第181話 あれが自動人形?
さっそくディン達はガーベが我が家と呼んだ白い長方形の工房に戻った。
ガーベは門をくぐって工房への扉を開ける。
「どうぞ。あんまり面白味はない場所だけど」
一歩踏み入れた瞬間、染料や香草などが混じった香りが鼻孔をくすぐる。
中に入ると広々とした空間が広がっていた。天井は高く、太陽の光が窓から差し込んでいる。
奥の壁際には大量の棚が設置されており工具や材料が置かれているが、工房の中央は何も置かれておらず広場のようなスペースができていた。
左手側の壁際に並んでいるのは複数の白い自動人形。
一列に並ぶそれらに自然と視線が移る。
「えっ? あれが自動人形? でかくないっすか!」
その白い自動人形は人間のような大きさで五体そろっており目と口もついてるが、人に似ても似つかない。白一色に統一されており、無機質な置物という印象だ。
ゲッキツの自動人形を知るアイリスの想像と全く違ったものだったのか、意外そうにガーベを見る。
「アイリスも知っているだろうけどゲッキツ家は曾祖父の代から自動人形を作っている。父は人形師を継がなかったから俺が三代目だ。二代目までは魅せることを重視していたが、俺の代は違う方向性を試みている」
「というと?」
「一言で言えば、社会の助けになる自動人形だ。人間と同じ大きさで単純な命令系統に従う自動人形を作る研究をしているんだ」
「それは……実現すればすごいことなのでは?」
アイリスは素直に感嘆する。今までのゲッキツが作った自動人形シリーズは所有してる個人を楽しませる小さい人形で、ほんの少し動く程度のものだ。
が、ガーベが見ているのはそのずっと先。自動人形としての次元が一つ上がり、世界に影響を与えかねないほどの進化だ。
当然、それは簡単なことではない。
ガーベは自分の自動人形の一つに近づき、その頭を撫でる。
「正直、引退したじいちゃんからは良く思われてない。ゲッキツ家の自動人形は一つ一つに魂をこめた唯一無二であるべきという考えがあるからだ。俺の場合は、量産体制を前提とした作りをしている。だから、どれも外見は同じだ」
ゲッキツの自動人形シリーズが人気なのは、外見の美しさにある。手や足や頭、細かい小道具まで長い年月をかけてすべて手作りで製作される。
一つ一つが世界に一つしかない特別な自動人形である故に、人々はそれに魅入られる。だが、ガーベの自動人形はそのこだわりを捨てていた。
ゲッキツの自動人形シリーズにあった温かみや独自性が全くない。
ゲッキツの自動人形を知る者からすれば、ゲッキツの孫が作ったと思わないだろう。
「所有欲を満たす芸術作品ではなく、機能性を重視した製品作りを目指しているわけですね?」
「その通り。内部は間違いなく俺の方が凝ってるけど……まあ、方向性も価値観も違うから理解してもらえるわけないよな。でも、だからこそ認めてもらうために俺はこれを完成させたい」
ガーベは力強く言い切るが、やがて肩を落とす。
「で……現状、うまくいってないってわけ」
「ぜひ、その現状を伺いたいですね。私は自動人形に興味があってここまで来たんです!」
ガーベはディンの顔をじっと見つめていたが、やがてうなずき説明を始める。
「俺が今作ってる自動人形は兵士だね。これには製作費を出してくれる西極の希望だ」
「大量生産したら、軍隊になりますね」
アイリスは警戒しているのか、少し目つきが鋭くなる。
「だね。ガーネットがいる手前言いにくいが……正直に言うと完成させる気はないよ。面倒なことになるのは目に見えてるからね」
「では、その技術はどうするんです?」
「試作品を完成させたら、将来的には生活の手助けとなる自動人形を作るつもりだ。きっと西極の方々も納得できるものに仕上がると思う」
ガーベの中では現在の自動人形はステップアップとみなしているらしい。
アイリスはそれ以上追及はしなかった。
ディンの目から見ても、人形を作ることが好きというだけでそれ以上の野心は見えない。
「ところで君たちは自動人形の動力源は知ってる?」
「魔術ですね」
「そう。まあ、動力といってもじいちゃんの作るモノは遊び程度のものだけど」
