第187話 これが冒険者ギルドか
「やると決めたなら早い方がいい。ただ準備に数日かかる」
「それは理解してます。私も他にもやることがあるので」
「話は聞いてるけど……本当にやるの?」
ガスの言葉にディンはうなずき立ち上がる。
「はい! 冒険者になってゴールドランクの称号を目指します!」
ガスとミレイは少し呆れた表情になる。
「魔術師団を作る条件の一つってのは承知だけど、冒険者は君が思うより簡単なものじゃない。何よりゴールドランクは片手間で取って帰れる称号ではないよ」
「知ってますよ」
ディンに考えがあることを悟り、ガスはそれ以上余計なことを言わなかった。
交渉後、シーザたちと合流。交渉成功を報告した後、馬車に乗ってさっそく街へ向かった。
「で? 何か具体的な考えがあるわけ?」
馬車の中でミレイは腕を組んで、ディンを見る。
「元冒険者のシーザもゴールドランクだったんだ。ってことは楽勝だろ?」
「てめぇ、私を舐めやがって! 簡単に並べると思うなぁ!」
シーザは怒りの咆哮を上げつつ、冷静に続ける。
「まあ、プラチナランクは選ばれし者って感じだが、ゴールドは上位一%が得られる称号でもある。手が届かなくはないな。でも、短期間でゴールド昇格は無理だ」
「それは知ってる」
「だ・か・ら。どうするわけ?」
ミレイは怪訝な視線をディンに向ける。
「優遇制を利用してギルド長と交渉するだけ」
冒険者成り立てがゴールドランクに上がれるということはない。が、トネリコ王国の冒険者ギルドは実績ある騎士や魔術師に対して優遇制を用意している。
実績や強さ次第では、最初から高いランクを与えられることもあるという。
「ユナは魔術師であり、勇者の孫だ。しかもネーション家からの紹介ときている。交渉の材料はそろってる」
「お前は冒険者を商人と勘違いしてんのか!」
「最初からランクの高い依頼を受けるためだよ」
低いランクのままだとそのランクに応じた依頼しか受けられない。そうなると実績を積むのに時間がかかる。
「確かにちまちましょうもない依頼をこなしてもな……交渉は必須か」
シーザは納得したようだが、ミレイの方は固い表情のままだ。
「その作戦。私にあらかじめ言っておくべきだった。致命的に穴があるよ」
「どういうこと?」
ミレイは腕を組んだまま、「行けばわかる」とだけ言う。
「ちなみに私はトネリコ王国の魔術師団所属だから、冒険者登録はできない。任務優先で兼業はできない決まりなの。だから、これ以上手伝うことはできないよ」
「別にミレイを頼ろうと思ってないさ」
「そうっす! 私も自分の力でのし上がってみせます」
「力試しは嫌いじゃない」
アイリスとルゥの口から威勢の良い言葉が出る。それにぎょっとしたのはミレイだ。
「もしかしてだけど、こっちに来た目的って……それ?」
「はい! 私はもっと強くなる必要がある。そのために必要なのは生き死にの戦いと気づいたっす!」
ダーリア王国では魔族の巣はほぼ駆逐されたが、トネリコ王国では未だ数えきれないほどある。
ゆえにトネリコ王国の魔術師や冒険者は命をかけた戦いをする機会が多く、危険も多いがその分飛躍的に強くなれる。
ゼゼ魔術師団がたびたびトネリコ王国へ遠征する理由の一つでもある。
「それに冒険者登録はどのみち必須ですしね!」
ゼゼ魔術師団の魔族討伐部隊はトネリコ王国への遠征に駆り出される際、全員冒険者として登録するのがルールとなっていた。冒険者ギルドを通した方が、報酬の受け取りがわかりやすいというのがその理由だ。
つまり、ゼゼ魔術師団の魔族討伐部隊はトネリコ王国では冒険者という肩書きとなる。
ディンはじっとルゥの方を見る。
「ルゥはなんで?」
「色々学びたくて」
「学ぶって? ルゥはこの中で一番経験積んでると思うけど」
