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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第十一章 箱庭編
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第217話 君にそんな牙があるとはね

 憑依転生は魔人キリにとってとても刺激的な体験だった。だが、第一王子アシビンに成り代わったことは窮屈な生活の始まりを意味した。

 王族は動く国宝だ。外を歩けば騎士団に囲まれ、着替えも食事も常に監視付き。

 一人でいられる時間がほとんどない。


 最初は新鮮で笑えたが、すぐにうんざりした。

 キリは自由と刺激を求める魔人だ。

 退屈な貴族との面会やどうでもいい晩餐会に縛られる日々に、苛立ちは募るばかりだった。


 それでも、王族の立場にはメリットもあった。特権を使えば特別な人間に会える。

 新たなる刺激の発見だ。ユナ・ロマンピーチとの面会は、キリにとってこれ以上ない刺激的な出来事だった。


 かつて敵として殺し合った相手と並んで展示会を眺めるなんて、なんとも皮肉で面白い状況だ。

 だが、楽しかったのは最初だけ。


 ユナやシーザが、目の前のアシビンが魔人キリだと気づく気配はまるでない。まあ、魔人が人間に転生するなんて発想は普通の人間には浮かばないだろう。そこに少し寂しさが滲んだ。


(この状況はバランスが悪いな)


 憑依転生を知る魔人と何も知らない人類。

 さらにゼゼ・ストレチアももういない。

 魔王ロキドス率いる軍勢は少ないが、敵の存在すら見えていない人類に勝ち目はない。


 このままだと人類はあっけなく魔王ロキドスに負ける。

 結果の見えてる戦いほどつまらないものはない。

 キリにとって重要なのは勝ち負けじゃない。刺激だ。

 ゼゼ狩りに参加したのも、勝敗のわからない刺激があったからだ。


 そういう点でこの状況は、あまりにもつまらない。

 そんな思いが募った結果、話の流れに乗じてキリはささやかな助け船を出すことにした。


「ベンジャ・シャノンは何か大きな陰謀に絡んでる。そんな気がするよ」


 ベンジャを調べたとしても魔王ロキドスに辿りつくことはないが、深追いすれば多少なりとも見えてくるものはあるはずだ。


 だが、対面するユナは少し困った表情で微笑み、「どうなんでしょうね」とさらりと話を逸らした。

 証拠のない噂話をするのは品がないと判断したんだろう。

 キリは不満だった。


(どうにかして助け船を出して、魔王を慌てさせたい)


 自然と魔族側から人間側へと傾くが、助け舟を出す妙案は浮かばない。


「そういえば殿下が台覧試合に出場するという話を耳にしたのですが?」


 ユナは何事もなかったかのように別の話題を投げた。


「うん。そうだよ。びっくりした?」

「それはもう……前代未聞ですから」


 台覧試合はキリが望んだわけじゃない。アシビンが特別な魔術の継承に成功し、腕試しで参加を決めたらしい。

 王族が試合に出るなんてありえないし、どうやって許可を取ったのかは謎だが、キリとしては面白い展開だ。


 何よりアシビンの継承した魔術は悪くない。

 お膳立てが整った状態であり、台覧試合は大きな楽しみの一つだ。


「実は私も台覧試合に出場するんです」


 はじめて知った事実にキリは思わず舌なめずりする。


「面白い! 私の対戦相手は君か?」

「いえ。私はイチ・スメラギを指名したので殿下のお相手はできません」

「えーっ! そうなの……」


 キリは露骨に肩を落とした。

 ユナは申し訳なさそうに微笑むが、キリはその裏に計算を感じた。

 愛らしさを感じるが、同時にこれは形だけのものだ。


(天然に見えてユナちゃんって計算高いよね)


 出会ったときからユナの演技臭さには気づいていた。

 だが、不快と思わせない天性の何かがある。

 それは勇者一族がまとうオーラなのか、ユナ自身の持つ魅力なのかまではキリにはよくわからない。


「まあ、それなら仕方ない。でも、できれば精鋭と戦いたいな」

「それはもちろん。国を代表する魔術師がお相手すると思います」

「じゃあ希望だけは伝えておこう。ルゥ・クロサドラを指名したい」

「ルゥを?」


 ユナは意外そうな表情をした。

 フローティアやタンタンの名はトネリコ王国にもとどろいているが、ルゥの知名度は低い。


(あの子とはまだ決着がついてないしね)


