第202話 戦える奴、全員集めろ。戦争だ
ドムの家はスイーピー郊外の小高い丘にある。
小高い丘に横穴を開け、土魔術で固めた巨大な地下壕のような空間がドムの家だ。
簡易的であるがドワーフ族としての気質か、頑丈な穴倉が非常に落ち着く。
灯火が照らす薄暗い穴倉の一角には重厚な石造りのテーブルと椅子が鎮座しており、その椅子にドムは深く腰掛けていた。
スイーピー郊外に四ケ所ある蟻塚領域をドムは管理しており、毎日その穴倉まで部下が何らかの報告に来る。
何もない時は気が楽だが、今日はそうではない。
腕を組み、仏頂面のままドムは部下の報告を黙って聞いていた。
「殺してねぇだろうな」
「っす。あのじいさん。間が悪いっつーか――」
部下も少し申し訳なさそうに言う。
ドムの管理する蟻塚領域の蟻塚は重要な資源の一つだ。これを勝手に持ち去るのは野菜や果物を勝手に収穫することに等しい。
よってスイーピーの新人冒険者たちに対し、最初に警告する者がギルド内にいるが常駐しているわけではない。
まれにそれをくぐりぬける者もおり、間違って蟻塚領域に入る者もいる。
その場合も基本的に最初は見逃し、あくまで警告で済ませる。暴力の行使は最後の手段だ。
それが通例だが今回は発見次第即座に暴力を行使した。理由はマーリの命令だ。
ダンの孫であるマーリは機嫌の落差が激しく、機嫌が良い時はすべて許すが、逆の時は冷酷なまでに対象を蹂躙する。
内戦の影響か、機嫌の悪いマーリが遠征から戻ってきたときに初心者冒険者が商売の邪魔をした。
「運が悪いとしか言えねぇな……まあ、これであのじいさんも冒険者として死ぬことはなくなった」
冒険者の依頼は、本来素人が片手間でできる仕事ではない。が、スイーピー周辺は平和になりすぎた。魔獣の脅威が消えたのは良いことであるが、お気軽に冒険者登録して小遣い稼ぎをする素人が増えたのは問題だ。
「今後、ああいう無知が俺たちの商売を荒らす可能性があるから、脅しのタイミングとしては問題ないか」
ドムはそう自分に言い聞かせて、心の奥底にある罪悪感を消した。
「なんて顔だい。冒険者ドムも日和ったもんだ」
その声を聞いて、ドムは即座に立ち上がる。扉の前に立っていたのはマーリ・スメラギ。マーリの手には重々しい鎖が握られており、その先には巨大な魔犬、ヘルハウンドが繋がれている。
「もっとも顔は見えないわけだけど」
黒色の長髪を軽く撫で、口元に笑みを浮かべる。
盲目のマーリは両目を覆う特殊な眼帯をつけており、魔犬に先導されてゆっくりドムに近づく。
「お、お、お久しぶりです! マーリさん!」
「挨拶はどうでもいい」
吐き捨てるように言い、テーブルの椅子に腰かける。
「常識を知らねぇ冒険者の後始末は終わりましたぜぃ!」
ドムは得意げに胸を張るも、何か言いたげにマーリを見る。
盲目ながらマーリはその機微に気付く。
「問題ない。ガスはこの程度で動かない」
マーリたちが露骨に暴力で商売を支配しない理由は、近隣に領土を構えるネーション家の存在にある。
あまりにあくどいことをすれば、ネーション家も動かざるを得ない。
「ガスは自分から均衡を壊せるタイプの人間じゃない。特に今のスメラギ家と関わろうなんて思わないだろうさ」
それは自虐の意味もこもっており、ドムは反応に困るも「ははっ」と強引に乾いた笑い声をあげる。
「それはそうと例のものは調べた?」
「……何を?」
ドムはぽかんとした表情になる。ドムの返答にマーリは深くため息をつく。
「部下を通じて伝えたと思うんだけどねぇ。あんたはいつもそうだ。一つの仕事はきっちりこなすが二つ目は右から左に流れる」
「ああ! そういえば! 直近で新規登録した冒険者の調査でしたっけ?」
「うん」
マーリは一点を見たまま考え込む。
「何か気になることでも?」
「ネーション家のご令嬢がギルドに顔を出したらしい。令嬢の紹介で冒険者登録した奴が複数人いる」
「ほう。それは特別扱いしないといけませんねぇ」
マーリはドムの方に顔を向けて圧を加えるが、ドムはきょとんとしたままだ。
「何か?」
「だ・か・ら! まずはそれが誰なのかはっきりさせておきたかったんだ。万が一でも粛清してしまったら面倒どころの話じゃない」
「あっ……」
ドムは先に粛清したことがまずかったことに今更気づき、おろおろと焦りの滲む表情のまま固まる。
「安心しな、馬鹿ドム。粛清した冒険者はマシューっていう街の隅に住むただのじいさんだ」
ドムはそれを聞いて、ホッとした表情になる。
「……今は内戦中で、面倒ごとを抱えたくないけど気が立ってる。あいつがどこで現れるかもわからない」
