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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第十章 トネリコ王国編

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第210話 ✥✥♆✥✥

 地面に叩きつけられながら後方に吹き飛ばされるものの、イチはすぐに立ち上がり態勢を整える。もっともうまく呼吸できないのか口を大きく開け、肩で息をしていた。

 明らかな劣勢だが、その目は笑っているように見える。


 一方のミレイはその場から動かない。戦闘服でない普段着のスカートで動きづらいからではなく、明らかに近づくことを警戒していた。

 性格や戦闘スタイルもよく知ってるだけにその選択がディンには消極的に思えた。


「今こそ突っ込むべきじゃ……」

「音魔術は一瞬で魔術が展開されて、防御もできねぇ。近づくのは危険なんだ。実際、ロキドスもダンから距離を取った」

「そうか、そういえば」


 極端な話、声さえ発することができればイチは戦える。

 イチは荒い呼吸のまま上空を見上げて左手を突き出し、口を開ける。


「✦✦☼✦✦」


 左手から放たれたのは巨大な紅蓮の火炎球。

 上級火炎魔術、紅蓮球。

 溶岩の一部を切り取ったような紅蓮の炎が上空を舞う数多の蝶を一気に焼き尽くした。


「詠唱なしだと……」


 ディンは呆気に取られていた。上級魔術はほぼ詠唱必須であり、無詠唱展開できるのは魔術開放可能なゼゼ魔術師団のみだ。


「略式詠唱だ。さっきも言ったが、詠唱を全部一言に圧縮して唱えてるんだ。音魔術の使い手だからできる」

「いや、言えてないって! インチキだぁ!」


 ディンの耳にはノイズのようにしか聞こえず、なんだか納得いかない。


「魔術開放みたいなもんじゃん。便利すぎないか?」

「全く違う。イチの場合、かなりリスクを負ってる。一度でも失敗すれば喉が焼け付くからな。しかもあいつ身体中に魔術印刻んでるだろ。魔術展開に一度でもミスがあれば、致命的ダメージを負う。色々とぶっ飛んでるな」


 魔術印を身体に大量に刻むのは良しとされない。特に攻撃系の魔術はその展開に失敗すれば魔術印ごと焼き付く時がある。よって杖などを媒介に持つのが一般的であるが、身体に刻む方が直に魔力を込められるので、魔力効率が良く威力も高い。


