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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第十章 トネリコ王国編
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第196話 青い炎みたいな人

 ミレイヌ邸に戻ると、ミレイが戻っていると侍女から聞き、さっそく会いに行くことにした。

 ミレイは現在魔術師としてダーリア王国内で任務に携わっているが、ディン達がこちらにいるので、空いた時間を見つけてはたびたび戻ってきていた。


 向かったのは邸宅最上階にある一室、蝶々館。

 ドアを開くと、蜜のような甘い匂いが鼻孔をつく。

 発光する蝶たちが天井付近を優雅に舞っており淡い光が薄暗い空間を照らしていた。


 透明なケースが壁際に大量に並び、その中にもあらゆる蝶が舞っている。

 魔術で作られたすべての蝶は色も大きさも違う。

 蝶魔術の研究室だ。


 魔術印の描かれた絨毯の上にミレイは立ち、目を閉じたままじっとしていた。

 仕事から戻っても、魔術の研鑽は怠らない姿勢はミレイヌとかぶった。


 魔王討伐後、祖父エルマーやシーザはすぐに冒険者を引退し前線から身を引いたが、ミレイヌはトネリコ王国魔術師団に戻り魔術師として長きに渡り活躍し続けた。

 年老いても引退しないミレイヌに対し、ディンは素直に真面目だなと思っていたが、先ほどのシーザの話を聞いて解釈が変わった。


 伝説の魔術師という身の丈に合わない称号を得たことで、ミレイヌは少しでもそれに見合うよう必死に研鑽を積み、魔術師団に貢献しようとしていたのかもしれない。

 ふとディンはミレイがこのことをどう思っているのか、気になった。


 ミレイは唐突に目を開き、ディンがいることに気づく。


「難しい顔してるね」


 首を少し傾け、ディンを見て微笑む。

 話の切り出し方に悩んだが、あまり気を遣うのもおかしいと思い、今日あったことを簡潔に話した。

 スメラギの名を出すと、シーザ同様少し曇った表情を見せる。


「あー、スメラギ家の蟻塚経営ね……そういやその問題棚上げにされてたなぁ」


 ミレイは動じることもなく淡々と答える。案の定問題を把握していた。


「別に都合が悪いってわけじゃないよ。まあ、ディンなら理解してくれると思うけど、色々あそこは面倒なんだよ。蟻塚の価値は知ってる?」

「さっき調べた」


 害虫ともいわれる万力蟻。増殖はすさまじく、人の温暖な住処に侵入し、木の家も食い破り腐らせ、田畑も台無しにしてしまう。万力蟻は人の生活区域を蝕む存在であり、駆除するのが最善であるが、あの蟻塚は違う。


「万力蟻の蟻塚は加工することで非常食や保存食として使われている。お湯で溶かしてスープにすると意外においしくて、トネリコ王国北部ではとても重宝されているらしいな。つまり、あの大量の蟻塚は金を生む」

「そっ! シーザ様の言う通りあれは栽培なんだよ」


 ミレイは後ろめたさも見せずさらっと認める。

 あっけらからんとした反応にディンは少し戸惑う。


 ディンとしては魔族の巣の栽培に忌避感しかなかったが、ミレイにとっては仕方のないことと受け止めているのが表情からわかった。


(久々に国境線を感じるな)


 生まれ育った国による常識の違い。もっともこんなことはよくあるし、ミレイの正義感の強さは良く知っている。

 だから、いちいちそれを口にしない。

 

「で? ネーション家としては問題ないってことか?」

「ディンも知ってのとおり私たちは成り上がり貴族であそこ一帯の領主ではないからね。人的被害が出てない以上、下手に口出ししにくいんだと思う」


 あまりにあくどいことをしていれば、当然ネーション家も動かざるを得ない。

 よってスメラギ家もやってはいけないラインを超えないよう配慮してるのだと悟る。

 そして、それを超えない限りネーション家は動かない。


 そんな暗黙の了解がはっきりと見て取れた。

 ディンは思わず不満気な表情を顔に出す。


「なんだか気に食わなそう」

「だって、野菜とか果物じゃなく魔族の巣だろ」

「そうだけど、価値あるものを栽培してるのは間違いない。需要もあるしあれで生活してる人もそれなりにいる。スメラギ家は独占してるわけじゃなく色々な人に仕事をまわしてるし……きれいごとだけで取り上げるのもどうかと思うって意見がそれなりにあるのも事実なの」


 どうやら産業の一つとして捉えられているらしい。

 国をまたげば自分の尺度が馬鹿になることがあるが、今正に自分の常識のずれを感じていた。


(俺の認識がずれてんのか……?)


