。
「色々とお話に付き合ってくれてありがとうございます。ここだけの話なんですけど」
ディンも露骨に声量を落とし、受付女性に顔を近づける。
「私、本当はリハビリ中で外に出てたら駄目なんです。だから、今日私と会ったことも喋った内容も絶対誰にも話さないでください。秘密ですよ?」
念のための口止め。十年以上前の噂話をぺらぺら語る女性には意味のないものに思えるが、ローハイ教信者なら話は変わる。
「必ず墓場まで持っていかせていただきます」
(いや……墓場まで持ち込まなくても)
とりあえず会話内容が漏れないことは確信できた。
「用件はそれだけだったんですね。私てっきりエリィ殿下に会いにきたのかと思っていました」
受付女性は第二王女がいるという重要情報をぽろりとこぼす。といっても、定期的に通っているのは、一部の人間には周知の事実ではある。
「実はそれが本当の目的です」
「やっぱり! エリィ殿下なら三階にいますよ。ただ今はお祈りの時間なので少々お待ちすることになりますね」
「祈りの時間?」
「ええ。エリィ殿下は長くこの病院で入院してる方、お一人お一人に声をかけて、健康になるための祈りを捧げてくれているのです」
我が事のように受付女性は誇らしく語る。ディンはエリィがローハイ教の信者でないことを知っているので思わず訝しむ。
「流石は慈愛のエリィ様!」
ディンはその言葉に反応しなかった。
もちろん病院を定期的に訪問して祈りを捧げるというのは気まぐれでずっとできることでもない。だから、慈愛がないとは言えない。が、エリィの口から今まで慈愛の精神を聞いた記憶もない。
(相変わらず何を考えてるのかよくわからないな)
少し時間を置いてから、三階に上がる。長い廊下の左手側に病室が延々と並んでいた。その一番奥だけ厳重な警備がされており物々しい雰囲気がある。
「実際のところ第二王女はどうなんだ? よく知ってるんだろう?」
胸ポケットのシーザの問い。王族なので具体的な言葉は口にしなかったが、六天花である以上容疑者の一人である。
「心情的には違うと思うよ。ただ常識をあてはめるのは危険だからな」
第一王子のライオネル同様、エリィとは何度となく食事会をし、会話した仲だ。
王族の中では異端で性格の掴めない部分はあるが、非常識というほどでもない。
「まっ! 今回は軽く挨拶するだけさ。序列二番の話も聞きたいしな」
奥の部屋へ近づくと、警備をする人間と自然と目が合う。
黒いタキシードのような品のある服であり、全員が同じ格好をしていた。
「何か御用で?」
細長く異様に身長の高い男が威圧的な眼を向ける。
「お久しぶりです。エリィ親衛隊の皆さん!」
常に女王を取り巻く八人の魔術師。エリィ親衛隊というのは正式名称ではなく、周囲が揶揄して付いた名であるので、それを聞いて露骨に眉をひそめる。
が、奥にいる白髪の男が即座に歩み寄り、ディンに柔和な笑みを見せた。
「まさかこんなところにいらっしゃるとは……お元気そうで何よりです、ユナ様」
「じいも久しぶり。エリィ殿下はこの中?」
ディンは見覚えのあるエリィの側近に声をかける。
「ええ。そうです。少々お待ちください」
すぐさま扉の中に消えていく。そして、すぐに扉から出てきて、微笑みを見せる。
「どうぞお入りになって、元気な姿を見せてあげてください。エリィ殿下もお喜びになられると思いますので」
「ありがと」
軽く手を振り、厳しいセキュリティをあっさりくぐる。
【さすがは勇者一族……こんなあっさり王族と面会なんてありえねぇぞ、マジで】
感心と呆れが混じったシーザの念話が脳に響く。
ディンは躊躇することなくゆっくり扉を叩いた。
「どうぞ」
艶やかな声。
ドアを開くと、ソファに深く座るエリィがいた。
ディンことユナの存在に気づくと、満面の笑みを見せて立ち上がる。
「ユナ! 元気になったんだ。会いに来てくれてうれしいわ」
近づくと優しく抱きしめられる。
「お久しぶりです、エリィ殿下」
豊満な胸に埋もれながら再会の言葉を告げる。
第二王女、六天花の序列三番、エリィ・ローズは色っぽく微笑んだ。




