第206話 久方ぶりです。姉さん
ルゥ・クロサドラは掴めない部分が多いが、わかっていることがある。
その戦い方はとても戦術的であること。
力任せにねじ伏せるフローティアや直感で戦うタンタンと違い、系統としてディンに近い。
そのルゥに告げられた言葉。
――あなたに複数の役割は求めていない
謎かけのような言葉の意味を考えに考えて、出た結論。
「どういうことだ?」
求められてることがさっぱりわからなかった。
じっと動けずにいるが、その間にも戦いは止まらない。
カース・ヘルハウンドは呪いの黒い炎をまとってそれを口から放つ。
わずかでも食らうと致命傷となるので、ルゥは防戦一方となっていた。
冷静に思考を巡らせる。
ディンは囮役をするつもりだったが、ルゥは拒否して敵を引きつけている。
言ってみれば、囮役をルゥが担っている状況だ。
つまり、逆説的にディンに求められるのは仕留める役割。
しかし、自分の持つ魔道具で呪いに効くものはない。
カース・ヘルハウンドは炎を吐かず、俊敏な動きで距離を詰めてルゥに突っ込む。
それに対し、ルゥは一言魔術語を唱えた。
「影氷柱」
地面から影の棘が伸び上がり、カース・ヘルハウンドの体を貫いた。効いてはいないが、わずかに敵はひるむ。
この時、ルゥの魔術の切れが魔術開放時とほぼ変わりがないことに気づく。
これは何かの仕込みだ。
自然と目を向けるのは突き刺した杖。ルゥは細かく立ち位置を変えているが、杖の周囲から大きく離れていない。
そして、よく見ると地面に刺した杖の同心円状の影が濃くなっていた。
杖を地面に刺し一定範囲の影を濃くすることで、影魔術の切れを高めているのだと気づく。
「魔術師って生物の嫌いなとこ」
魔術師は基本、自分のとっておきの手札を仲間と共有しない。
シーザもミレイも同じで、とっておきはディンにも教えていない。
それを是としている者が思いのほか多い。
だが、ふとディンはルゥと揉めた夜のことを思い出した。
――杖は起動具ではない。複数の意味を持たせて戦略の幅を広めるためのもの
あの時、ルゥは杖に関する重要な情報をさりげなくディンに教えた。
ここでルゥの言葉の意味を理解する。
すぐに地面に刺さる杖に近づこうとした時……
「それ!」
遠くからマーリが突き刺さった杖を指さして叫ぶ。
「私は目が見えないが、魔力の流れははっきり見えるよ!」
そう言って、右手から魔弾が放たれる。それは遮る間もなく杖の中心に的中し、ぽっきりと折れた。
「あっ」
肝となるはずだった杖が折れ、ディンは固まる。
ルゥを取り巻く周囲の濃い影が自然と薄まり、ルゥの力が弱まる。
「今だ! リィー! 畳みかけろ!」
マーリの命令でカース・ヘルハウンドはルゥに襲い掛かる。
ルゥはその猛攻をいなしているが、当たってはならない攻撃に余裕がない。
「役割は変わらない!」
ルゥが唐突に声を張り上げ、呆然としていたディンは正気に戻る。
囮役はあくまでルゥであり、ディンがとどめを刺すことは変わらないとルゥは暗に告げているのだ。
マーリの攻撃により真っ二つに折れた杖にディンはゆっくり近づく。
折れているにもかかわらず、わずかながら魔力を感じた。
魔術展開を助ける起動具としての杖ならもう使い道はないが、これは起動具ではない。
魔道具だ。魔道具の進化は著しい。複数の効果を持つモノや一部が壊れてもその機能を失わないモノもある。
地面に刺さる折れた杖に手を伸ばし、杖の表面に触れる。その杖から魔力の凝縮を感じ、ルゥの杖はその両方を兼ね備えたものだと確信する。
ディンは思い切ってそれを引き抜いた。
