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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第十章 トネリコ王国編

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第211話 だね

 その夜、ミレイヌ邸に戻った後、すぐにガスの部屋を訪ねて事の顛末てんまつを報告した。


「めちゃくちゃしてくれたじゃない?」


 ガスの表情は穏やかだが、内心怒りが滲んでいるのがわかった。

 もっともあくどいことをしていたスメラギ家を放置していた負い目があったのか、その怒りをガスは一切口にはしなかった。


「申し訳ないです。ただ上手く話はまとまったとも言えます」


 スメラギ家の蟻塚領域を駆除するという任務は達成し、王都の副ギルド長であるイチから冒険者のゴールドランクは確約してもらった。

 よってこれでトネリコ王国での目的はすべて達成した。


「あとは台覧試合でダーリア王国を代表して戦い勝つのみだ」


 国を代表して戦う台覧試合。そこで勝つことにより王族から薔薇の勲章が与えられる。

 薔薇の勲章を得ることができれば自分の魔術師団を作る条件は揃う。


「台覧試合の相手が最悪だけどね。悪いがディン君に勝てると思えない」


 冷めた目でガスは言い切るが、すぐさま反論する。


「俺も今までの自分ではない。継承魔術を経て進化してますからね」

「……あのさ。言っておくが継承した付与魔術を公の場で使うのは禁止だからね」

「あっ」


 ガスに釘を刺されて、思い出す。

 今回、秘密裡に継承魔術を使ったため、継承した付与魔術は秘匿魔術の扱いだ。

 台覧試合のような多くの観衆がいる場では使ってはならないとガスと契約を結んでいた。


「それだけじゃなく台覧試合は魔道具の使用が禁止だ。あくまで己の魔術のみで勝負する。魔術開放も使えない君がどうやって戦うんだ?」

「……」

「ちなみにイチは凄まじく強い。冒険者として徹底的に死線をくぐりぬけた末に得た強さだ。君みたいなぬるま湯につかったお坊ちゃまが対抗できるかどうか……うん、無理だな」


 ガスは死の宣告のように容赦なく告げる。

 隣のシーザに視線を向けるが、それに同意するようにうなずく。


「まあ……まだ時間はある。相手の出方はわかったし、それまでに勝てる方法を考えますよ」





 思わぬイレギュラーはあったが、トネリコ王国でやることはなくなり、翌朝ディンたちはダーリア王国へ戻ることになった。

 朝食の席にはアイリスとルゥがすでに座っていた。

 ルゥの右腕はすっかり治っており、何事もなかったかのような表情で白パンを頬張っていた。


 朝食の席にミレイはいなかった。

 前夜、イチとの戦闘後、ミレイはずっと顔をしかめていた。

 ディンが勝手に台覧試合の話を進めたことに怒っていると最初は思ったが、そうではなかった。イチとの戦いで言い訳の余地のない敗北を喫した自分に怒っていた。


「助けてくれてありがと。ごめんね」


 昨夜、ミレイはそれだけ言って自分の部屋に戻った。


 

「声かけた方がいいんじゃねぇの?」


 最後まで姿を見せなかったミレイを心配して、部屋に戻る途中シーザは何気なく提案した。


「結構プライドの傷つく負け方だったろうし」

「別に大丈夫だと思うけどね」


 と言いつつもやっぱり心配ではあったので、シーザと共にミレイの部屋へ向かう。

 部屋の扉を叩こうとした時、扉が唐突に開きミレイが飛び出してきた。

 ぶつかりそうになり、ディンは避けようとするがミレイはディンに気づくと、勢いよく両肩を掴む。


「ちょうどいいところにいた!」

「な、何!?」

「お父さんとの交渉で言ってたよね? ダーリア王国の秘儀をトネリコ王国の魔術師に伝授してもいいって!」

「……ああ、そういえば」

「私に教えてよ! 魔術覚醒!」


 迷いのないまっすぐな瞳をディンに向ける。

 昨日は落ち込んでいたのに、すでに前を向いていた。

 こっちが慰めの言葉をかける前にもう立ち直っている。

 ディンは「言っただろ」と言わんばかりの視線を一瞬シーザに向けて、ミレイを見る。


「習得は簡単じゃないし、ロキドスとの戦いに間に合うか微妙だと思うけど?」

「絶対に! 間に合わせてみせる!」


 ミレイは力強く言い切る。

 壁にぶつかってショックを受けても、立ち向かえる強さをミレイは持ってる。


「うむ。そこまで言うなら! ただし! 修業は厳しいぞ!」

「いや、待て。そもそもお前もできねぇじゃん」


 シーザの突っ込みで静寂に包まれる。


「よく考えたらディンにお願いすることじゃなかった」


 急に冷静になり、悪戯っぽく笑う。

 やっぱりミレイ・ネーションは強いとディンは思った。




 

 その後のミレイはいつも通りだった。

 自室にてミレイに念入りに化粧をしてもらっている時、ミレイは前夜のことを消化できたからか、終わったことをくどくど言い出した。


「助けてもらったことは感謝してるよ? イチはまだダン様の魔術を使いこなしていない状況だったにもかかわらず、私が勝つ方法は少なかった自覚もある。でもさ、台覧試合に勝手に推薦したのはやっぱり良くない」