 どちらにしろ異国には異国のルールがある。己の正義感を振りかざして、すでにできあがっている大きなサイクルを壊すというのは抵抗があった。

 ふとギルド長が勇者の孫に裏クエストを依頼した理由に気づいた。


 ネーション家の暗黙の了解がある蟻塚経営をぶち壊せるのは、ネーション家やスメラギ家に負けない影響力を持つ者のみ。

 勇者の孫は正にうってつけだ。


「ギルド長が蟻塚地帯を壊したがってるのは、なんでだと思う?」

「たぶんあの蟻塚がなくなることで利益を得られる側の人間なんだよ。蟻塚地帯を駆逐できれば、スメラギ家に実質占拠されてるあそこの土地を別のものに活用できるわけだし」


 一貫して腰の低いギルド長の思惑を知り、思わず舌打ちする。

 ギルド長は正義のためではなくあくまで自分の利益のため。


 こうなると土地の利権のいざこざ問題に思えてきて、自分の中にあった勧善懲悪という形は崩れ落ちていく。

 急に正解が見えなくなった。


「ちなみにあの蟻塚地帯を運営してるやつの名は?」

「ダン・スメラギの孫、マーリ・スメラギ。盲目のマーリって言われてる。気分屋だけど、自分のテリトリーを侵害する者には苛烈に仕返しをすることで有名なの」

「ってことは手を出すのは相応の覚悟がいるか……」

「うん。できれば今、スメラギ家と関わって欲しくない。あそこ、今内戦中らしいし」


 思いもよらない情報にディンは目を見開く。


「どういうこと?」

「詳しくは知らないけど、現在進行形で死人がたくさん出てる」


 となると、部外者が安易につつくのは危険だ。

 下手すれば抗争に巻き込まれ、火傷ではすまされない。


「そもそもディンは無許可で継承魔術を使おうとしてる立場でしょ? 後ろめたいことをしようとしてる以上、あんまり目立つのは……」

「……だな」


 懸念材料がどんどん出てきて依頼への熱意が自分の中で自然としぼんでいく。

 内心まだ心残りがあるが、ネーション家に迷惑をかけることだけは避けたかった。


「あと一つ。一番重要なことがある」


 ミレイは少し深刻な表情になる。


「スメラギ家で要注意人物がいる。というか冒険者に登録しちゃったからもう手遅れかもしれないけど……」

「誰?」

「王都の冒険者副ギルド長で、プラチナランク保有者。マーリの弟、イチ・スメラギ」


 ディンはふと引っかかった部分に食いつく。


「手遅れかもしれないってどういういこと?」

「向こうからディン……ていうかユナに会いにくる可能性があるってこと」

「えっ? なんで?」

「イチはロマンピーチ家と面会できるようネーション家に何度も依頼してきてたの。目的はディンやユナと会うことだったみたい……」


 寝耳に水の情報にディンは驚く。


「おい! 初耳なんだけど!」

「そりゃこっちが配慮して潰してたんだよ! ダン様の孫とはいえ、スメラギ家は……良い噂がなかったし」


 ミレイは慌てて弁明したが、特におかしい話ではない。マフィアのような組織であるスメラギ家とロマンピーチ家を繋げるような真似は常識的に避けるのが普通だ。


「……でも、王都の副ギルド長って立派な役職についてるよな」

「イチはスメラギ家とは距離を置いていて、冒険者として己の力のみで成り上がった人だよ。ただ裏がありそうだけど」


 最後の棘のある言い方が引っかかる。


「というと?」

「目的のために手段を選ばないみたい。冒険者ランクを上げるため他の人のクエストを奪ったり、他者を貶める行為をしたという噂が絶えないの」

「そんな奴が副ギルド長って大丈夫か?」

「証拠はないからね。とても謙虚で好青年だって評判も多い。本当の顔はどれかわからない」


 噂はあくまで噂だが、火のないところに煙は立たぬともいう。

 何よりミレイの表情からあまり良い印象がないのは読み取れた。


「まだ何かあるの?」

「これは未確定の極秘情報なんだけど」


 そう前置きして、少し小声でミレイは続ける。


「イチは今起きてる内戦の首謀者らしいの」


 ディンは絶句する。

 そんな男がユナと会いたがっているというのは理由はなんであれ不穏だ。

 色々とマイナス材料が出てきたことで今のスメラギ家と関わるのはリスクしかないと確信した。


「とりあえず蟻塚の件は手を引く。スメラギ家と関わらないようにするよ」


 ゴールドランク昇格は諦めざるを得ないが、計画の立て直しはできるので一旦気持ちを入れ替えることにした。

 ミレイはそれを聞いて少しほっとした表情になる。

 ふと気になり何気なく問いかける。


「イチと会ったことあるの?」

「うん、一度だけ」

「ミレイから見た印象は……?」


 ミレイは少し考えてから答える。


「青い炎みたいな人」


 抽象的なのに、輪郭が少し見えた気がした。


 伝説の勇者パーティでありながらスメラギ家は歴史の影に隠れてきた。

 マフィアとしてトネリコ王国全土で名が知られ、現在内戦が繰り広げられている。


 内戦という紅蓮の炎のど真ん中に立つ冒険者。

 イチ・スメラギ。


 ディンは直感で会ってはならないと感じ、スメラギ家から手を引くと決めた。

 



 だが、その出会いは――必然だった。

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