「殿下はフローティアかゼゼ様を希望していると伺っていましたが? まあ、ゼゼ様はもういませんが」


 ユナの言葉にキリはハッとした。

 やらかした。憑依転生の致命的な欠点だ。

 見た目は同じでも記憶は引き継がれない。


 アシビンの人間関係を大まかに把握していても、会話の細部までは知らない。

 身近な者とのやり取りで、齟齬がたびたび生じていた。もっともキリはその際の都合の良い言い訳を最近編み出していた。


「そうだった、そうだった。いやぁ実は最近、強めに頭を打っちゃってさ。物忘れが少しひどくてね」

「えーーっ! 大丈夫なんですか?」

「まあ、日常に支障はないよ」


 キリは軽く笑ってごまかした。

 一時的な軽度の記憶障害を装えば、多少のミスも許される。もともとアシビンは王族の中でも変わり者として有名で、多少の無礼は許容する空気ができている。


「では、フローティアかルゥということですね。殿下の要望が通らない可能性もあるので、そこはあらかじめご了承ください」

「了解した。しかし、ユナちゃんと戦えないのは残念だなぁ」

「殿下。それなら別の盤上で手合わせしましょう」


 ユナは微笑み、先導する。

 関係者専用の廊下を抜け、迎賓室に案内された。

 部屋の中心にあるテーブルの上に用意されていたのはチェス盤だ。


「殿下は魔術以外にもこちらの腕も立つと伺いました。時間はまだありますし、一局いかがです?」


 キリは拍子抜けしていた。

 アシビン・モントは魔術以外にチェス好きとしても有名だ。

 ユナはそれを調べて、喜ばせようとあらかじめ準備していたのだろうが、子供と打つことが楽しいと思うわけではないはずだ。


 腕に覚えのある者と打つことにこそ意味がある。

 何よりキリにとってもチェスは熱中する娯楽ではない。正直気が進まなかったが、ここで断るほど無粋でもない。


「ふむ。せっかくだし手合わせ願おう」


 軽く微笑み応じる。

 緩く打ちながら会話に興じるのも悪くはないと思い直した。


 キリの先手で始まり、序盤は互角。が、ユナのナイトが一瞬で形勢を傾けたとき、キリは目を細めた。

 ユナの打ち筋は意外に鋭く、想像以上に打てる。

 駒の打ち方も妙に手慣れており、見た目の印象とずれる。


 だが、手ごたえとして勝てないほどではない。

 負けず嫌いではないが、勝てるか勝てないかぎりぎりの攻防なら自然と勝ちを拾いたくなる。


 最初は雑談を交えていたが、中盤以降自然と盤面に集中する時間が長くなった。

 ユナはたまに不用意な手も打つが、思いもつかない巧みな手で形勢を逆転させてくる。

 正に実力伯仲。


 ぎりぎりの勝負に熱が湧き出てきた時、キリはふと気づく。

 

(ところどころで手を抜いてるな)


 チェスに詳しいわけではないが、勝負事への熱量にキリは過敏だ。

 ユナは真剣なふりで打っているが、その瞳から伺えるのは余裕と配慮。

 自分の熱を逆撫でするような配慮にキリはユナを睨む。

 それに気づき、ユナは背筋を伸ばした。


「な、何か?」  

「私は真剣勝負を汚されるのを何より嫌う。いいね?」


 その言葉でキリの言いたいことを悟り、ユナは黙ってうなずいた。

 そこからのユナの猛攻はすさまじかった。成す術もなくキリの守りは崩れ、キングはあっさり落ちた。

 負けた瞬間、ユナは申し訳なさそうな目を向けてきたが、キリは満足だった。


「君にそんな牙があるとはね。また一つ君のことを知れて良かったと思う」


 それを聞いて安心したのかユナははにかんだ笑みを見せた。


「私もまた一つ、殿下のことを知れて良かったです」





 巨大な肖像画が並ぶ部屋に戻り、ユナが別れの挨拶をした直後、キリはすぐに提案した。


「良かったら今度、ミッセ村を案内してよ」


 人類側に助け船を出してバランスを取るという目的を果たせなかったので、次の機会を伺うことにした。

 ユナにとって思わぬ提案だったのか、明らかに戸惑っていた。


「ええっと……案内と言われても、ミッセ村って本当に何もない村ですよ?」

「勇者一族の領地だろ? それだけで興味があるね」

「ありがたいのですが、見どころが本当に何もないので殿下が足を運ぶ価値があるのかどうか……」

「そこまで言われたらなおさら行きたくなるな!」


 キリはわざと声を弾ませた。

 ユナは観念したようにため息をつき、「了解しました」と小さくうなずいた。

 王族の権力をチラつかせれば、強引にでも勇者一族との約束だって取り付けられる。キリは一瞬、その力に酔いしれた。


 部屋を出ようとした時、キリは再び巨大な肖像画を見入った。

 さっきから何度も見ているのに、なぜか気になって仕方ない。興味もないはずなのに、視線が離せない。じっと見つめていると、キリはハッとした。


(この顔……どこかで見た)


 遠い記憶が疼く。肖像画の中の一人、掘りが深くヒゲをたくわえたその顔はいつも一人でいるマゴールと共にキリの元を訪ねてきた男だ。エルマーと肩を並べるその男の面影が、キリの脳裏にこびりついていた。


「どうかしました?」

「勇者エルマーの隣にいる彼って……?」

「ああ。父です。冒険者だったサガリー・ロマンピーチ」

「へぇ……」


 キリは食い入るように肖像画を見つめた。

 あれはいつの話だったか……

 記憶の蓋が開きかける感覚。思い出せそうで、でも届かない。


 モヤモヤだけが胸に残ったままそこで時間切れとなり、護衛のミレイと共にその場を後にした。

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