「そうかなぁ?」

「良くない! イチ・スメラギがトネリコ王国の魔術師を代表するんだよ! そこはもう少し考えて欲しかった!」


 はっきりとミレイは不満気な表情に変わる。


 昨夜、ミレイは濁したが台覧試合出場はミレイがほぼ内定していた。もっともミレイが乗り気でなかったのも事実で、代わりとなる魔術師をずっと探していたのだ。


 ただそれは当然誰でもいいわけではなく、トネリコ王国を代表するにふさわしい者でなくてはならない。その点でミレイは納得できないらしい。


「別にあの場をうまくまとめようとして提案したわけじゃない。俺はイチでもミレイの条件を満たしていると思っている」

「身内を全員殺したイチが?」

「……それさ、本当に全部イチがやったのか?」

「イチがダン様の魔術を継承したのが何よりの証拠だと思うけど? 呪印の効果も知ってるでしょ? イチ・スメラギはマーリのように狂ってる」

「俺はそう思わなかったよ。あいつは呪いを克服してる」

「根拠は?」


 ミレイは問い詰めるようにディンをじっと見る。

 ディンはそれに答えない。

 確信したものはない。ただ答えないのは公平じゃない気がして、ぽつりと口にする。


「イチの祖父を敬愛する想いは嘘じゃないと気づいた。あいつは祖父のダンの名を汚す真似はしないと思う」


 境遇は違うが、祖父に抱く思いはきっとディンと同じだ。

 だから、ミレイに対し祖父への想いを告げた時、自分の中でその言葉が響いた。

 狂気じみた戦い方ではあるが、心までは狂ってないと思った。

 少なくとも戦えない女子供に手をかけるほど人の道を外れたことをすると思えない。


「偏った情報と印象だけで判断するのは危険だと思う」


 誰でも陥りがちな間違いで、実際ディンも今までに何度も間違えた経験がある。

 外側から真相を掴むのは想像以上に難しい。

 ミレイはそこで少し考え込む。


「……お父さんに内戦についてもう少し詳しく調べるよう頼んでみる」

「うん、頼む」


 話を一区切り終えて、少しの間沈黙が続く。

 ミレイが何か言いたそうな顔をしていた。


「何?」

「おばあちゃんは伝説の魔術師にふさわくないって話……どう思った?」


 恐る恐るミレイは問いかける。

 今まで踏み込んだことのなかった話題。

 少し間を置いてから口を開く。


「俺なりの結論だけど、確かにトネリコ王国のミレイヌ様への持ち上げ方は少し過剰だし、ダンの扱いも不憫だと思った。でも、俺はロキドス戦がすべてではないと考えてる。そこに至るまでに、目に見えない部分でミレイヌ様は多くの貢献をした」


 それは祖父エルマーから聞いた話だ。ミレイヌは物資の調達や宿の手配や野営時の調理、わがままなシーザの面倒など皆がやりたがらない仕事を率先して受けていた。

 また、ロキドス討伐作戦においても、活躍しなかったわけではない。蝶による索敵で、魔王の巣の特殊な構造を暴いた。

 

 ミレイヌのおかげでロキドスの居所を掴んだのだ。

 イチの気持ちもわかるが、ロキドス戦のみ切り取って語るのは公平ではない。


「何より過大評価だとしても、それに応えようと生涯にわたりミレイヌ様は努力し続け、トネリコ王国の魔術師団に多大な貢献をした。後ろめたい気持ちを持つ必要はない」


 それはディンの心からの言葉だ。だが、多少身内びいきが入っている面は否めない。

 だからなのかミレイの表情は冴えない。

 ここでミレイには優しい言葉より奮い立たせる言葉を使った方が良いと気づいた。


「もやもやする気持ちがあるなら……これからミレイが証明しなよ。まだ終わってないんだから」


 それを聞いて、ミレイははっと目を見開く。


 そうだ、終わったと思った勇者物語には続きがあった。

 これは誰も知らない勇者物語の延長戦。

 祖父たちのためにも、必ずピリオドを打たなくてはならない。


「だね」 


 それだけ言ってミレイは不敵に笑った。





 その後、化粧を終えて、それぞれ荷造りし、ミレイヌ邸の前に停まる馬車に乗り込んだ。

 あとは帰るだけ。前日の疲れが多少残っているのか、皆それぞれ口を開くことなく、ディンも窓からの景色をじっと眺めていた。

 その時、突然ミレイが「あっ!」と大声を上げた。


「思いっきり重要なこと忘れてた!」

「何、急に」

「ユナへ面会希望だよ! 昨日伝えようと思ってたけど、あんなことがあったから……」


 勇者一族との面会希望者は後を絶たないのでディンにとって特に珍しいことでもない。


「っても、もう戻るし。トネリコ王国の貴族と会う時間はないぞ」

「こっちじゃない。向こうにいるトネリコ王国の王族だよ」


 その言葉にディンだけじゃなく全員が反応する。


「それってもしかして」

「うん。第一王子のアシビン殿下」

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