 ゼゼの影響で魔術印を身体に刻む魔術師は多いが、イチのように身体中に魔術印を刻む者はいない。

 己の命を担保に強制的に強さを底上げしているかのようだ。勇敢というより底知れない狂気を感じた。

 イチはそのまま左手をミレイに向かって突き出す。


「✦✦☼✦✦」


 先ほどと同じ巨大な紅蓮球をノータイムで放つ。

 ミレイはその場から一歩も動かないまま、一瞬ディンに意味深な視線を送った。

 すぐに視線を戻し、巨大な魔壁を展開。


 魔壁に厚みを持たせて紅蓮球をなんとか受けきるが、その熱によりミレイの右手がわずかに火傷し赤く腫れる。もっとも表情は一切変えず、敵から視線をそらさない。


「なんでさっき俺を見た?」


 ミレイは戦闘中に意味なく視線を逸らす真似はしない。

 明らかにディンに対し、何かを訴えかけていた。

 が、その意図を理解できない。


 ミレイは両手を合わせて、即座に開く。

 掌から多量の蝶が出現し、イチに向かって指をさす。


「蝶星屑」

「❇ ♅ ❇」


 再び詠唱潰しで発動させず、イチはタガーを握り突っ込む。

 それを見たミレイはイチと三十歩近い距離があるにも関わらず、バックステップし魔弾を連射。

 常に距離を置くという消極的に見える行動だが、ここでまた一瞬ミレイと視線が合う。

 何かを訴えている。この一連の行動はミレイの戦略だ。


 その時、ディンの肩に黒い蝶が止まった。

 その蝶は冒険者ギルド内で侵入してきた一匹。ずっとディンの背中に張り付いていたのだ。

 ここでディンはミレイからひそかに教わった蝶の特色を思い出す。


――黒い蝶は仲間の魔術語でも術を発動できる


 そうだ。ダンの音魔術は一対一で絶対的な強さを誇るが、時に仲間すら破壊し、己にすら牙を向ける諸刃の剣。


 だが、ミレイヌの蝶魔術は違う。

 仲間を生かし、仲間が生かす。それが蝶魔術の神髄。


 イチは後退するミレイに突っ込んでおり、屋根から見下ろすディン達に背中を向けている状態だ。

 完全なる死角。ディンは指先に止まった蝶に向けてぼそりと唱える。


「蝶隕石」


 ディンの魔術語に黒い蝶は反応し、高速射出。

 黒き光がイチの膝下を打ち抜く。


「なっ!」


 完全な死角からの攻撃にイチは足がもつれ、倒れこむ。

 そこはミレイの射程圏。


「悪いけど使わせてもらう」


 ミレイの左手中指に嵌められた指輪はディンが贈り物として渡したとっておきの魔道具。

 万が一の身を守るためにフィアンセに送ったものであり、対人戦において強力な武器となる代物だ。

 ミレイは地面を叩くように左足を踏み、唱える。


「雷怒」


 その直後、十歩圏内にいる周囲一帯の地面から吹き上がるように強力な雷が昇り上がる。


「ぐぅあああぁっ!」


 両膝と両手を地につけていたイチはもろにその電撃を浴び、叫び声を上げた。その雷は麻痺に特化しており、まともに食らった者は痺れにより動きを完全に止める。

 直撃を受けたイチは意識は保っていたが、口を開けたまま完全に硬直。


 イチの頭上でぐるぐると舞うのは数多の蝶。

 ミレイはイチに向かってすでに指さしていた。


「蝶星屑」


 イチの身体に赤い星屑がすべて貫通した。




 

 多量の星屑が身体を貫通し、血まみれと化したイチは地に伏せたまま動かない。

 その様子を見て、シーザは呆然としていた。


「……な、なんかミレイらしくねぇな」


 その戦い方があまりにもミレイの印象と違ったせいか、シーザは意外そうにつぶやく。

 観戦者として死角の外に置いておいたディンを利用して攻撃し、さらに特別な魔道具で念入りに動きを止めた後、倒れこんだ相手に追撃を加える。


 正に手段を選ばない戦い方。見方によっては卑怯と受け止められる戦法だ。 


「シーザもミレイのこと理解してないな」


 ミレイは武闘の試合では誰よりも正々堂々と戦うが、これは試合ではない。

 

「勝たなければならない戦いなら、何使ってでも勝つさ」

「……そういやミレイヌもそういうタイプだった」


 非情さを持てないものはその甘さにつけこまれる。

 ゆえに生ぬるい考えは捨てて、非情さを武器として握る訓練はディンもミレイも幼少から受けていた。

 これは祖父エルマーやミレイヌが冒険者だったことも大いに影響している。


「まあ、急所も外してるし、ミレイはまだ優しいよ。俺ならあそこからイチの頭を念入りに踏みつぶして意識を完全に奪うね」

「私はお前が怖いよ。エルマーでもそこまでせんぞ」


 シーザはドン引きしていた。しかし、それくらいやらないと危険だと思わせるほどイチからは底知れない強さを感じる。だからこそ、ミレイもイチが力を発揮する前に一気に勝負を決めたのだ。

 