ゲッキツの自動人形シリーズは芸術品としてみなされているが、当初は子供の玩具として作られたものだ。子供が両手で抱えられる程度の大きさの自動人形を風魔術で進ませたり、飛行魔術で浮遊させて、楽しませるのが本来の目的だった。
だが、ガーベの自動人形は違う。
その大きさは人間と同じほどの大きさであり、今までとは違う規模の魔術が必須となる。
「俺の自動人形は操作魔術で動かしている」
「操作魔術って……そんな未知のもので動かしてるんすか?」
アイリスは驚きの声をあげる。
「ああ。俺の扱える魔術だしね。まあ特質魔術だから、色々と文献を調べて自分なりに魔術の研究もした。その結果、自動人形に組み込むことに成功した」
「操作魔術って生物限定じゃないんですか?」
ディンは素直に出てきた疑問を口にする。
操作魔術は洗脳系の魔術と一線を画し、人のような高度な知性を持つものは操ることができず、動物や虫などが主な対象となる。
魔人ダチュラはこの魔術の使い手であらゆる魔獣を従えていたという。
「そのとおり! 俺の場合は知性の低い生物限定だ」
「じゃあどうやって自動人形を動かすんですか?」
「それはね! これを中に入れる」
そう言ってガーベがポケットから取り出したものを見て、思わず一歩後退する。
掌に乗る透明で球体の形をした何か。一見すると、真珠のように美しく見えるが、ディンはそれが擬態であると知識として知っていた。
「それって……まさか寄生虫じゃ」
「ホヤって言うんだ。聞いたことあるだろ?」
それを聞いて、全員目の色を変えて自然と後ずさりする。
あらゆる寄生虫がいるが、その中でも恐ろしいと言われているのがホヤだ。
球体の体が人の体内に侵入すると、どろどろと溶けて粘性の体となる。それが膨張してやがて人の体内全体に広がっていき、その体を支配していく。
体が腐ったり食い尽くされることはないが、人格が攻撃的になり、衝動的に暴力を振るうようになる。味覚が大きく変わり、ゲテモノを欲するようになるのがホヤに寄生された者の特徴だ。
「間違って口に含まなければ、そんな怖がるものじゃないよ。ホヤは有害生物に指定されてるが、人にとっては意外に益虫だ。とある地域の魔獣を殲滅させた記録も残っている」
「それは確かに……」
ホヤは魔獣にも寄生する稀有な寄生虫だ。人に寄生しても死を招くことはないが、魔獣に寄生すると必ずその体内を食い尽くし、滅する。
魔道具が十分にないトネリコ王国の田舎ではホヤを餌として魔獣に食わせ、時間をかけて魔獣を討伐する方法があるという。
「でも、魔族に寄生したことでホヤは進化したと言われてるっす! 魔力を持つようになった寄生虫で、最近これは魔獣の一種ではないかと議論が分かれてます」
「人を滅ぼすような進化はしてないから問題ないさ」
「ガーベは少しの間、トネリコ王国で生物の研究をしていたこともあるみたい」
ガーネットがディンの隣で説明する。根拠のない言葉ではなさそうで、自然とアイリスもそれ以上追及をやめる。
「続きだ。このホヤが俺の自動人形の動力源となっている」
「えっ?」
「詳細は機密だからざっくり説明すると、自動人形の中を人の体内に限りなく近づけた。体温に近い温度を保ち胃酸に近い液体も加えて疑似的な胃袋を入れている。こうすると人の体と錯覚を起こして、ホヤが自動人形という器に神経を行き届かせる」
ディンたちはそれを聞いて、再び自然と後ずさりする。
「もしかして……自動人形の中身ってホヤに寄生された状態ってこと?」
「ああ! 革命的だろ!」
「いかれてるだろ、こいつ……」
黙って聞いていたメラニーはどん引きして青ざめていた。
ガーネットもはじめて知ったのか、急速に顔色が悪くなっており、今にも倒れそうだ。
「心配いらない。自動人形がホヤに寄生されてようと自力で動かせないし、内から出てくることもない。定期的に魔力を注ぐだけでホヤは生き続けるし、俺の操作魔術でホヤを操れば、今までにない次元で自動人形は自在に動かせるんだ」
狂い人の発想にしか思えなかったが、メリットを並べられると悪くないと気づく。一見すると突飛な発想が発明へ結び付くことは歴史が証明してる。
「現状うまくいってないってことは動かないってことですか?」
「いや、動くんだけど」
ガーベはここで渋い表情に変わる。
「一つ大きな問題があるんだよ」