棘のようなマーリの魔力が自然と滲み出る。ドムはマーリの懸念を理解していた。実際、スイーピー内でもすでに異変が起きていた。
「そういえば五人衆が一切姿を見せてないですね」
五人衆はマーリ直属の部下であり指折りの実力者たちだ。
スイーピーでもめ事が起きれば、必ず出てくるのが五人衆だ。
「さっき他の奴らにも聞いて回ったが、全員家にも戻っていなかった」
「……」
「殺されたか」
ドムはぞっとしたが、それを表情に出さないよう努める。
スメラギ家の内戦はもはや全国に拡大している。
その中心にいるのはマーリの弟、イチ・スメラギ。
発端はイチの蛮行にある。
スメラギ家当主である己の父を殺し、さらに第一養子まで殺したのだ。
その目的をマーリから聞いたが、ドムは首をかしげざるを得なかった。
「イチはダン様の魔術を継承するためにここまでのことをしたんですかね?」
「祖父の魔術を継承した第一養子の頭部が何者かに持ち去られ、イチが非正規ルートで継承魔術をしたことはすでに確定した事実だよ。前々からイチは魔王ロキドスを追い込んだ祖父の魔術を欲しがってたからね。ずっと機会を伺っていたんだろう」
マーリは確信しているようだったがドムは釈然としなかった。
「なんだい?」
「いえ。イチの場合、デメリットの方が大きすぎる気が……」
重要な二人を殺した時点でスメラギ家すべてを敵にする蛮行だ。
どれだけの人間を敵にまわすか理解できないはずはない。
それに継承魔術は失敗する可能性のある魔術だ。失敗すれば魔術が使えなくなる。
イチはソロ冒険者としてプラチナランクの称号を得るだけの強さをすでに得ており、十二分に強い。
己の魔術を失うリスクを取るのだろうか。
総合的に考えて明らかにリスクの方が大きい。
イチは何を考えているかわからない男だったが、馬鹿ではない。
言いようのない引っかかりをドムは覚えた。
「なんかこれ……裏がありそうな――」
「馬鹿ドムは黙っておきな!」
マーリの叫びでドムは口を噤む。
どうあれイチが何を考えているかなどどうでもいい。
今、最も重要なのはイチがスイーピーに潜伏しているという事実だ。
スイーピーから少し離れた最寄りの町に貴重な瞬間移動の魔道具を使い移動したことは手先により確認済みだ。
もうすでに目と鼻の先にイチはいる。
その事実にドムは不安に駆られる。
「……いくらなんでも実の姉に手を出すなんてことはないですよ! ねっ?」
ドムの願望に対し、マーリは何も返さない。静寂に包まれたが、マーリは表情を緩めて軽く息を吐く。
「辛気臭くなったね。今夜は酒でも飲んでパーッと気分を高めよう。気分の悪いままだと身体に毒だ」
それを聞いて、ドムの表情は明るくなる。ホームであるスイーピーに戻ってきたからか、マーリの機嫌がだいぶ上昇傾向にあるのを感じ取った。
「よーし! じゃあ今日はとことん盛り上がりましょうや!」
「そうだけどドムはまず仕事ね。明日までにはミレイ嬢と関係のある冒険者を把握しておくんだよ!」
仕事と聞いて、ドムはしょんぼりする。テーブルに置かれた蒸留酒の瓶にマーリは手を伸ばし、木製のコップにそれを注ぐ。
「というか、あんたもギルドには定期的に通ってるんだろ? 令嬢の関係者なら見た目から違うはずさ。そういうやつらはいなかったのかい?」
「どうでしょう……最近会ったのは、世間知らずのガキ共くらいですね。エルフを案内人として連れてました。蟻塚に何度も侵入したので俺が直々に注意してやりましたよ!」
「ガキ……」
マーリはぼそりとつぶやき、考え込む。
その時、入り口の扉が荒々しく開かれ、全員の視線が集まる。
「大変です!」
ドムに仕える部下の一人が慌ただしく部屋に入ってくる。
「なんだよ」
「だ、第三区域の蟻塚が……燃えてます」
「何? 燃えてるだと?」
ドムはただならぬ空気に反射的に立ち上がる。
「事故か何かか? 被害はどれくらいだ?」
「原因は不明ですが、遠くから確認したものによると……全域が燃えているそうです……」
「はっ?」
ドムはそれを聞いて、開いた口が塞がらなかった。
「んなわけあるか。第三区域は四つある蟻塚の中で一番広い。蟻塚の数は軽く千を超える……その全域が燃えるなんて」
「事故じゃなく人為的だね。しかも……素人の仕業じゃない。そんな不可能を可能とするのは……」
全員の頭に自然とよぎるのはこの世の理を破る特別な超越者。
「魔術師か!」
「ああ。そしてこんなことをするってのは宣戦布告を意味する。タイミングからして……イチだ」
マーリは酒を飲み干し、立ち上がる。
「戦える奴、全員集めろ。戦争だ」