杖が地面から抜け出ると同時に、周囲の空気が一変した。杖の折れた先端から黒い霧が立ち上り、形を変え始める。杖は次第に長くなり、鋭い刃となる。まるで闇そのものが凝縮されたかのように、漆黒の鎌となった。
「これが……とっておきか」
その杖の名は暗日という。
隠密集団セツナの中でルゥと同じ影魔術の使い手がかつて存在した。
致命的に魔力が少なかったため強者との戦いで使われたのが暗日だ。
地面に刺すことで場の影を濃くし、優位性を得た。ただそれ以外にも暗日の効果はもう一つある。
魔力と魔力の衝突の磁場にその杖を刺し続けることで魔力を溜め込み、その力を一気に放出できる。
「これなら」
ディンはその大鎌を手に敵の視覚外から接近し、背後にまわりこむ。
カース・ヘルハウンドがルゥに黒炎を放とうと動きが止まった瞬間、ディンは一気に突っ込むが、「リィー!」とマーリが叫ぶ。
その声に反応したカース・ヘルハウンドはディンの方を即座に振り返り、ノーモーションで黒炎を放った。
威力は低いが虚を突いた黒炎が自分に接近し、ディンは頭が一瞬真っ白になる。
が、間に滑りこむように現れたルゥの影分身がそれを防いだ。
背中を向けたカース・ヘルハウンドにルゥはすかさず接近し、臀部の肉を影針で抉った。カース・ヘルハウンドは激しい咆哮を上げて動きが止まる。
完全なる隙。
ディンは間合いを一歩で詰めて、目一杯の力で大鎌を振り下ろした。
刃が空を裂き、黒い閃光が夜の中で冷たく光る。重量感のない大鎌の威力は凄まじく、漆黒の分厚い黒炎に覆われたカース・ヘルハンドの首を真っ二つに飛ばした。
「えっ? ええー」
地面にぽとりと落ちたカース・ヘルハウンドの首を確認して、ディンは思わず戸惑いの声を上げる。
首のないカース・ヘルハウンドはやがてその場に崩れ落ち、動きを止めた。
それを確認し、ディンはゆっくりとルゥに近づく。
漆黒の大鎌は役割を終えたことで、液体となってぽたぽたと地面にこぼれていきやがて手元には半分に折れた杖のみが残った。
「これ……」
「折れたらもう使えない。師匠の遺品だったからずっと使わず残していた」
「いいのか?」
「うん。飾るために託されたものじゃないから」
表情を変えず答える。少し間を置いてディンの瞳を覗きこむように見る。
「ユナだったら私の意図にはきっと気づけない。ただ前に突っ込むだけ。後方からじっと戦況を伺って冷静に判断できるのがあなたの良い部分」
ルゥは思わぬところで思わぬ時に欲しい言葉をくれる。
照れくさくなり、少し目を逸らす。
「……この前のことだけど」
言いかけて、殺気を感じ、ディンとルゥはマーリの方を見る。
「リィー!」
遠くからのマーリの叫びは嘆きではなく奮い立たせる恫喝。
それに反応した首のないカース・ヘルハウンドは唐突に起き上がる。首のない部位から黒い煙が上りあがっており、それが首の先を作り頭部ができた。
「嘘だろ、おい」
体中にその煙が立ち上っており、周囲の空気が重くなる。
完全なる呪いの姿となり、ディンとルゥが構えた瞬間、マーリが咆哮を上げた。
地の底から響くような声で金縛りにあったようにディンとルゥの動きが止まる。
「ま、た……」
「今だ! やれ!」
マーリの号令でカース・ヘルハウンドは死にかけとは思えない速度でルゥに突進。ルゥは即座に反応して避けようとするも、右前腕部に食いつかれる。
「くっ」
「食いちぎれ!」
ディンは反射的に魔銃を連射するが、呪いの体は沼に沈むように魔弾を無力化する。
もがくルゥにカース・ヘルハウンドは食いついて離れない。
焦るディンの後方から唐突に人影が飛び出てきた。
前にいるのは……右手に瓶を持つアイリスだ。