「パーティの戦闘はほとんどないから」
それを聞いて合点がいった。冒険者はパーティを組むことが推奨され、魔獣討伐の任務も複数人でこなすのが一般的だ。連携を組むことでお互いの長所や短所を知ることもでき、得られるものは多い。
「確かに一緒に戦うことで成長できそうっすね」
アイリスは嬉しそうに笑う。アイリスとルゥは性格が陽と陰のごとくかけ離れているが、相性は良いのか知らぬ間にかなり仲良くなっていた。
ユナことディンもその輪の中にこの間までいたが、中身がディンと知ってから、その輪から少し外れた感がある。まあ、ユナじゃないのだから当然ではあるが。
「魔獣狩りが目的なら、あらかじめ言ってくれたらよかったのに……」
ミレイは少し困った表情をする。
「どういうことっすか?」
「うーん……この辺は結構平和っていうか、まあ魔族の巣はあるんだけど」
「じゃあ問題ないっす!」
アイリスが力強く答え、ミレイは何か言いたげだったが結局口を噤んだ。
ネーション家は比較的高度の高い場所にあり、避暑地としても有名である。もっとも冬になれば周辺地域よりよく冷える寒冷地だ。
馬車にしばらく揺られ、石畳の道を下りていくと、やがてトネリコ王国南東部でもっとも栄えた街が見える。
「あれがスイーピーだよ」
一年中、魔の花が咲き誇る街、スイーピー。
高所から見下ろすと、石造りの建物が自然と調和しており、美しい街並みが広がっていた。
「ちょっと歩きたいっす!」
アイリスがせがみ、入り口で馬車から降りて、歩くことにした。
入り口の大きなアーチは色とりどりの蝶の彫刻が施されている。
それをくぐると趣のある石造りの家々が並び、花の群生や魔の木が並ぶ道が奥まで伸びていた。
スイーピーは魔の森を伐採して街を作ったらしく、魔の花の花壇や摩訶不思議な形をした木の群生が至るところにあり、他にはない独特の自然美が見られる。
「トネリコ王国って魔族の巣も多くて、ダーリア王国の人からするとまだまだ危険なイメージだけど、ここはとても安全な区域と言えるね。少なくともここ二十年は危険な魔獣に街が襲われたことはないわ」
逆説的に言えば二十年以上前はあったことを意味するが、スイーピーが客観的に安全であることは通りゆく人々の顔で伺えた。通りを歩く人は温厚で穏やかな表情をしている人が多い。
少なくとも危険を脅かされることなく普通に生きる分には問題ない地域と言える。
街を少しの間歩いて目に入ってくるのは蝶のシンボル。
通りには蝶模様の旗が揺れており、教会の十字架も蝶が止まる彫刻が施されていた。それだけじゃなく民家や噴水、木製の門の閂など至るところで蝶のデザインが目についた。
中心部の広場に向かうと人の往来が激しくとても活気がある。その中心には巨大なミレイヌの像があり、それを見て拝む者も複数いた。
ネーション家の威光をはっきり感じ取れる場所だ。
一番有名な大通りには商店が数多く並んでおり、その通りの一角にディンたちの目指す建物がある。
その建物は古い教会の向かい側にあった。
「ここだよ!」
「へぇー。これが冒険者ギルドか」
ダーリア王国ではすでに消えてなくなっている公の施設をディンはまじまじと見る。
三階建ての木造建築は古めかしいが威厳ある雰囲気だ。
「ここにその日暮らし労働者が集まるのか」
「すべての冒険者を敵にする発言やめろ! 後ろから刺されるぞ!」
シーザが即座に釘を刺しつつ、懐かし気な表情で建物を見上げる。
「久々に来たぜ。身が引き締まるな!」
シーザは偉そうに腕を組み、ディン達の方を見る。
「いいか! 冒険者ってのは基本誰でもなれる。ゆえに荒くれ者も多い! お前らは見た目が世間知らずのお嬢様で舐められる可能性が高い。ってか、絶対舐められる! 絡んでくる奴もいるだろうが、相手にするな。困ったら私に言え!」
