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勇者ディンは2.5回殺せ  作者: ナゲク
第十章 トネリコ王国編
191/224

第191話 面倒な魔術師だ

 アイリスの背中を追いかけ、辿り着いた北東の森を見上げる。

 あまり人が立ち入ってないのか、地面の地肌が見えないほど低木が大量に密集していた。

 アイリスは魔大剣で細い木や棘のある蔦を切りながら、奥へ進んでいく。


「探検っすよー!」

「おい。まずは探知魔術をかけてからだな」

「もう少し中心部に近いところでやった方が効率いいっすよ」


 アイリスは止まらない。

 その背中に一言物申したくなったが、あえて飲みこむ。

 少し奥へ進むと、細く長い木が大量に群生しているエリアに着いた。


 見上げるとサルが飛び移れそうな枝木が横に伸びており、獣の住処の雰囲気がある。


「ここで探知魔術の魔道具を使うか」

「……わずかに甘い香りがするっす」

「ん? そうかな?」


 ディンは少し前のめりで嗅いでみるが、何も感じない。ただアイリスは確信をもっているようで、さらに奥へ躊躇なく進んでいく。


「ちょい。アイリス、そういうとこ! 魔獣がいる可能性があるなら、慎重に行動しないと。二人を呼んでからが適切だろ?」

「わかってますよ」


 そう言いながらもアイリスは足を止めない。


「でも、多少の無茶はこなせないとロキドスは倒せないっすよ」

「……まあ、そうだけどさ」


(いまいち距離感掴めねーな)


 ルゥはユナの中身が違うと知ってから露骨に距離を置いたが、アイリスは以前とあまり態度は変わらない。嫌ってるとか警戒しているという感じもない。

 普通に気さくに喋ってくれる。


 が、当然今までと同じというわけではなく、変化はわずかながらある。

 前までは素直にこちらの意見を尊重してくれることが多かったが、今は自分の意見を押し通す傾向にある。

 