 ミレイは動かないイチから目を逸らさず、腕を組んで睨んでいた。

 そこに油断は一切ない。だが、内心もう動かないと確信を持っている。

 それはミレイの長年の経験からくるもので間違いではない。


 だが、死地に身を置く超一流の冒険者は……その常識を覆す。


「✥✥♆✥✥」


 その音は不快さと気持ち悪さをすり潰したような不協和音だった。

 ミレイは反応していたが、驚きの表情のまま金縛りにあったように固まる。


「周囲一帯の動きを止める音だよ。祖父のダンがロキドスに心臓を抉られる直前に使った魔術と言えば君は理解できるかな?」


 地に伏せて動かないままイチは静かに喋る。

 祖父エルマーから聞いた話を思い出した。

 ダンが決死の覚悟で突っ込み、音魔術でロキドスの動きを止めた。

 ロキドスはダンを殺すが、その直後極端に動きが鈍り、祖父エルマーの剣がロキドスに届いたのだ。


 ミレイは必死にもがくものの地面に足が貼りついたように硬直していた。

 一方のイチも同じようにピクリとも動かないが、何かが聞こえる。


 不思議な唄だ。


「――sǝp ́ǝʌɐd ǝן ɹns ʇuɐssı̣ʇuǝʇǝɹ sı̣oq ǝꓶ sǝɹq̀ǝunɟ sɔoɥɔ sǝp ɔǝʌɐ ɹǝqɯoʇ ̀ɐɾ̣́ǝp spuǝʇuǝ’ſ¡ sʇɹnoɔ doɹʇ śǝʇ́ǝ sou ǝp ́ǝʇɹɐןɔ ǝʌı̣ʌ 'nǝı̣pⱯ sǝɹq̀ǝúǝʇ sǝpı̣oɹɟ sǝן suɐp suoɹǝƃuoןd snou ʇ̂oʇuǝı̣ꓭ」


 囁くように静かなのにディンたちのところまで不思議と届く。


「あれは……覚醒の唄」


 隣のシーザがつぶやく。

 人間の脳には安全装置がかかっており、意識的に発揮できる力は限られている。

 その安全装置を一時的に解くのが覚醒の唄。

 イチは自己暗示により強制的に身体を動かして、立ち上がる。


 もっとも足元はおぼつかず、今にも倒れそうだ。

 が、敵を射程に捉え、口が動く状態ならそれはイチにとって敵の首に剣を突きつけたも同然だ。


「エルマー様は祖父の命がけの攻撃を無駄にせずとどめを刺した。シーザ様は祖父の力を発揮するため音を吸収する魔術をパーティにかけて回復役も担った。だが、ミレイヌは何もしてないただの観客だった」


 イチはミレイを睨みつける。


「ミレイヌ・ネーションは伝説の魔術師ではない。ダン・スメラギこそが伝説の魔術師として語り継がれるべきなのに!」


 感情的な言葉が木霊する。

 それを聞いた時、ディンはイチの心の深淵を垣間見た気がした。 

 ミレイは表情も動かせないほど身体の動きが止まっている。


「僕もやるなら徹底的にやる主義だ。ミレイ嬢。恨みっこなしだ。何よりミレイヌ如きの魔術にダンが負けるわけにはいかないんだ!」

 

 そう言ってイチはゆっくりと息を吸う。

 その瞳に慈悲などない。

 近距離から容赦ない超音波が放たれる。それを理解し、ディンは反射的に身体が動いた。


 イチの口から超音波が出る直前、イチの後頭部に蹴りを叩きこむ。


「くっ!」


 虚を突いた一撃にイチは吹き飛ぶものの、即座に起き上がる。

 イチは不意打ちを食らわせた相手がユナと気づき、一瞬唖然とした後、怒りの表情で睨みつける。


「ユナ様! 真剣勝負への介入はいくらあなたでも無礼だ!」

「あなたの目的は達成できたのだから、戦いは終わりです」

「何を言ってる!?」

「台覧試合に出ることが目的なんでしょ? 私が対戦相手にあなたを推薦しましょう。イチ・スメラギ」


 それを聞いてイチは目を見開く。


「君が……ダーリア王国代表なのか?」

「ええ。伝説の勇者一行において双璧を成したエルマー・ロマンピーチとダン・スメラギ。その孫がプライドをかけて、どちらが強いのか勝負しましょう」


 血だらけのイチは少しの間呆けていたが、ディンの言葉を理解し、握っていたタガーを腰におさめる。


「望むところだ。それは僕の最も待ち望んでいた戦いだ」


 そう言ってイチは不敵に笑った。

 こうして決戦の誓いは交わされた。

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