「先輩風吹かすなぁ」
冒険者だったシーザにとって勝手知ったる場所なのか、いつも以上に偉そうだ。
シーザは勢いよく重厚な木製の扉を開けた。
中に入ると、広々とした空間にたくさんの丸いテーブルが配置されていた。冒険者と思わしき人たちがテーブル席に座って酒を飲んでおり、とても緩い雰囲気だ。
その奥にカウンターがあり、受付の女が一人立っているのが見える。
「なんか飲み屋っぽいな」
「それも兼ねてるタイプのギルドなんだろ。にしても……牧歌的っつーか、雰囲気変わったな」
シーザは目を丸くする。
冒険者は命を担保にする仕事であり、依頼をこなせるなら誰でもなれる仕事だ。よって訳ありや荒くれ者も多く、ギルド内はどこか殺伐としており、冒険者たちの目つきはみな鋭いという。
これは祖父エルマーからも聞いた話だ。
だが、スイーピー最大の冒険者ギルドはぎすぎすした雰囲気もなく、テーブル席に座る者は穏やかに笑い合っていた。
年齢層も思ったより高く、五十才は軽く超えてそうな世代が多い。
剣や鎧を身につけてる者は一人もおらず、腰にナイフをさす程度の軽装だ。
話に聞いていた冒険者のイメージとはかけ離れていてディンは少し戸惑う。
「スイーピーは通称、初心者冒険者の街と言われてるの。トネリコ王国の南に位置するから北ほど魔獣が多くなくて、お金にならないしね」
トネリコ王国の国土は北に長く伸びており、カビオサより北上の土地は魔獣の巣が極めて残っている区域だ。当然、強い魔獣の巣もそちらに集中しており、冒険者として食べているものは自然と北へ向かうのが一般的だ。
「そういうことね」
シーザはそれを聞いて納得する。
逆に憮然とした表情になるのはアイリスだ。
「もしかして魔獣依頼はめったにないんすか?」
「ないことはない……常にある……んだけど」
「すごい! 流石トネリコ王国っす! なら問題ないっす!」
アイリスは目を輝かせる。それを見て、ミレイは何か言いかけたが、結局何も言わなかった。
「まあ、登録はどこでやっても一緒だから」
「んじゃあ、さっそくしよう」
カウンターに立つのは品の良い笑みを浮かべる女性だ。
「こんにちは。ご用件は?」
「冒険者登録したいんだけど」
ディン達一行の中にいるミレイと目が合った途端、受付の女は表情を変える。
「少々お待ちを」
そう言って、奥の扉に消える。ネーション家の人間が来たことに気づき、上の人間に報告へ行ったのだろう。
まもなく受付の女が姿を現し、ディンたちは別室に案内された。
迎賓室と思われるその部屋で待っていたのはギルド長だ。戦いとはかけ離れた骨と皮だけの細い身体と媚びるような笑みは商人を思わせる。
「ミレイ様。この度は当店にお越しいただきありがとうございます」
そう言って深々と頭を下げて、対面するソファに座るよう促される。
五人並んで座り、ミレイが口を開く。
「お忙しい中、ギルド長直々の対応、ありがとうございます。ただ特別なことをしにきたわけじゃないの。要件はさっきも言ったけど、知り合いが冒険者として登録したいということでここまで来ただけ」
「ほう。ミレイ様のお客人ですか」
値踏みするようにギルド長はディンたちを見る。
「魔術師団ご一行よ。で、この子が勇者の孫のユナ!」
ミレイがディンの肩を軽く叩く。ギルド長は驚きの表情を見せる。
「なんと! あなたが!」
再び深々と一礼するも、その表情は少し複雑そうに見える。
「ミレイ様、ユナ様。ディン様の訃報は残念でなりません。心からお悔やみ申し上げます」
ギルド長は悲し気な表情で両手を合わせる。
「うん。それはいいから話をすすめて」
ミレイの言葉の真意が読めず戸惑っているようだったが、深く踏み込む部分でないと判断したのか元の表情に戻る。
「では、冒険者登録の手続きをさせていただきますね」