「聖水を! 食らえぇぇ!」
アイリスは大声で叫びながら、カース・ヘルハウンドに向かって聖水の入る瓶を投げつけた。
頭部に直撃し、割れて透明な液体がかかると白い煙が立ち上る。シーザの作った聖水の効果は凄まじく、苦しむような低いうめき声をあげ、あっという間に体の形が崩れていく。
死にかけのカース・ヘルハウンドはやがて完全に沈黙して、煙となって消失した。
「大丈夫か!」
後方からシーザも駆けてきた。
良きタイミングで応援が来てホッとするもルゥが右腕を抑えて苦しんでいるのに気づく。
「シーザ。とりあえずルゥを」
「了解」
シーザがルゥに駆け寄り、右腕の治療を始める。
ディンはマーリを警戒し構えるも、マーリは訝し気な目を向けたまま、立ち尽くしていた。
「長い耳の魔力体……エルフ族のシーザ……まさか勇者一行の?」
「そうだとしたら何か?」
ディンの言葉にマーリの顔色が変わる。
「もしかしてあなたたちはミレイ様の紹介で冒険者になったのですか?」
「ええ。ミレイは私にとってお姉さんのような方ですから」
「……あなた本当に勇者の孫?」
「マジです! そいつがユナ・ロマンピーチだ!」
遠くに吹き飛ばされていたドムの意識が戻ったのか、白い煙のカーテンから姿を現し、もたもたと歩いてくる。
それを聞いてマーリは口を開けたまま固まる。その表情はみるみる青ざめ、血の気が引いていた。
「少々お待ちを! もしかしたら私はとんでもない勘違いをしていたのかもしれません!」
マーリは交戦の意思がないと言わんばかりに両手を上げた。それが嘘でないのは魔力の緩みでわかった。
ディンとしても痛めつけるのが目的ではないので、構えを解く。
戦闘態勢をお互い解き、話し合いになると思ったその時……
それは現れた。
閃光のような光が周囲を取り巻く煙のカーテンを貫いたと思ったら、すでに何かがマーリの背後を取っていた。
「久方ぶりです。姉さん」
「お、まえ!」
マーリは背後を取った存在に目を剥く。すでに首元にタガーが当てられていた。
「あなたの愚行、はっきり見届けました」
「ま、待て! 待って!」
懇願するような声色に変わるが、男は表情を変えない。
「あなたの目的はわからない。でも、こんなことやめよう。今となっては……唯一の血の繋がった姉弟じゃない?! おじいちゃんはこんなこと望んでない」
「さんざん名を汚す行為をしていて、偉大なる祖父をここで持ち出すな」
「ちょっと! 落ち着いて!」
そう言いつつマーリの両手に魔力が集まっていた。夜空の雲がわずかに弧を描くように旋回し、マーリは叫ぶ。
「捧げ――」
言葉を言い切る前に男のタガーがマーリの首を突き刺した。
首が鮮血に染まり倒れこむマーリを見て、ディンは一瞬思考が止まる。
「えっ……殺した? 姉弟って言ったよな?」
ディンだけじゃなくシーザもルゥもアイリスも言葉を失っていた。
当の本人は何事もなかったかのようにタガーの血を布で拭う。
一見するとひょろっとした優男だが、腕や首に模様のように刻まれた幾何学模様の魔術印が男の異常性を訴えていた。藍色を基調とした旅装束を着て、タガーや魔銃を腰のベルトに差しており、見た目からは魔術師なのか騎士なのかピンとこない。
「冒険者って感じだな」
シーザがぽつりと口にした言葉がディンの中でしっくりきた。どこにも所属していない雑食な印象と無形の強さをはっきり感じ取れる。
その男はディンに真っすぐな視線を向けて口元に笑みを浮かべた。
――青い炎みたいな人
ミレイの言葉がふと頭をよぎる。
これが同族殺し、イチ・スメラギとの出会いだ。