 細く長い木の群生エリアをしばらく進むと、アイリスの言う通り甘い香りが鼻孔をつく。

 リラックス効果があるのか、肩の力が抜けて穏やかな気持ちになる。

 魔獣の小便が元だと知らなかったら、警戒心を緩めるだろう。


「アイリス!」


 ディンの叫びにアイリスは口元に指をあてる。

 周囲を見渡すが、魔獣らしき生き物は見当たらない。

 風が吹き、枝がしなり葉が静かになびく中、わずかな異音を察知する。


「上!」


 二人ほぼ同時に見上げると、黒い毛皮で覆われた魔獣が木の上からアイリスに飛びかかっていた。アイリスは後ろに跳躍してそれを回避。


 地面に向けて拳を叩きつけた衝撃音は想像以上に大きく、ディンは一瞬ひるむ。

 地面に降りたミーラスと視線が合うが、「お兄さん!」というアイリスの叫びで、真上からのもう一つの殺気に気づき反射的にバックステップ。 


 地面を叩きつける衝撃音でディンは目を見開く。体はユナを少し大きくした程度の猿だが、腕が異常に長く力も強い。

 ぎょろりと飛び出そうな大きな目玉は目が合うと一瞬、たじろぎそうなほど不気味だ。


 視界に二体いるが、その存在感とは裏腹に想像以上に察知しずらく、視界外に複数存在していてもおかしくはない。


 周囲に気を配りながら目の前のミーラスに魔銃を向ける。

 黒い瞳がそれに気づくと、即座に木の裏に隠れて、次に姿を見せた時は木の枝にぶら下がっていた。

 ディンは躊躇なく連射するが、直線的でなく立体的な動きで避けられ思わずたじろぐ。


「ちょっ! マジかよ!」


――魔獣は獣とは違うからな


 シーザからの話で知ってはいたが、心のどこかで軽く受け止めていた。

 あっという間に距離を詰められ、気づくとその長い腕を振りかぶるミーラスが眼前にいた。反射的に横っ飛びで避けるが、木の横に伸びる根上がりに引っかかり尻もちをつく。


「げっ!」


 地面に尻がついた瞬間、ミーラスはすでに攻撃態勢に入っていた。

 防御が間に合うかきわどいタイミングでミーラスの横っ腹に蹴りを叩きこんだのはアイリスだ。


 その蹴りでミーラスは遠く吹き飛び、木に叩きつけられて動きを止めた。

 ミーラスの腹部はめりこむようにアイリスの足跡がついており、ピクリとも動かない。


 アイリスに襲いかかったミーラスも頭部が吹き飛んでおり、あっという間に二体撃破していた。


「大丈夫っすか!」

「う、うん」


 アイリスのわずかな変化にディンは気づく。


「もしかして……増幅魔術使ってる?」

「はい! 自分でかけつつ、魔術薬もこっそりとね。ここはトネリコ王国だから合法っすよ」


 あっけらかんとアイリスは答える。

 高価な魔術薬も躊躇なく使える財力を持つのがアイリスの強みだ。

 ただ笑顔だったアイリスがふと真顔になる。


「……今少し悩んでます」

「何を?」

「自分の進んでる道が正しいのかどうか」


 その真意を聞く前にアイリスはくるりと振り返った。


「殺気を感じました! いくっすよ!」


 そう言って、重心をわずかに落とし、一気に駆けだす。


「だから一人で突っ走るなって!」


 ディンは慌ててその背中を追いかける。

 アイリスが見上げる先には確かに魔獣らしきものが木から木へ高速で移動していた。森の奥へ躊躇なく突き進んでいくと、唐突に森林限界のような開かれた場所に出る。

 その中心部には鳥の巣のような樹皮でできた巨大な皿型の巣があった。


 巣の中にこちらを伺うように覗き込む二体のミーラスを見つける。

 先ほどより一回り小さく明らかに弱弱しい。


「子供みたいだな」


 もっとも魔獣の生態系に関して謎が多い。

 卵生として増える魔獣はかなりいるが、人のように胎生として増える魔獣はめったにいない。


 ミーラスは生物としての見た目は明らかに哺乳類だが、胎生かは不明だ。ロキドスの血の量で決まるとも言われており、ただ小さく弱いだけの可能性がある。

 どちらにしろ魔族に変な想像をはめ込むのは危険だというのがシーザの教えだ。


 ディンは魔銃を取り出し、その一体に照準を合わせて撃つ。

 その瞬間、飛ぶように横にミーラスは逃げる。


「すばしっこいな。残りの一体はアイリスに任せた!」

「了解っす!」


 アイリスは一気に接近し、逆方向に逃げる一匹のミーラスを追う。

 ディンはもう一匹に魔銃の照準を合わせる。

 すばしっこく撃つ瞬間に飛び跳ねて逃げるが、その動きに目は慣れつつあった。


 左手で魔銃を放ち続け、あえて使わなかった右手の魔銃で移動先へ一発。

 胸部を貫き、ミーラスは撃沈。


 アイリスの方を伺うと、まだ逃げる小さなミーラスと追いかけっこしていた。

 先ほどとは打って変わっててこずっており、ディンが加勢しようとすると、「問題ないっす!」と叫び、歯を食いしばって必死にミーラスを追う。


 アイリスはなぜか魔道具を使わず仕留めようとしていた。

 問題なく小さなミーラスを狩るものの、かなりの時間がかかっていた。

 汗だくになったアイリスはディンの方に向き直り、ゆっくり近づいてくる。


「なんで魔道具使わなかった?」

「今のが昔の自分っす。魔道具頼みじゃなく、魔術師としての芯を強くしようとあがいてたころの自分です」


 そう言って汗をぬぐう。


「最初に二体一気に倒したのが、今の自分っす。魔道具の力を全面的に使って戦いました」

「断然強いよ」

「でも、本当に強い魔術師には勝てない」


 アイリスは少し物憂げな表情に変わる。


「ルゥちゃんやフローティアさんと戦って今の自分のままじゃ勝てないって気づいた。本当に強い魔術師たちは……芯の部分がとにかく磨き上げられてるんです」

「……」

「魔道具を使った戦いを否定するわけじゃない。でも、それに頼った戦いじゃ……魔人たちとの戦いではきっと太刀打ちできない」

「だから、また芯から強くなろうってこと?」


 アイリスは力強くうなずき、ディンは思わず顔をしかめる。

 気持ちはわかるが、また変な方向にアイリスは進もうとしている。


「俺たち魔道具廃課金勢だろ。開き直ろうぜ? 多少妬まれるが、金で強くなることは悪いことじゃないさ」

「話を聞けぇ! それに廃課金ってやめろ! なんか嫌だ!」


 アイリスは反抗期の子供のように反発する。


「アイリス。鍛える重要性は認めるけど……方向性が間違ってるよ」

「魔術に関しては上から物申すのやめて欲しいっす。私にもプライドがある」


 今までにない反応にディンは少し戸惑う。


「ふん。魔術の模擬戦じゃ俺が勝っただろ?」

「言っときますけど、以前負けたのは搦め手を使われたからっす」

「それも含めて負けだって認めたろ? ユナだったら納得できたけど、俺だと納得できないってか?」

「そうっす!」


 アイリスは声を荒げ、ディンは片眉をつりあげる。


「てめぇ。まさか兄差別主義者か?」

「意味不明の造語を作るなぁ! 単純にあなたのことが気に食わないってことっす!」


 面と向かって言われ、少しイラついたが平静を装う。


「一級魔道具を大量に所有しているのは才能だってお兄さんは言ってくれましたよね? あの時、救われた気持ちになったのは嘘じゃない。でも、それを信じて突き進んでいいのか迷いがある。なぜなら、あなたは魔術師じゃない」

「はっ? 魔術師だが?」

「あくまでユナちゃんの才能を借りた状態。あなたはしょせん偽物だ! あなた自身の努力による積み上げはほとんどない!」


 言われたくない言葉は誰にでもある。

 まっすぐな瞳で言われてカチンときた。

 ディンの中でわずかにめらめらと湧き上がるものがあるが、ぐっとこらえる。


「だから、俺の助言は聞かないってか?」

「感情論の話じゃない! 魔術師として芯を鍛える努力をしてない者の意見は参考にならないってことっすよ!」


 アイリスはディンの目を見て言う。そして、アイリスの中にあるむしゃくしゃした感情の根元を理解した。


 アイリスがこれまでディンの言葉を素直に受けとめていたのはユナへの信頼があったからだ。

 今、こうしてアイリスの中で強さへの疑念が沸いたのは、単純にディンへの信頼がないからだ。 


 いつもなら軽く流せるのに、イラつきを抑えられない。

 そのまっすぐな瞳がディンにとってよく知る人間と重なるせいだ。

 想起される昔の思い出。


――がっかりさせないで


 蘇る嫌な気持ち。

 思わず苦虫を嚙み潰したような顔になる。


「考え方の違いはあれど……アイリスが俺より弱いってのは事実だよ」


 思わず相手の嫌がりそうな言葉が口から出た。

 

「それは……今すぐ訂正してもらいます!」


 言われたくない言葉を聞いて、アイリスは怒りを隠さない。

 ちょっとしたボタンのかけ違い。

 なのに気づくと、お互い睨み合ってる。


 自然とアイリスは構える。

 ディンはため息をついて応じる。



「面倒な魔術師だ」

コミカライズ2話公開中

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