第201話 やり残したことをやっておこうと思ってさ
冒険者マシューが重体となって発見されたのは昨夜のこと。
日中、アイリスがスイーピーに出掛けており、その情報を偶然知ったらしい。
今にも日が暮れそうな時間にディン達はスイーピーに向かい、事情を知ってる者へ話を聞いた。
マシューを発見したのは街の北側の入り口近くで武器屋を営む商人だ。
外傷は魔獣によるひっかき傷や噛みつかれた箇所が多数あり、骨も複数箇所折れていた。
「魔獣に襲われたっていう風に見せたんだろうね」
商人はその時のことを思い出すように腕を組んで切り出す。
「魔獣の仕業ではないと?」
「襲われたなら、その場で死んでるよ。よく見たら何かで打たれたような打撲痕もあった。つまり、魔獣の仕業に見せて誰かが痛めつけたんだ」
それは想像ではなく確信を持った言い方だった。
「なんでそんなこと……」
「警告だろうね」
「警告って! 冒険者初心者のおじいさんが何をしたんすか!」
「おそらく……知らない間に入っちゃいけない場所で狩りをしていたんだ」
そこで合点がいき、ディンたちは顔を見合わせる。
初日、ディンたちと行動を共にしたマシューはあの蟻塚地帯なら単独でも万力蟻を狩り蟻塚を取ってこれることを学んだ。
その後もマシューは一人であの蟻塚地帯で定期的に任務をこなしていたのだ。
「こういうことは稀にある。まあ、君たちも気をつけな」
商人の警告をディン達は黙って聞いていた。
日が暮れて夜の帳が下りたころ、四人とも何も言わず、しばらくの間街を歩いていた。
「私たちがマシューさんを連れて行ったせいで……せめて警告してあげれば」
アイリスは暗い表情のままぼそりとつぶやく。
「悪くねぇよ。冒険者ってのは全部自己責任の世界だ。こんなことに罪悪感を感じる必要ねぇよ」
シーザはそうやって突き放すが、後味の悪そうな表情だ。噛み合わせが悪かっただけだが、ディンたちが狩りをしてはいけない場所にマシューを案内したのは間違いない事実だ。その結果、何も知らないマシューは大怪我を負った。
皆何か言うわけでもなく、その足取りはミレイヌ邸へ向かっている。
色々と思うことがあるが、全員このまま戻るのが正しいというのは理解していた。
現在、内戦中のスメラギ家は想像以上に殺気立っており、関わるのは間違いなく面倒ごとになる。
首を突っ込んだらどうなるか予測できないし、今マフィアを相手にするほどの余裕はない。
もっと大きな目的、魔王討伐を果たさなければならない。
そのために準備しないといけないことがまだまだあるのだ。
それにディンは継承魔術に成功した影響で、魔術をあまり行使できず戦える状態ではない。何より勝手に動いてネーション家に迷惑をかけることもできない。
今マシューのためにできることと言えば、ネーション家に今回の一件を報告することくらいだ。今回の件を細かく調べてもらい、ネーション家から徹底的に抗議してもらう。
そして、ディン達はこのままスメラギ家とは関わらずダーリア王国へ帰る。
これが最適解だと自分の中で結論付けた時に気づく。
(俺って本当に理性的な奴だな)
心の中に燻ぶった感情はあるが、それをうまく操縦し損得の天秤にかけて物事を冷静に見定めている自分がいる。
別に悪いとは思わないが、ふと祖父エルマーの言葉が頭をかすめた。
――理屈より心に従って動くべき時がある
感情的に動くなんて、たいていろくなことにならないと思っていたが、さっきミレイから言われた言葉で祖父の真意に気づいた。
これはきっと損得抜きの正義感と勇気の問題だ。
今何をすべきかなんとなく理解したが、火中に突っ込むことを恐れてる自分がまだいた。
だから、帰路への歩みは止まらない。
――がっかりさせないで
目の前に立ち塞がるようにユナが一瞬見えた。
ユナの瞳がディンの足を止める。
ユナの瞳がディンの心を説得する。
「そうだよな……」
「どうした?」
「やり残したことをやっておこうと思ってさ」
シーザはため息をつく。
「突っ込んだら火傷する可能性もあるぞ」
「火傷しても殴っておきたい奴らがいるんでね」
「っても割に合わねぇだろ。ネーション家にも迷惑をかける可能性があるし……ダンの孫が相手だぞ」
「だから、なんだ? 俺は勇者の孫だ」
シーザはそれを聞いて、口元を一瞬緩ませる。
「まあ、マシューとかいうじじぃもむかついたが、それ以上に今回の件はムカついたしな。スメラギ家の馬鹿共は教育が必要だと思ってたところだ」
「んだよ。ホワイト君も来るのかよ」
「それやめろ! 私は伝説の勇者ご一行のシーザ様だっつーの!」
シーザは叫び、笑みをこぼす。
シーザはいつもディンに真っ向から助言をして時に意見がぶつかり合うこともあるが、ディンが大きな決断をすればそれを尊重してくれる。
それに呼応するようにアイリスも少し笑い、口を開く。
「まあ! 私は一人でもやってやろうと思ってたんですが! お二人がそのつもりなら、お供しますよ!」
屈伸運動をしており、すでにアイリスはうずうずしていた。
その隣にいるルゥは無表情のままディンをじっと見ている。
「ルゥはどうする?」
「リーダーはあなた。私はそれに従うだけ」
そう言いつつ、ディンの瞳をじっと見て続ける。
「あなたにとって高い代償を払うことになるかもしれない」
それは心配するというより、ディンを試すような言葉に聞こえた。
「代償? 何言ってんだか」
少し前を歩き、振り返って言った。
「俺がスメラギに払わせるだけだ」




